第63話 7属性魔法


 ヘーゼンは静かに息を吐き、シールを描き始める。それは、新魔法オリジナルである聖闇魔法よりも、更に時間を要する新魔法オリジナル。その口は勝利を確信した笑みで、淀みない指の動きで描く。


「クエエエエエエエッ、クエッ、クエッ、クエッ!」


 腕を一本抉られてドス黒い血を流しているにもかかわらず、慄くロキエルは何度も何度も聖闇の魔法陣に爪を突き立てる。未だかつて、人間おもちゃにこれほどまでの屈辱を味わったことがなく、未だにその現実が理解できていない。


「怪悪魔よ……貴様のように、僕も自由になったぞ」


 ヘーゼンは、もがくように暴れまわるロキエルに向かって微笑む。


 願いが叶った。自分を縛るものは、もうなにもなくなった。すべて貴様らに奪われた……そして、自分は望んでいた。自分は、心の奥底で、この結末を望んでいた。


 なのに……


 なぜ。


 自分には泣く資格はない。


 その表情は、歪んでいた。グシャリと目を細めて、無理やり笑って、そして泣いているようで。


 そして、


<<絶対零度の 鋼鉄よ 木々を生み出す大地よ――

 

 果てしないほどの魔力が、ヘーゼンの元に集まる。


 水、火、金、木、土。各々の属性を持って超魔力を込めて。一つ一つが最強クラスの威力になるほどの魔法を、その糸を渡るような繊細さを持って。息を吐くことすらできないほどの緊張感を持って。


 七属性魔法。


 自然界に存在する5属性魔法に加え、光と闇、計七属性の出力を最大限まで上げて放つ最強秘術である。ヘーゼンが理論上考案し……そして、一度は断念した魔法。


 ――炎よ限界を超え灼熱すら焼き尽くし――


「クエエエエエエエエエエエ、クエエエエエエエエエエエ、クエエエエエエエエエエエ」


 怪悪魔を支配したのは恐怖でなく怒りだった。ヘーゼンを攻撃するために、何度も何度も打撃を加える。しかし、聖闇の魔法壁によってそれが彼に通ることはない。


 ――漆黒よ 果てなき闇よ 深淵の魂よ――


「クエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」


 決して通らぬ攻撃に。


 異常なほど上昇していくヘーゼンの魔力に。


 ロキエルは初めての感情を抱いていた。


 恐怖。


 一人の人間おもちゃに対し、絶対強者であるはずの悪魔が明らかな恐れを抱いていた。


 闇魔法の詠唱を開始した時。ヘーゼンの身体が蒸発を始める。熱ではない、なんらかによって。その存在を昇華するように。全てが無に溶け込むように。


 ――闇獣よ その光印をもって――


「ヒッ……」


 逃げだした。


 その際限なくあがっていく魔力に。


 手も足もできぬこの闇法使いを前に。


 背を見せて、情けなくも、逃走を図る。


 が。


 突然、見えない空間に遮られる。


 すでに、戦天使リプラリュランが張り巡らせた聖の魔法陣が怪悪魔を捕らえていた。


「どこへ行くんだ?」


「ビッ……エェ」


 逃がさない。


 貴様だけは絶対に。


 振り向き見たヘーゼンの表情はそう語っていた。


「クエエエエエエエエエエエ、クエエエエエエエエエエエ、クエエエエエエエエエエエ」


 必死にもがきながら、暴れまわるロキエルだが、焦れば焦るほど魔法陣を破壊することができない。


 ――万物を滅する一撃を>>ーー神羅万象の一撃ゼール・バ・ドー


 放たれた魔法は、周囲の全ての存在をかき消しながら、


 音も、


 衝撃も、


 光も、


 闇もない、


 その魔法は、不可思議な色を放ちながら直撃した。


 

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