第33話 ゼノス
会食が始まった。大きな円卓にさまざまな食事が置かれている中、トーマスは得意げに自分が収束極大魔法の理論をいかに発展させたかを物語る。
「正直言って、収束極大魔法は幸運な偶然によって構築された理論です。私はそれを解析し、さらに高威力での魔法を放てるようになりました」
「ほぉ、それは凄い……なあ、ゼーナ」
ダナン大臣はさも感心した様子で、隣の金髪ロングの女性に話しかける。
「は、はい」
ぎこつなく頷くその様子で、かなり緊張していることがうかがえる。
「しかし、ゼノス様がここに来てくれるとは本当にありがたい」
「……いえ」
ガーラルのおべっかには見向きすらせず、静かにワインを飲む黒髪の魔法使い。
「しかし、ここの食事は豪華ですな。サングリル公国は厳戒態勢で食料も配給制になっていると聞いているのに」
ダナン大臣は豪勢に焼かれた肉を頬張りながら答える。
「なに……戦争などは我が一族とは無縁ですよ。大陸中の国々と親交を持つ我々は支援いただく方々もまた多様ですからね」
「それは羨ましいですな。おや、ヘーゼン君。食事が進んでいないようだが大丈夫かね?」
「……はい」
そう言いながらヘーゼンはフォークに肉を刺して口に持っていくが、実際に気は進まない。言わば、この豪華な料理はサングリル公国の血をふんだんに吸ってできた料理だ。料理自体には罪がないことも理解している。そんなことにこだわるような性格でもない。しかし、心の片隅でそれがよぎり、進んで食べることはできなかった。
戦争の裏には必ず莫大な利益を享受する者が存在する。表舞台には決して顔を出さず、戦いを助長することで儲けることのできる者が。目の前にいるダナン大臣も、そしてハイム家もそうして大きくなっていった。
「君が収束極大魔法の理論を構築したのか?」
トーマスの自慢話が一通り終わったところで、突然ゼノスがヘーゼンに声を掛けてくる。
「いや、こいつのは本当に偶然でーー」
「君には聞いてない」
トーマスの割り込みをピシャリと抑えるゼノス。
「……はい。確かに僕が構築しました」
「どうやって思いついた?」
「ただ、なんとなく……」
「……それだけか?」
「はい」
別に強がる気もないので、本心から答えた。頭の中に思い浮かんだものを、そのまま記しただけ。それが、非常に有用な魔法として扱われるとは正直思わなかった。
「フフフ、ほらね。そんなもんなんですコイツの実力は」
「……素晴らしいな」
「は?」
ゼノスの賞賛に、思わずキョトン顔を浮かべるミカエル。
「研究者に必要なのはイマジネーションだ。その柔軟な発想で新しく生み出すことこそ、なによりも難しい。そこから構築された理論を推し進めることなど、優秀な凡人でもできる仕事だ。まあ、研究を進めていく過程で、推し進めることも重要な要素の一つだからバカにできたものではないが、イマジネーションは才能がある証拠だ」
「……っ」
トーマスの表情がこれ見よがしに曇る。その瞳は猛烈になにかを訴えようとするが、ヘーゼンに向かっているゼノスの視線には交わらない。
「はぁ……」
この手のおべっかは、軍部でも散々言われた。天才、逸材、寵児、戦の申し子、麒麟児。そのたびに、世界が狭く感じる。
「しかし、この理論はまだ先があるように思えるな」
「えっ?」
「確かに収束極大魔法がデルシャ王国において有用な魔法になったことは疑いない。しかし、なぜそこで止めた?」
「さすがは、ゼノス様。よくお分かりです。それを、この私が改良して詠唱時間を三秒……」
「そう言うことじゃないんだ。君は少し黙っておいてくれないか?」
「……っ」
トーマスはますますヘーゼンを睨みつける。
「……どういうことですか?」
「極大魔法の先は考えなかったのか?」
「……」
「一般的に極大魔法と言われている魔法が最強魔法だとされている。それは、魔力自体がそれ自体の出力を自発的に抑えるからだとされている。だから、人間はその限界を超えるために、多属性極大魔法を用いる」
「今、おっしゃった通りですよ。極大魔法以上のものは、人間という器が持たない。それを超えないように、人間は根源的にそれを制御されている」
「それで諦めたのか? 新たな可能性が模索できるかもしれなかったのに」
「……」
「君はこう考えたんじゃないか? この収束極大魔法が戦争の道具に使われることで、より多くの命が失われるのではないかって?」
「……」
ヘーゼンは目をつぶって当時を想起する。ゼノスの言葉どおりだった。実際に、自分の開発した魔法で焼かれた村を見て。自分の創り出した
これ以上、進むのが。
「そう考えているんだったら、君は研究者失格だな。殺すのは
そう言いながらゼノスはワインを流しこむ。
「……」
初めてだった。自分のことをそんな風に分析した魔法使いは。
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