第46話 トーマス


 翌日は朝から、忙しなく動いていた。ゼーナが几帳面に作成した計画表に則って、ヘーゼンは用意されたタキシードを着用する。


「これでいいのかな?」


「うーん……どうでしょうか。こっちの方が似合うのかも。こっちを着てみてくださる?」


「か、勘弁してくれよ。もう、5着目じゃないか!?」


 正直、観覧の時の服装などあまり気にもしない性分だ。


「あら、今日は私に付き合うと言ってくださいました」


「う゛ーーっ……これで、最後な。これで絶対に最後だからな」


 これで、3回目の『最後を』念押しした後、先ほどからまったく守られない彼女の頷きを見てため息をうつ。なんだってこんなに面倒くさいのかと感じながらも、それでも嬉しそうな顔が見れて幾分かは満足する。


 そのとき、ヘーゼンの部屋のドアが開かれる。見ると、そこにはトーマスが立っていた。


「ったく、ノックぐらいしろよ。何の用だ?」


「おや、すまなかったな。ラブシーンの途中だったか?」


「お前には関係ない」


 ヘーゼンはピシャリと冷やかしに対応する。そもそも、この弟とはそんな冗談を言い合う間柄ではない。


「……少し話があるんだ。ちょっと出られないか?」


「先約があるんだ」


「ああ、観劇に行くのだったな。もちろん、それには間に合わせるさ」


「しかし……」


「行ってください、ヘーゼンさん」


 そのとき、ゼーナが会話に割って入った。


「いや、でも話だったらここでもできる」


「大事な話なんでしょう。私は大丈夫ですから」


「ほぉ、話がわかる奥さんでよかったな。じゃあ、外で待っている」


 そう言い捨てて、トーマスは去って行った。


「ヘーゼンさん。話をしてあげてください。二人だけの兄弟じゃないですか」


「……」


 もはや、この弟になにも期待してはいないが、ゼーナの想いもわかる。自分の楽しみを後回しにしてまでの善意を無駄にするのは、さすがに心苦しい。


「私なら、大丈夫です。先に行っていますから。中央広場の噴水前で、待ってます」


「……わかった。すぐに向かうから、待っててくれ」


 そう言いながら、着替えて外へ出た。


「来たか。さっさと行こう。彼女とのデートの時間がなくなってしまうからな」


 そう嘲りながら、トーマスは用意されていた馬車に乗り込む。


「……」


 いつから、この男はここまで歪んでしまったのだろう。本気でそう思う。言葉を吐けば、嫌味ばかり。幼少期の頃からそうだったので、もはや慣れてしまっているが最近はなおさらに酷い。


 首都アルマナからはどんどん遠ざかって行き、一時間ほどが経過した。外を眺めながら、翼悪魔で戻る時間を逆算し、まあなんとかなるかとボンヤリと思い浮かべる。せっかく用意してくれたタキシードは着られなくなりそうだが。


「着いたぞ」


 そう言って降りた先は、深い森だった。


「……ここは?」


「いいから、歩こう」


「いい加減にしろよ。こんなところまで連れてきて。さっさと用件を言え」


「フッ……簡単な話だ。魔法使いとして、決闘をしよう。どちらが優れているのか」


「ばかばかしい」


 即座にそう言い捨てる。


「俺が勝てば、ハイム家は俺のものだ」


「話を聞いていたか? 僕はそんなものに興味がない。お前が勝手に継げばいい。それだけの話だ」


「ごちゃごちゃ言うな! あの女殺すぞ!」


「……トーマス、お前」


 そん瞳は歪んでいる。口元は笑っており、その怒り狂った声とまったくマッチしていない。


「ほら、俺もさ。そんなことはしたくないんだ。だから、正真正銘実力で勝負したい。それだけさ」


「……わかった」


 もはや、なにを言ったところでこの男には通じることがないことがわかった。


 更に、森の奥を突き進むとそこには大きな広場が用意されていた。


「広いだろう。俺とお前。長い間の争いの決着をつけるために造った特別な舞台だ」


 仰々しく手を広げて、誇らしげにアピールするトーマス。


「では、やろう」


 ヘーゼンは、大きくため息をつく。


「今まで10年以上……長くもあったし、短くもあった。俺とお前の争いも今日をもって終わる。互いに恨みっこなしだ」


「……わかった」


「では合図はどうする?」


「いつでもいい」


「では、森から鳥が一羽でも飛び上がったらにするか?」


「わかった」


 二人は戦闘の構えを取った。

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