第62話 光と闇


 怪悪魔ロキエルには、いつものような禍々しい笑顔を浮かべていなかった。何度も何度もヘーゼンを襲おうと試みたが、安易に攻撃しようとすれば戦天使にやられる。


 相手は同等の実力を持った天使……いや、厳密に言えば負けるのはロキエルの方だろう。


 この地上では自分以上に強い者などいないはず。


 いないはず


 ロキエルは憎しみの表情かおでヘーゼンを睨む。


 なんとか、この魔法使いさえ殺せれば。


 再び自分は最強だ。


 なんとか隙をみてーー


「リプラリュラン……君は手を出すな。この悪魔は……僕がやる」


 ヘーゼンのその言葉に。


 怪悪魔は自らの耳を疑った。


 目の前の人間おもちゃは、このロキエルと戦うと言っている? 戦天使の力を借りずに、蹂躙されるだけの人間おもちゃの分際で?


 蹂躙されるだけの人間おもちゃが、この怪悪魔と?


「クエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!」


 壮絶な咆哮が木霊する。


 それは、圧倒的な怒り。


 爆発的な速度の突進を開始する。


 一方、ヘーゼンはすでに聖魔法陣のシールを描いていた。


「クエエエエエエッ」


 関係ない。


 自分ならば、聖魔法陣など容易に壊すことができる。その思い上がりを悔いるがいい。そして、人間おもちゃは、人間おもちゃらしく自らの身分をわきまえるがいい。


 しかし。


 ヘーゼンは続けざまに。


 闇魔法の印を続けて描く。


<<光闇よ 聖魔よ 果てなき夜がないように 永遠の昼がないように 我に進む道を示せ>>ーー清浄なる護りオド・タリスマン


 詠唱チャントした瞬間、周囲に魔法陣が張り巡らされる。それは、聖魔法陣の白く輝く光でもなく、闇魔法陣の漆黒でもない。それら二つが深く深く入り混じり、白なのか黒なのか、対極にも関わらず決して混じり合わない色を表現していた。


「クエエエエエエエエエエエッ」


 ロキエルの突進は数歩手前で弾かれる。そして、何度も何度もその鋭利な爪を振り下ろすが、一向にそれはヘーゼンまで通らない。


「なぜ、通らないか不思議か? わからないだろうな……闇の染まった堕落の貴様は。聖による救いも受け付けないお前は」


「クエエエッ」


 心底の恐怖がロキエルを襲う。この人間おもちゃはなにを言っている? なぜ、この人間おもちゃは壊れない? なぜ……なぜ……なぜ……


 そして。


<<聖獣よ 闇獣よ 双壁をなし 万物を滅せ>>ーー理の崩壊オド・カタストロフィ


「グエエエエエエエエエエエッ」


 放たれた魔法に、瞬時に消え去った右腕にロキエルは聞いたこともないような奇声を発する。


 その痛みには覚えがない。


 自分には、人間おもちゃの攻撃など通じないはずだ。


 気がつけば、自身の腕はなく、ドス黒く粘りっこい血がドボドボと吹き出してくる。


「騒ぐなよ……すぐに再生できるだろう?」


 ヘーゼンは不敵に笑う。


 聖と闇。相克であり、相生である。互いに相反しながらも、決して交わるはずのないの理は互いに反応し合って極大を超える力を生む。結果的に、人智を超えた怪悪魔すら消滅させるほどの超崩壊を起こす。


 狂気的な研究の末に理論だけは構築していたそれを、ヘーゼンは実践した。聖魔法を使えずに断念したそれを。聖と闇をブレンドするという未だかつてない発想を持った新魔法オリジナルを。
















 聖闇魔法とヘーゼンは名付けた。

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