第32話 会食


 夜の闇があたりを染めて、馬車がハイム家の館に到着した。そこに、二人の男が降りてくる。デルシャ王国筆頭大臣ダナンと、もうひとりは黒髪の男だった。


 男の名はゼノスと言った。


「よく来てくださいました」


 トーマスは嬉しそうに出迎える。


「……どうも」


 そっけないと言うよりは、興味なさげに差し出された手を握るゼノス。


「えっと……ヘーゼン君はどこかな?」


 一方、ダナンは周囲を見渡しながらヘーゼンを探す。


「……父さん」


 泣きそうな表情でコッソリと父ガーラルの袖を引っ張るトーマス。


「申し送れましたが、家督を譲るのはこの弟のトーマスに決めたんです」


「よろしくお願いします」


「ああ、はい。よろしく」


 興味なさげに、挨拶を受け入れるダナン。


「……ほら、ヘーゼンも挨拶しないか」


 だんだんと渋くなるダナン大臣の表情に耐えきれなくなったのか、やっと影に隠れているヘーゼンを紹介し始めた。


「おお、久しぶりだな」


 ダナン大臣は、ヘーゼンにガッチリとした熱い握手を交わす。


「どうも」


 素っ気なさそうに握手をするヘーゼンだったが、実際には高速で思考が駆け巡る。ダナン大臣と初めて会ったのは、四年前。その時は、ガーラルが半ば強引に自分の息子と紹介した。


 あちら側は、自分が『仮面の魔法使い』であることは知らない。ダナン大臣を殺すパターン、人質にするパターンをシミュレートする。しかし、どちらも価値が薄い。やれることと言えば、少しでもデルシャ王国の情報を引き出すことぐらいかと、大きくため息をつく。そんな中、馬車からもう一人女性が降りてくる。金髪のストレートヘアが腰まで長いスレンダーな美女だった。


「あの……お父様」


「おお、紹介する、こちらは私の娘であるゼーナだ」


「はじめまして」


 ぎこちない笑顔で、ドレスの両端をつまんでお辞儀をする。


「はじめまして」


 笑顔で応えながら、この娘を人質にしたパターンをシュミレートする。しかし、ダナン大臣にとって彼女がどれくらいの価値なのかは見極める必要がある。


「こちら親バカなのかもしれないが、自慢の娘でね。ぜひとも紹介しておきたかったんだ」


 娘に肩を抱きながら、快活に笑いだす。そもそも、なぜこんなところに娘を連れてくるのか。


「さっ、こんなところで立ち話もなんですので屋敷内に入りましょう」


 ガーラルはそう言って執事に案内させる。


 チッ。


 そんな中、トーマスが舌打ちをする。


「調子に乗るんじゃないぞ。お前はたまたま魔法開発に成功しただけだ。そうでなければ、あの理論を短期間でできるわけがない」


「……」


 ああ、そう言えばこんな奴だったなと正直辟易する。トーマスは自尊心が高く、負けず嫌いだ。小さい頃から、なにかと張り合ってきて自分が勝つまでは必ずやめない、


 そんな弟にヘーゼンはいつも譲ってきた。


 そもそもトーマスは優秀な魔法使いだったし、最初は全てヘーゼンが覚えるのが早いが、後から努力で追いついてくる。別に、弟だから譲った訳じゃない。その時にはヘーゼン自身、別のものに興味が出て忘れていた頃に、トーマスが得意げに披露してきただけだ。


 愚かな弟は未だ、全ての事柄で優っていると未だに信じている。


 館の中を自慢げに説明して回るガーラルとトーマス。それを熱心に聞き入れるダナン大臣。ゼノスと言う男は、キョロキョロと周りを眺めながら自分勝手に動き回る。


 そんな集団から少し離れた場所を歩いていると、


「……あの、ヘーゼンさん」


 とゼーナが話しかけてきた。


「はい?」


「私のこと……覚えてますか?」


「えっと」


 そう言いながら、過去の記憶を必死に辿る。思い当たる限りでは彼女の姿の記憶はない。


「ダナン大臣とお会いしたたときに、いらっしゃいましたよね?」


「覚えていてくれたんですか?」


「……ええ」


 瞳を輝かせるゼーナに、ヘーゼンは少し顔を背けた。推測して当てずっぽうで答えただけだったが、あまりにも嬉しそうなその顔に、罪悪感がチクリと胸をさす。


「嬉しい。私も、ずっと覚えてました」


「そうですか」


「あなたの瞳が……すごく印象的でした。鋭くて」


「ええ。よく、冷血そうだって言われます」


「……いえ。転んだ私を支えてくださった瞳の奥は……優しかったですよ」


「……」


 ヘーゼンは心の底で舌打ちをした。彼女が善良な女性であることに。これでは、ダナン大臣の人質としては使えない。


 優しく微笑む彼女に小さく会釈し、黒髪の魔法使いは会食の部屋に足早に向かった。







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