△1八玉(あるいは、現実のバカッ!/いくじなしィッ!)
私の投げ放った、その全然柔らかくない「香車」の槍は、真っ黒な空間を切り裂き、そしてきり揉むようにして突き進み、その途上にあった「玉」の、堅固そうに見えたボディを軽く突き破るとそのまま、その向こう側にいた「桂」「香」をも巻き込んで、正にの「田楽刺し」が如くに貫き通したのであった……
「お、おるぐぁぁあああ……おる、おるぐぁぁぁぁ……」
その弩級の惨状具合に、さしもの獰猛「黄色」も顔色を失ったみたい。顔は見えないけど、全身をわななかせているのでそう思うのだけれど。でも普通そんな声は出ないよね……意識して出さないと出るもんじゃないよね……
「す、すすす凄まじい……凄まじいのですぞ、天帝さま……」
老人もその顎関節を外さんばかりに口をおっぴろげたまま硬直しているのだけれど。誰だ、天帝って。
「……」
当の私はこの身体が弾け飛んでしまうんじゃないかくらいの高揚感……身に有り余るほどの高揚感だけをただ感じて盤面に佇んでいた。例えるのなら、詰めろをかけられた最終盤、盤上この一手であるところの詰めろ逃れの詰めろを残り時間一分切った時点で見切って撃ち放ち、そのまま長手筋の即詰みに、持ち駒を歩一枚も余さずに討ち取ったかのような気分。
早くもそんな余韻に浸っていた私だけどそこに、
〈ア、 負ケマシタ〉
そんなこれまた合成音全開の無感情な「声」がこの盤上に響き渡る。周りを窺うと、クリーム色の破片を撒き散らしながら、「玉」の五角形の体にびしりびしりと亀裂が入っていくのと、それを後追うかのように、他の「駒」たちも同じように崩壊を始めたのが見て取れた。
「!!」
とかぽんやり見ていたら、いきなりの爆散。瞬間、推定20もの大小汚い花火が、盤上をまばゆく白く染めたのであった……と同時に、私らの足元に展開していた「盤」を形作っていた「白いワイヤー光線」が、たわむように、へにゃへにゃになってほどけていくのが見えて、体にかかっていた重力からも解放されると、また宇宙空間に放り出されたかのような頼りない感覚に包まれそして、私の意識はそこで途
「……」
目を開けると、そこはさっき「黒い球体」に飲み込まれた時にいた、御苑の芝の上だった。遠くの方で鳥が長くひと声鳴いたピィーヨッという音が晴れ渡った空に響き渡る。
今の……白昼夢じゃ……ないよね、うん、まあ左手にこんなの握ってるしね……掌に感じた熱。それを目で辿っていくと、そこには先ほど投げ渡されて掲げ上げた、「鳳凰」の文字が書かれた黒い駒があったわけで。
夢じゃ、たぶん無い。体にはあの「盤上」を駆け巡った感覚も残っている。……うんでも、芝生の上にぺたりと座り込んでるからお尻が直に芝生の土面に接しちゃってるよもう……でも「変身」する前の恰好に戻っていてそれは安心したよ、もし着てた服が爆散してしまうとかゆう意味不明な仕様だったら、そして「変身」が解けた瞬間、全裸を衆目に晒してしまうとかゆうワケの分からない仕様であったのならば。
「……」
あの老人を穴が開くまで蹴り込まなければならないところだった……そんな定まらない思考を持て余したまま、かと言ってベタ座りから立ち上がろうとする気力も無いまま、私は舞い戻ってきた平和そうな景色の中、口を半開きにしたまま、しばし座り尽くしていたわけなのだけれど。そう言えばさっきの「黄色」、どこ行ったんだろう……
そんなぼんやり思考の中で、ふいと右方向に何気なく顔を向けた私だったけど。
「え?」
思わず驚き過ぎて逆に無感情な「え?」が出てしまった。私から3mも離れていないその芝生の上で同じようにぺったり座り込んでいたのは、放課後、教室で別れたはずのナヤであったわけで。ん? 家こっちじゃないよね? 珍しく寄り道? でも買い物とかだったら新宿方面行った方がいいんじゃないの?
「……」
私の姿を認め、驚愕そのものの表情を青ざめた優等生的可憐顔に浮かべたナヤを見て、私も薄々ことの次第を感づいてきてはいるものの、何かの間違い、というその一点に望みを賭け、そんな「日常」におもねった疑問を無理から頭の中に浮かべてはいるが……あかん。今日いち弩級のあかん予感が、重量級力士のがぶり寄りが如く私に迫ってきているわけで。
「えーと、え?」
その場を何とか切り抜け、いやすり抜けようとする私の言葉は、しかし、何の意味もなさずに中空をつるり滑っていくばかりであり。
「えっと……え?」
対するナヤも目を見開いたまま、可愛げな唇だけを無理やり笑みの形に持っていってる不自然極まりない表情で、こちらにそんな摩擦力ゼロの言葉を投げ放ってくるばかりだけれど。こめかみに変な汗が浮いてる……
「……」
その左手に握られていた「黒い駒」を認めるに至り、私の中の「諦観」の奴が、意気揚々と高々とその手にした眩いばかりの白旗を掲げはためかせるのであった……ナヤの手にしていた「黒駒」に書かれていた文字は「猛豹」。「もうひょう」とでも読むのだろうか……「猛々しい豹」。先ほど暗黒空間で、奇声を上げつつ猛々っていた黄色い何とかパンサー、イコール「豹」の姿が、脳内で鮮明に結ばれていく……
「え、ていうか、え? ええ?」
一日分の「え」を使い切らんばかりに、それでも私の言語中枢は、そんな言葉を発することくらいしか出来ない。えーと、え?
