第51話 デリクール


「……」


 ヘーゼンは、亡骸を残し、翼悪魔を従えて飛ぶ。看取ること以外に、その亡骸を葬ることもできなかった。こんな自分などに、精一杯の愛情を示してくれた彼女に対して。しかし、心とは裏腹に、黒髪の魔法使いの脳内は、瞬時に首都アルマナへと誘う。そこで生きているはずの、大切な者へと向けて。


 そして。


「なんだアレは……殺せ!」


<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー炎の矢ファイア・エンブレム

<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム

<<木の存在を 敵に 示せ>>ーー風の矢ウインド・エンブレム

<<光の存在を 敵に 示せ>>ーー光の矢サン・エンブレム


 道中、襲いかかってくるデルシャ国の部隊を、空から蹂躙して進む。


 この程度なら、問題ない。


 これなら、サングリル公国の兵なら持ちこたえられる。侵略してきている兵隊は一軍程度。奇襲とは言え、これならば十分に守ることができる。アルマナにはダーツも、アムもいる。


 そう何度も何度も言い聞かせた。


 しかし。


「……っ」


 それは、血塗れで倒れている一人の男の姿で脆くも崩れ去った。それは、見慣れた鎧。屈強な身体が見るも無残にズタズタにされた元総隊長のデリクールだった。


「しっかりして下さい! なんで……」


 信じられなかった。あんなに強かった男が、この場で倒れていることが。あの圧倒的な戦力差の戦いを、見事生き抜いた歴戦の勇士が、こんなにもなすすべもなく。


「……ヘー……ゼンか」


 吐く息がすでに吐血しており、会話が絶え絶えの状態だった。しかし、ヘーゼンはデリクールの口元に顔を近づけて、一言も聞き漏らすまいとする。


「はい……」


「……ふふっ……やっぱ……り……農民……には……なれぬらしい」


「こんな時に……なにを冗談を……」


 あんたがこの国を見捨てられる訳がないじゃないか。この国があんたを見捨てても……あんたはそんなやつじゃないか。


「……中位……悪魔だ……逃げ……ろ」


「中位悪魔」


 その言葉に思わず戦慄を覚える。


 下位の悪魔とは次元が違う戦力を持ち、数万の魔法使いに相当する破壊力を持つと言われる中位悪魔。史実でも、それの召喚に成功したのは数人程度だ。


 確かに、中位悪魔ならばデリクールですら、なすすべもない。いや……そもそも、手に負える人間が頭の中で見あたらない。


「ロキ……エル……だ……決し……て……戦う……な」


「……っ」


 最悪だ。怪悪魔ロキエル。残忍。粗暴。狂気。あらゆる禍々しさの塊のような快楽殺人狂である。死を誘う道化として、数十年に一度災厄として訪れ、村々を蹂躙していく。不定期で断続的なのは、自身の力を過信した魔法使いが召喚を試みて失敗に終わるからだと言われている。


 しかし、わからないのは、なぜそんな悪魔がデルシャ王国侵攻のタイミングとともに、このサングリオ公国内に出現したのか。大国であればあるほど、ロキエルの召喚は禁忌とされているはず。そんなリスクを今回、デルシャ王国がとるなんてあり得ないです。そもそも、この国にそんな価値などはない。


「……ゴフッ」


 デリクールは、再び大きな血の塊を吐く。


「しっかり……しっかりしてください……」


「……フフッ……お前が……名を……のを……見た……」


「……しっかり。しっかりしてください」


 僕だって、あなたに見てほしい。


 学ぶ喜びを教えてくれたのはあなただったじゃないですか。


 あなたは、みんなに与えるだけだったじゃないですか。


 そんな、あなたに……


「ヘーゼ……せめ……きさ……は……自由に……翔……べ」


「……」


















 デリクールは、その場で、生き絶えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る