第50話 温度


 あたりが闇に覆われた同刻。アルマナへの続く大きな道の端で、ゼーナと父ダナンもそれを見ていた。しかし、それだけでなく、目に飛び込んできたのは途方もなく炎に包まれた首都の光景だった。


「なあ、わかっただろう? もう、この国は終わりなんだ」


 ダナンはそう言いながら、隣で呆然としている彼女の背中をさする。


「お父様……離して! ひどい……こんなの、ひどすぎます。約束したじゃないですか。キチンと停戦するんじゃないですか!?」


 急に現れ、自分たちの乗っている馬車に誘おうとしてくる父親を、ゼーナは必死で拒絶する。


「……うるさい」


             *


 魔将ゼルダゴについて、すぐにゼノスに報告をした。もちろん、ヘーゼンとの約束を守るべく、ゼルダゴの粛清をするためだ。


 しかし。


 ゼノスの操っている鴉は禍々しいことを口にした。


『あの男は放っておけ』


「……はい?」


 思わず、ゼノスの言葉を聞き返す。


『……アレは狂っている。見込みはあると思ってかつては弟子にしたが、そのまま深い深淵に堕ちていった』


「どういうことですか?」


『……』


「それは……ゼノス様にも止められないという意味ですか?」


『……とにかく、忠告する。私の言う通りにしておけ。そして、すぐにアルマナに向かおうとしている娘を連れ戻すことだ』


「……っ」


 ダナンは信じられなかった。もちろん、ゼルダゴは大利屈指の魔法使いであり、デルシャ王国の魔将だ。しかし、あのゼノスにそこまで言わせるほどの実力であるとは思えない。それだけ、死者の王ハイ・キングと呼ばれている男の知識は途方もなく、その魔力も絶大だった。


 しかし。


 一つだけわかったことは、もうサングリオ公国という国家が滅亡すると言うことだけだった。


             * 


「お前だってわかるだろう? 大国が小国の約束など守るわけがない。あくまで一時的な停戦をチラつかせて戦力の弱体を狙ったに過ぎない」


 ダナンは娘の前で、そう答えた。自分の目論見が外れたことなど、親としては決して口にすることはできなかった。


「最低……」


「貴様! それが親に対していう言葉か!?」


 強烈な張り手がゼーナの頬を飛ばすが、それでも彼女は怯まない。


「言います。何度でも言います。あなたは……あなたたちは最低です。お帰りください。そして、二度と私の……私たちの前から消えてください」


「くっ……」


 そう言って、ダナンの腕を振り払って、自身の馬車に乗り込もうとする彼女に。


<<光の存在を 敵に 示せ>>ーー光の矢サン・エンブレム


 ダナンの放ったそれは、ゼーナの背中に突き刺さり鮮血が舞って倒れる。


「ひっひいいいいいいいいいいい」


 彼女が雇った馬車の業者は、その光景を見て一目散に逃げて行く。


「私の言うことを聞かぬ者は、もはや私の身内ではない。その場で朽ち果てるがいい」


 そう吐き捨てて。苦々しげな表情をしたダナンは馬車に乗りこんで去って行く。


「……くっ。はぁ……はぁ……」


 ゼーナはゆっくりと立ち上がり、歩き始める。背中からはおびただしいほどの血が吹き出てくる。


 なんとか。


 なんとか、ヘーゼンにこのことを伝えなければ。


 血を地面に滴らせながら、一歩、一歩。


            ・・・


 やがて。


 すぐにうつ伏せに倒れる。


「……ははっ。やっぱり……私は……ダメだな」


 自嘲気味につぶやく。


 そんな人生だった。


 ……そんな中途半端なのが私。


 一族の一員として、父の命令にも徹しきれず。


 かといって。


 自分の意志でなにをすることができず。


 自身の才能でなにかを志すこともできず。


 寄り添う人に尽くすこともできず。


 ひたむきな想いに応えられることもなく。


 その想いひとつで生きることもできなかった。


「……はぁ」


 いったい、私の人生って、なんだったんだろう。


 ……でも。


 あの人と。


 観劇には行きたかった。


「……嬉しかった……な」


 『行こう』と言ってくれて。


           ・・・


「おい! しっかりしろ……ゼーナ、しっかりしろ!」


 目を開くと、そこにはヘーゼンがいた。


「……来て……くださったんですね……嬉しい」


 白馬の王子様みたい。


「おい、しっかりしろ!」


 ヘーゼンが背中に添えてくれる両手があったかい。この人は、普段はボーッとしているけど……本当はあったかい……優しい人なんだ。


「私は……もう助かりません。あなただって……もうわかってるでしょう?」


「……」


「あなたには……心の中に大事な人がいて……その人があの炎の中にいる……そうでしょう?」


 最後だから。


 情けない日々を送っていた私だから。


 これで、最後だから。


 せめて、カッコつけさせてください。


 ……全部、わかっているふりをさせてください。


「……」


「行って……ください……私は……」


 もう十分ですから。


 ……嬉しい。


 私……抱きしめられちゃった……


「……ったかい」






















 最期のつぶやきが、ヘーゼンに届くことはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る