▲1七飛(あるいは、イエロー★テンパリストの午後)


「オルグァァァァァァァァァァァハガッ!! オ、オルオ、オルガァァァァァァッ!!」


 唐突に、まさに唐突に。獰猛っぽさ全開の、そんな胴間金切り声が、この暗黒空間に響き渡ったのであった。いや、途中一回むせたけど。「ル」を挟むのが無理あんじゃないの、とか、何か私、余裕取り戻してる……不思議とその一本外れちゃってる風の吠え声は、テンパっていた私を冷静に呼び戻してくれたようであり。ていうか、声の主は一体……敵だったらもうここでほんと投了級なんだけど。


 しかし。


「……!!」


 盤面中央やや右寄り「3五」に、低重力も何のそのな急降下をかましてきたのは、全身真っ黄色の、華奢で小さな人影だったのであった。その全身を今の私のようなスーツに覆われてるたたずまいは。まさかの、援軍だとでも言うの……っ?


「オルァアァアアァアアァァッ!! なぁにちんたらやっとっとじょァァァッ!!」


 屈むように華麗に着地したその「黄色」は、次の瞬間すっくと仁王立つと、腹からと思われるそんなどこの郷かは判別不能な大声を放ち散らすのであった……明るくて薄い感じの色合いの黄色をベースに、白いロンググローブ&ロングブーツ。間違い無い、お仲間参上だ。それはそれで凄く有り難いんだけど、ありえないほどのテンションなのが少し気にはかかる。


「おおおおッ、待っていたぞ、『檸檬れもんだもん★パンサー』ッ!!」


 老人の喜悦を孕んだ声で、やっぱり味方だってゆうことは分かったのだけれど、高度経済成長期中期くらいで止まってるネーミングセンスがまたも私を真顔に変える。そして、


「臆するなああああ『鳳凰』ッ!! 当たらなければどうということは無いのだからああああッ!!」


 ええー、やっぱ私にカラんできたぁ……でも、いちいち腹から出さないと喋れないのかな。のっけからそのド迫力に圧倒されっぱなしの私だけれど、たいした策も無さそうなのに、前のめりの勢いで敵陣に突っ込んでいく黄色い後ろ姿に、少し勇気をもらった気がした。


「……」


 と言えば嘘になる。実のところは「黄色」の後に続いていけば、最悪敵さんの攻撃は前衛が受け止めてくれるのでわ……という打算を、既に私の頭の中の算盤が弾き出してはいた。いや、でもそれだけじゃない……多分それだけじゃない。高揚感を感じているんだ。何かいいな、この「共闘」感。ほんとの将棋では、当たり前だけど、いつもひとりだったから。孤独だったから。


「うわああああああああああっ!!」


 私も負けじと腹からの叫びを闘志に変えるようにして、「黄色」に並びかけんばかりに飛び出していく。一瞬、私の方を振り向いた「黄色」のマスクが、ありえないんだけど、微笑んだかのように見えた。うんよし、意思は通じた……のかな?


「!?」


 いや、本当に微笑んでいた……っ!? 「黄色」のマスクの顎の部分には、黒い金属然としたギザギザの、あの獣とかを捕らまえる罠っぽいパーツが、そしてよく見るとそれと対になるような「下顎」のパーツが鎖骨の間あたりに付いているのが確認されたのだけれど。笑っているように見える……笑っているように見えるよ、ひどく獰猛にぃぃ。


 その物騒な代物を首を前後に振ることによってガチガチと噛み合わせながら、「黄色」はほとんど四つん這いに近いくらいの低い態勢から、俊敏な動作で目の前の「歩兵」に躍りかかっていったのであった。


「ぅオルグァァァァァァァッ!!」


 相変わらずの雄叫びだけど、声質は女性っぽい。というか少女っぽい。その落差がまたこちらの不穏感をこれでもかと煽ってくるものの。


「……!!」


 私が瞬いた次の瞬間には、「黄色」は、「歩兵」の喉元(推測)に喰らい付くと、そのまま黒々とした「顎パーツ」によって噛み千切っていった。す、すごい。モノホンの肉食獣だよ……「歩兵」は「歩」と「兵」の文字の間辺りを盛大に砕かれながら、力を失ったように、ずんと仰向けに倒れる。


 当の「黄色」は、「顎」に咥え込んでいたクリーム色の破片を吐き出すように盤面に放つと、素立ちのままで、至近距離に迫る「金」「銀」らと向かい合い睨み合っている。でもその「3三」の地点には「金」「銀」そして「桂」までも利きが及んでいるから!! あぶないって!!


