リアルムーンは眠らない

れなれな(水木レナ)

リアルムーンは眠らない

 夏目なつめ学園中等部。


「ね、私ら、バンド組まない?」


 唐突に言い出したのは、さっきんで、カナエと朋子は、半ば巻き添えを食った形で学園アイドルグループから引きぬかれた。

 理由は、カナエがコスプレイヤーなのと、朋子ともこがお嬢様で楽器ができる巫女さんだったから。

 さっきんこと、美波みなみ咲江さきえは、ぐいぐい周りを引っ張っていく。





「うーん、とうとう、文化祭が来ちゃったか……」


 カナエが、セーラームーンのウイッグをいじりながら、いつもと変わらぬ表情で言った。


「行くよ! 私らの初ライブ! はじけて行こう!」


「やるしかないですわね」


 ところで、朋子はセーラーマーズの巫女姿だ。


「ようし! 必ず成功させよう! リアルセーラー戦士、出動!」


 と、ピンクのおだんごヘアのさっきんが言った。


 三人は初ライブを、成功させるための、あらゆる努力を払っていたし、体育館のファンを沸かせる自信があった。

 ステージに上がったさっきんは、意気揚々としてメンバー紹介をした。


 その時だった。

 ファンの黄色い声に混じって、ただ事でない悲鳴が観客席からあがったのは。

 波紋が広がるように、観客が引いていき、その人物が姿を現した。


「リアルムーンはあたしよ! 勝手にあたしの名を騙るのは許せない!」


 そう言って、ステージに駆けのぼると、さっきんからマイクを奪った。

 ぱっと見、地味な女生徒であった。


「偽物なんかに、幻の銀水晶は使えない! 譲ったりなんかしない!」


 と、彼女は言い放ち、ステージは騒然。

 それだけで、初ライブはめちゃくちゃになって、騒ぎの内に文化祭は終わってしまった。





「あの子、あれはなんだったの?」


 ライブ中止になって、観客席はシラケ切ってしまった。

 仲間に詰め寄られて、リードボーカルのさっきんは、顔を青くした。


「まさか、こんなことになるなんて……」


 そう言って唇をかみしめる様子は、ゆがんでいた。


「なにか、あったのでしょうか?」


 たずねてもさっきんは答えなかった。

 朋子はおっとりと、カナエに水を向けた。


「そういえば、さっきん、このところ妙に張りつめてた気がする。初ライブ前だからだと思っていたけど……」


「れいの娘に、なにか言われてたのでしょうか……?」


 さっきんは答えない。


「ごめん、二人とも、私が悪かったんだ……」


 彼女はついに泣き出してしまった。

 そして、体育館裏に二人をおいて、走り去ってしまった。

 その日から――さっきんは学園から姿を消した。





「ねえ、どうしよ。さっきんがいないと……」


「なんにもすることがないですわね」


 二人だけでセッションするのも、だいぶ寂しくなってきた。

 もう、あれから数か月。

 さっきんは未だに授業にすら出てこない。


「さっきんの住所、知ってる?」


「スマホにメモ登録してありますわ」


「さっすが朋子ちゃん!」


「放課後になったら、行ってみましょう」


「うん!」





「ほへえ、でっかいお家だな」


「美波さんと言えば、新しいビルをたくさんお持ちの資産家ですわ」


「知らなかったよ。とりあえず、呼び鈴はどこかな」


「監視カメラがありますわ。ここから呼んでみましょうか?」


「あ、うん」


 出て来た。

 しかしそれは、お手伝いの人だった。


「あの、さっきん……咲江さんはいらっしゃいますか? 私達、中等部の同期生なんです」


「こちら、つまらないものですが」


 朋子から菓子折りを受け取ると、お手伝いさんは、いったんひっこんで、門を開けてくれた。

 さっきんにも会えることは会えた。

 しかし、その容貌は、以前とはまるきり違っていた。


「どうしたの? なにかあったの?」


「まるでさっきんじゃないみたいですわ」


 さっきんは頬がこけて、ガリガリにやせ細っていた。


「私、ごめんね、歌えなくってごめん。ライブできなくてごめん」


「それは確かに、残念だったけれど。今はさっきんのことが心配なんだよ」


「とにかく、ごめん」


「そんなこと言って欲しいんじゃないんだよ。訳を聞かせて欲しい」


「私に関わると、迷惑かけるから……もう、来ないで欲しいの」


「さっきん……」


「わかりましたわ。でも学園には来てくださいね」


 カナエと朋子があきらめて、帰ろうとすると、咲江は一言、


「自称リアルムーンには気をつけて」


 と言った。

 潤んだ目で見られて、二人はうなずいた。

 なんのことかは、わかっていなかった。




 帰り道、朋子はカナエに言った。


「自称リアルムーンって……」


「れいのあの娘……?」


「なんだったんでしょうね。あの乱入騒ぎは。さっきんの様子がおかしいのも、彼女のせいなんでしょうか」


「あのままじゃ、さっきん、命削られちゃうと思う」


「なんとかしないと、いけませんわね」


 そんな二人に、咲江が入院したという報が届いたのは、まもなくだった。





「先生、美波咲江さんは、どうして入院したの?」


「おまえらの方が知ってるんじゃないのか? おなじバンド仲間なんだろう?」


「そうですけど……わけあって、知ることができないんです」


「まあなあ。そうだろうな」


「先生、お見舞いにはいけないんですか?」


