第48話 トーマス(2)


 数分が経って、一羽の鳥が羽ばたく。


「いくぞ!」


 叫びながらトーマスは勝利を確信していた。ヘーゼンには光の魔法は使えない。そんな不完全な魔法使いが、自分のように完璧な魔法使いに。


 いや、勝つだけでは気が済まない。


 殺す。


 圧倒的に勝利して、血を流しながら倒れている光景を上から見下ろし、顔面を踏みつけ、唾を吐いて、泣き叫びながら命乞いさせる。


 そして、無残に殺して、ゼーナを妻にして。そんな妄想を繰り広げながら、


<<光の存在を 敵に 示せ>>ーー光の矢サン・エンブレム


 魔法の矢マジック・エンブレムを放つ。


<<闇よ 愚なる聖から 我が身を護れ>>ーー闇の護りエレ・タリスマン


 ヘーゼンはいとも簡単に魔法壁で弾く。


「……ははは、さすがは腐ってもハイム家の血統だな」


「……」


「しかし、所詮、お前は劣等種だ。恨むのなら、下劣な平民出身の血統の片割れを恨むんだな」


<<光なる徴よ 聖なる刃となりて 悪しき者を 断罪せよ>>ーー光の印サン・スターク


 トーマスは追撃の手を緩めない。通常の単体で放つものと異なり、無数の光の矢が、対象に向かって襲いかかる。


 しかし。


「……」


 ヘーゼンは微動だにすらしない。そして、ヘーゼンを覆うそれはトーマスの放った無数の矢をいとも簡単に弾く。


「ば、バカな……」


 愕然とした表情を浮べるトーマス。魔法の印マジック・スタークは、通常の単体で放つものと異なり、量、質ともに高い威力を誇る魔法の矢マジック・エンブレムの上位互換である。同レベルの魔法壁で防ごうとするながら、闇の護りエレ・タリスマンの上位互換で防ぐしかない。


「わからないか?」


 ヘーゼンは、皮肉めいた声を出す。


「……クッ、そんな訳ない」


 何度も何度も首を横に振って、トーマスは、自らのを否定する。


「ク、クククク……」


「笑うなぁ! 殺す! 殺すぞおおおおおおおおおっ!」


<<哀しき愚者に 裁きの業火を 下せ>>ーー神威の烈炎オド・バルバス


 火・光の二属性魔法。その魔法は、ヘーゼンへと襲いかかり、魔法壁へと直撃する。たちまち直立に大きな炎が巻き起こる。


「ハハ……ハハハハハハハハッ、ハハハハハしまった! 本気を出しすぎた! 痛ぶるつもりが、つい、楽しみをあれだけでかい口を叩いておいて。クハハハハハハハハハハッ、クハハハハハハハハハハハハハ」


 嘲笑うトーマス。もはや、この男に正常な思考は持ち合わせていない。後先を考えぬほどヘーゼンという男を憎んでおり、その存在が消えたことを素直に狂喜した。


 が。


「クク……なにがそんなにおかしいんだ?」


 見る見るうちに炎が消え、黒いローブのような闇が漂う。そして、その先には黒髪の魔法使いが呆れたように笑っていた。


「な、なんで?」


「わからないのか? 魔法のだよ」


 ヘーゼンの眼光が鋭く光る。


「……ひっ」


「お前は室内で研究してるだけで、自分が強くなったと思い込んでいるのか? 魔法というのは、何千回、何万回も放つことでしたかその威力を上げることはできない。理論だけを勉強して、ロクに実践も経験していないお前の極大魔法など、僕の魔法壁すら満足に破ることはできない。つまり、そういうことだ」


「う、嘘だ! そんなの嘘に決まっている」


「……笑えないな。お前はそうやって、その存在感を示してなにかと対抗してきたつもりだったんだろうが、僕がお前のことを歯牙にかけたことなんて一度としてなかったよ」


「なん……だと?」


「いい加減に自立しろよ。妙な対抗意識燃やして収束極大魔法の研究なんかしていないで、お前はお前でオリジナルな研究をしろ」


「う、う、うるさい! う、う、う、うるさーーーーーい!」


 狂ったよう叫びながら、再び詠唱を始める。


「……お前と同じ血が流れていると思うと、全く恥ずかしいよ」


「だ、だ、だ、黙れーーーーーー! これを喰らってから、そんな大言を言ってみろーーーーーー!?」


 トーマスはそう叫び、詠唱を始める。


<<業火よ 愚者を 煉獄へと滅せよ 雹雪よ 嵐となりて 大地と 鋼鉄の力となれ>>ーー蒼天の誓いセナード・ストライク


 四属性魔法。あらゆる属性の魔法が入り乱れた一撃がヘーゼンに迫るが、


<<漆黒よ 果てなき闇よ 深淵の魂よ 集いて死の絶望を示せ>>ーー煉獄の冥府ゼノ・ベルセルク


 ヘーゼンの放った莫大な闇は、四属性魔法をまるでなかったかのように破り去る。


「ばっ……ばかっばかっ……!」


 膝から崩れ落ちて、その闇は、トーマスの横を通り過ぎ、奥の木々を全て呑み込んだ。


「勝負……あり、だな」


 黒髪の魔法使いは表情を変えずにつぶやいた。

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