「!!」


 自分でも驚くほどの、咄嗟の行動だった。相手方の「着手」のタイミングも計れてない状況で。私はただ突如現れた多分仲間なんじゃないかな、と思われる「黄色」をかばおうとして。でも「鳳凰」の利きはそこには届かないから。やられて盤面に打ち伏していた「歩」のひとつの体を。


「あああああっ!!」


 思わず思い切り蹴り飛ばしていた!! 瞬間の行動にしては、重心移動も、腰の捻りも、そこそこ及第点だった。五角形の頂点のひとつ辺りに着弾した私の蹴撃は、その「歩」に横方向の高速スピンを与え発生させながら、謎の飛行物体が如く飛翔させると、そのままかなりの勢いで「2二」にいた「銀」にぶち当てさせたのであった。


「なん……」

「……だと?」


 「黄色」と後方の老人がその光景を見ながら驚愕の声を上げるけど。そんなうまくはハモれないよね普通。練習とかしてたのかな。うんでも何に備えて?


「……」


 私はそんな詮無い事を頭の隅の方で考えつつも、今度は自分を敵陣へと突っ込ませながら、「金」を鮮烈の左エルボーで仕留めると共に、そのまま勢いを殺さずに峻烈の飛び膝蹴りを「桂」のこめかみ(推測)を狙って放り込んでいったのであった。


 この間、わずか3秒(推測)。右辺はほぼ制圧。そう。恐れなければ、こいつらはただの木偶だ。いくら守りを固めようが、駒と駒で連携して攻めてこようが。そんなすっとろい動きじゃあなあ……


「この『鳳凰』の、羽毛ひとつにも掠らせること、叶わぬのだよ……」


 私に宿った、この佐官級の高圧的威圧的尊大感に、視界の左の方に映った老人と「黄色」がガタガタと震え出したのをこの皮膚で感じ取ったのだけれど。構わず私は「1一」でぼんやり鎮座しているだけの「香車」を頭の上へと担ぎ上げる。


 何か、得体の知れない奔放さが、私の脳内でぶわわわわ、と花開いたような、そんな感覚がした。


「ひ、姫ェェェェッ!! それですぞ正にそれですぞォ!! 何らかの『オマージュ』を、『イマジネーション』に昇華させ、具現化実現化する能力ッ!! それこそが我らが『ダイショウギレンジャー』最大の武器なのですぞぉぉぉぉぉッ!!」


 姫じゃねっつうの。そしてそういう大事な要素は先に言っておこう? でも何だか今の老人の言葉は、120%くらい理解できたように感じた。「香車」は「槍」。一直線に投擲できる遠距離攻撃可能な「武器」なるもの……


「……」


 頭の中でイメージした通りに、私の頭上で、等身大の五角形が、急速に細く長く「変形」していくのが見て取れる。刹那、私の脳内で閃くイマジネーションの奔流。


「『香の武装化鋼』ッ!! 『アピアランス・ロケッターランス』ッ!! っ貫けぁぁぁぁぁぁぁぁああッ!!」


 自分でもこれほどの叫びが出るなんて思ってもいなかったけれど。やり投げのように後ろに振りかぶった私の右手の中で、「香車」は完全に細身の「槍」状へと変化を遂げていて、前のめるようにして投げ放った瞬間、意思を持ってるかのように高速回転をかましながら突っ込んでいったのだった。無防備にも護衛たる「金」が上ずってガラ開いた、


「……!!」


 敵「玉将」の、脇どてっ腹へと。


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