「それが、本人が面会を断ってきた。私も心配しているんだが……」


「はあ、当てにならないなあ、先生も」


「本当ですわね」


「大人にだって、難しいんだ。こういうことはデリカシーだよ」


 カナエと朋子は顔を見合わせて、溜息した。


 放課後、軽音部にリアルセーラームーンを名乗る女子がたずねて来た。

 強い目をしていた。

 ギラギラしていると言ってもいい。


 彼女は言った。


「あたしがリアルセーラームーンなんだから、リアルセーラー戦士のボーカルはあたしがやるのよ」


「は?」


 その勝手な言い分に、朋子が反駁した。


「私たちのリアルセーラー戦士は、咲江さんが考案して、演出してくれたものなのよ。それこそ一から築き上げたのだから、ポッと出のあなたにすることはありませんわ」


「ポッと出ですって? あたしは生まれたときからセーラームーンだった。セーラームーンはあたしがモデルなんだから、下っ端はそれらしく言うことをききなさいよ」


「あの、何と言われようと、私たちそれに賛同できませんので、お引き取りください」


「あたしは、あんたたちとは違うんだ。恰好だけつけてるんじゃない。あたしが本物なの!」


「あのさー、ググっていいからしらべなよ。今世界にどれだけリアルセーラームーンを名乗ってる女子がいると思ってるの?」


「セーラームーンはあたしなんだってば」


「勉強して出直して――いや、もうここへは来ないで」


「いいの? あの偽のちびうさが、どうなってもいいの?」


「どういう意味」


「後悔するといい。あたしを痛めつけて、リアルムーンの名前を騙ったこと、かならず後悔させてやるから!」


 そういうと、自称リアルセーラームーンは大股で去っていった。


「朋子、さっきんの言ってた自称リアルムーンって……」


「おかしいですわ。あの程度のものなら、さっきんが自分でなんとかするはずです」


「熱狂的ファンなら、今の言動もわからなくはないけれども」


「とにかく、さっきんに連絡をとらないことには、なんの解決法も浮かびませんわ」


「うん」


 二人は再び咲江のもとへと、足を運んだ。





「さっきん、軽音部に来たよ、自称リアルムーン」


「あの娘がなにをしたんですの?」


「やっぱり、カナエと朋子のところへも来たのか……」


「訳を話して」


「どうもこうも……なんていったらいいのか」


「ゆっくりでいいから。私たちにも何かできるかもしれないでしょう?」


 咲江はゆっくりと口を開いた。


「あのね、文化祭前から、DVDが届いてたんだよね……脅迫状といっしょに」


「脅迫状!?」


「二人には黙っていたけど、ひどいものだった」


「それ、現物、ある?」


「病院に許可をもらって、持っている」


「家に置いておけなかったのですか?」


「お手伝いさんにでも見つかったら、親や学校に連絡されちゃうでしょ」


「それは、いくらなんでも心配のし過ぎでは」


「だから憔悴しちゃったんだね、さっきん!」


「なんで自分がこんなになっちゃったのか、自分でもわかんないんだ……」


「とにかく、そのDVDと脅迫状っていうの、見せて」


 咲江は真白でなにも書いていないDVD11枚と、金釘文字で書かれた脅迫状をとりだしてきた。


「これを、パソコンで再生したんだけど……」


「脅迫状送り付けてくるような奴が、なに言ってるんだろうか」


「『これを聴いて、勉強しなさい。リアルムーンはあたししかいないって、原作者も認めてる。アニメの声優だって、本当はあたしがオファーを受けるはずだった……』」


「『ほんとに聴かないと地獄に落ちるぞ――リアルムーン』って、これはおだやかじゃないですわね……」


 二人はリアルムーンとやらの正気を疑うばかりだった。


「とにかく聴いてみるとしよう」


「ここにはDVDを聴ける環境はないわ。それに、聴かないほうがいいと思う」


「いや、乗りかかった船だし」


「さっきん、借りて行きますわよ」


「うん……」


 咲江はしかたなく、自称リアルムーンが送り付けて来た物品を渡した。





「怨念がこもってる……一重に、恨み骨髄と言った感じかなあ。ふあ」


「全編通して、父の知り合いに調べてもらいましたわ」


「朋子、早いなあ」


「結果は、睡眠妨害電波が出ていて、聞くと脳波を乱れさせて、眠れなくなるそうよ」


「はあ!? そんなもん、送ってくんな! ばか……」


「聞けば聞くほど睡眠障害に陥るので、もう聞かないほうがいいですわ」


「遅い。あたし、一週間聴き続けて、食欲も出ない」


「まあ、ダイエットにはよさそうですけれど……」


「どうする?」


「自称リアルムーンには、穏便に、これを機としてプロデビューしてもらいましょう」


「え?」


「睡眠妨害電波は、受験生の脳に効きますわ」


「そうか……営業に回すのか」


「こんな傑物、他にありませんからね。うちの父に頼んで、ノベリティグッズとして販売したら、いいお小遣いにもなるでしょうし」


「聴くといい声ではあるんだよなあ、リアルムーン」


「ひたすら眠れなくなりますけれど、これでひとつ手を打ってもらいましょう」


 その後、リアルムーンは満足して、朋子たちに感謝して去っていった。

 咲江も、退院して、無事卒業できそうだ。

 解決!

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