第64話 従属
闇でも光でもない。しかし、確かに、視界は消えた。誰もがなにも見えない。完全なる無がこのあたり一帯を支配する。
やがて、視界が晴れた時、
「グ……グエエエエエエエッ」
満身創痍のロキエルの悶える声を吐きながら、地を這っていた。すでに、片腕は切断され、両足はもげ、身体全体から漆黒の血液が吹き出ている。全身を震わせながら、今にも倒れそうなほどだったが、目の前にいる人間へのへの恐怖が、怪悪魔の身体を付き動かす。
その時、
「……おい、どこへ行く?」
その巨大な頭を踏みつけながら、ヘーゼンは目の前のロキエルを睨みつける。
「ヒッ……ヒッヒッ……」
尋常でない眼光に。威圧的なオーラに。圧倒的な恐怖感に。抗う気概すら皆無だった。ただ、目の前の魔法使いへ媚びへつらい、憐憫の瞳で助けを懇願することしか。
しかし。
ヘーゼンはその一助すら拒絶する。
<<我と 死の契約を その臓を捧げ 悠久の贄を>>
その言葉と共に、腕をゆっくりと伸ばす。ロキエルは、未だ懇願を続けていたが、それでも抵抗することはできない。ヘーゼンは、まるでそこにあったかのように、悪魔の心臓を抜き取った。
「グ……エエエエエエエエエッ」
断末魔の叫び声をあげながら、怪悪魔は地面へと沈んでいく。
「う……嘘だ」
自分の見ている光景が未だ信じられないゼルダゴは、ボソッと一言つぶやく。被支配者である人間が、支配者である中位悪魔を圧倒する光景。それは、衝撃的という言葉すら生ぬるい。天と地に逆転すること以上に信じられないことだった。
「アレ……まだ、いたのか?」
ヘーゼンは、その様子を歯牙にもかけずに
<<邪悪なる魔よ 真なる恐怖と共に 亡者を 奈落に つかせ>>
黒い光が地面から放たれ、再び巨大な不気味な道化ロキエルが。漆黒の身体ながら、白塗りの顔に派手な服装。一見可愛らしい化粧を施した姿。しかし、片腕がもがれ、その自慢のマントは漆黒の血で汚れ、召喚された恐怖で打ち震えていた。
「ク、クエエエエエエッ……」
「終わったとでも思ったのか?」
立ち上がれずに跪いている怪悪魔の顔を、思いきり踏みつけるヘーゼン。
「ヒッ……ヒッヒッ」
「貴様はこれから僕が死ぬまで僕の
「ク、クエエエエエエエエッ」
もはや恐怖という感情すら超越した屈服。自分はただの
「さて……」
「ひっ……許してください……許してください……どうか、お許しを」
ゼルダゴは懇願する。額が血で滴るほど、何度も何度も地面に擦りつけて。
「……怪悪魔よ。貴様の最初の仕事だ。アルマナに侵入した愚かなデルシャ国の兵を皆殺しにしてサングリル公国の民を助けろ。もちろん、そこの
「クエエエエエエエエッ」
満身創痍の身体ながらも、ロキエルは身体を引きづりながら、ゼルダゴの方へと向かう。
「ああ……どうか許してください……許してください……お許しを……慈悲を……ご慈悲を……あなたは中位天使を操るほど信仰深い方でしょう? 無闇に人を殺せば、神への冒涜となります」
「ククク……とうとう、神の名すら出したか。安心しろ、僕は慈悲深い。友を殺したお前にすら、拷問はしない。今まで貴様がしてきた悪行を鑑みれば過ぎた慈悲だろう? まあ、お前のような取るに足らぬ者に使う時間がないだけだがね」
そう言い残して。
翼悪魔と戦天使と共に上空へと羽ばたく。
「き、貴様……地獄に落ちろ! 私を助けなかったこと、後悔するぞ! なんせ、ここにいるのは先遣隊だけだ。残り数千の魔法使いたちがやがてここに押し寄せてくる。ひとりの魔法使いで、いったいなにができる!? 貴様に待っているのは死……死のみだぁ!」
「……」
態度を翻して醜く叫ぶゼルダゴを歯牙にもかけず、ヘーゼンは遥か遠くへと飛翔して行った。
「ああ……ロキエル様……我が主人ロキエル様……どうか……どうか……私は今まで忠実に仕えてきました。全てのご指示に対して全力で従ってきました。どうか、その尊厳を取り戻してあの魔法使いめに鉄槌を喰らわせてくださいませ……どうか……どうか……」
「クエエエエエエエエッ」
「わ、わかってくださいまーー」
・・・
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