「……ち」
今や、ポニーテールと共にその制服に包まれた華奢な身体をガタガタ震えさせ始めたナヤの、蒼白だった顔面が、いまや綺麗に茹で上がったかのように真っ赤に染まっているけど。きっと私の顔もそんな感じなんだろう。一瞬後、
「「ちがうのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉッ!!」」
お互いの瞳をかっきと見据えながら放った叫びは、図らずも寸分違わずシンクロしてしまったわけで。違うの違うのぉっ、と必死で言い募りながら決して何ひとつ違わない私ら二人は、お互い助けを求めるかのように前に伸ばした両手の指を組み合わせると、ちがぅぅうんだもぉぉん、ちがぁぁうんだからぁぁぁと叫び続けることしか出来なかったわけだけど。
「……」
「……」
まあ、違くはない。どころか、ド直球で、言い逃れなんかできない状況であることに落とし込まれていることは各々痛いほどに分かっていたのだけれど。それでも否定せずにはいられないほどの痛烈な所業をあの「異世界」で解き放ち合っていた二人であるからして。
でも、ね。まさか、学校では清楚可憐委員長キャラで通っている(委員長は本学にはおらんのだけれど)あのナヤが……あんな、己の中の獣を全てめくり突きつけるようなコトをしていたなんて……
「おふたりさんともぉぉぉぉぉ、おつかれでございやしたぞぉぉぉぉぉぉ」
そんな羞恥、困惑、あと何か、で顔面歪みまくりの私たちに向かって、元凶であるところの灰色髪老人が定まらないキャラのまま、無駄にエコーを響かせながら、わざとらしくスローモーションっぽく駆け寄ってくる。
「……!!」
のがひどくムカついたので、私は思わず傍らに落ちていた「鳳凰」の黒い駒を振り下ろすようにその左膝のやや下向けて投げ放っていたわけで。いそろいしん、みたいな呻き声を発してうずくまる老人だけど、このやろう……どういうことだこのやろう。
「わたっ、わたしっ……この『博士』って名乗る老人の口車に乗せられて……ッ、無理矢理にあんな戦いの場に……そして『常軌を逸すれば逸するほど、摩訶不思議パゥワーが泉が如く溢れ出てきおるのだわいな、クエッヘッヘ』とか言って私にあんな獰猛人間を演じさせて……」
泣きじゃくりながら必死で言い募るナヤだけど、膝を抱えてうずくまってた老人が「え?」みたいな顔でナヤをガン見してきたけど、うん……まあそういうことにしといた方がのちのち平穏裏に収束させうることが出来るのやも知れん……でも演じてたにしてはごっつい迫力だったよね……そしてこの老人は自分のことを「博士」とか呼ばせてんのかよガチじゃねいかよ……みたいに様々な「混沌」と呼ぶしか他に形容ならざらぬ思考の断片が私のまだ熱を持ったままの大脳で荒れ狂い跳ねまわるのだけれど。
「わかってる」
私は自分の腰を持ち上げながら、ナヤの手を引っ張って立たせつつ、ゆるやかな微笑を形作ってそうのたまう。「何が」とか「何を」とか、そういう無粋な言葉は無用なのであった。認める。それが大事。ナヤはその大きな瞳を一瞬うるませると、がばと私の胸元に飛び込んで来たのであった。そして、
「ふええええ、こわかったよぉぉぉ、でもミロカが来てくれて、そしてあの五角い敵どもをばったばったとなぎ倒してくれて本当によかったよぉぉぉ……」
私の胸元で泣きじゃくりながらそのような言葉を紡ぎ出してくるポニテ少女なのだけれど、なんか勢いに乗じて事実を都合よく改竄してるぅ、みたいな芯の剛直げな意志も感じる……でも、だいじょうぶ、だいじょうぶだから、と、私も聖女の笑みを湛えながら、その華奢な背中を撫でさすってあげる。そうだね、これはもう悪夢だったと共通認識してしまうことで、文字通りの暗黒空間に押し沈めちゃおうね、とか、また平凡な学生生活を送っていこうね、とか、ナヤになのか自分になのか、ともかく言い聞かせるようにして宥める。そう、悪夢はもうこれきりにしようね……そんなシメ始めに似た空気感の中、
「こ、こここれは大事なるモノでございますぞ! 肌身離さず身につけたもうぅぅ……」
立ち直り、こちらに向けて歩を進めてきた老人の顔は直前に与えられた痛みによって、いい感じの紅に染まっていたのだけれど。手には私が先ほど投擲した「鳳凰」の駒。うううん、しつこいなあ……
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