第26話結末



 目に見えるものが真実ではない。むしろ、真実は覆い隠されていた部分にこそ、存在するものだ。


 副長のセーセルスタンを始め、他の部隊長もまたは、かつてニーヴェルトの言葉に『なるほど』と思ったものだ。しかし、それだけでは足りないということを彼らは知らなかった。魔将ニーヴェルトのように、信念を持って体現できるようにならなければ、なんの意味もない。


 最初に駆けつけた部隊長は最年少であるラグレース。ニーヴェルトの援護に向かい、いち早く駆け抜けてきた若い騎士は、その光景を目にした。


 追い詰められた仮面の悪魔に剣を振りかざすニーヴェルトの姿を。


 そして。


 背後から彼の首を両断するデルシャ王国兵の姿を。


「貴様ーーーーーーーー!」


 ラグレースは目にも止まらぬ速度でその兵を斬った。しかし、ニーヴェルトの首はすでに空中に舞って、地に落ちた。


「……そん……な」


 ニーヴェルトの首を眺めながら、放心状態になるラグレース。そして、それを他所に、仮面の悪魔は茂みへと消えていく。


 自分が斬ったデルシャ王国の兵を見ると、それは見慣れた顔であった。セーセルスタンの甥であるという男だった。一度だけ彼の紹介で、面談を行ったことがあり、自分の部隊へと配属された者だ。


 なぜ、自分の隊の者が戦場をいち早く駆け抜けたはずの自分より早くここにいる? その者はセーセルスタンの血縁者である。いや、考えてみれば、その者がなぜセーセルスタンでなく自分の隊に配属されたのだ? 人事の配属を決めるのはニーヴェルトだが、案を起草するのは……


「……セーセルスタン」


 ギシシ! っと、歯が破損するほど顎に力を入れて、ラグレースは馬へと乗り込んで逆方向へと走り出す。


「ラグレース様、どうされたのですか!?」


 ようやく駆けつけてきた後続が、逆走するラグレースに驚きの声をあげる。


「セーセルスタンだ! ニーヴェルト様をあの裏切り者が討った!」


 その動きは早かった。若さが故、誰よりも早いが故に、ラグレースは最年少で部隊長に昇進した。周囲の者は思考することもなく、ただついてくるのみ。


 当然、副官であるセーセルスタンの方が戦力を保有しているが、その奇襲は彼にとっては予想の外であった。不意に始まる同士討ちに、戦況は互角になる。


 同時刻。ザイル軍、ベヤル軍、ガゼル軍にも『ニーヴェルト殺害』の情報が伝えられる。にわかには信じがたい話だが、続けて『ラグレースがセーセルスタンと戦闘を繰り広げている』という報が入った。


 誰もがそれをあり得ないと思うが、同時に一つの可能性だけは浮上していた。部下による裏切り。ザイル軍、べヤル軍は、セーセルスタンの裏切りを。ガゼル軍はラグレース軍の裏切りを。


 戦況をこの目で確認するために、半分の部隊を残してそれぞれの部隊長はセーセルスタンとラグレースが激突している場所へと向かう。


 見たところで、なにも変わることはない。そのことを頭では理解していた。しかし、どうしてもそうせずにはおられなかった。それだけ、各部隊の隊長はニーヴェルトに依存していた。自身のとって、絶対的な崇拝者が負けるはずがないと思い込んでいた。


 彼らの見た光景は、彼らが期待していたものだった。そして、ここからは必然だった。戦力は真っ二つに割れて、同士討ちを始める。そこの間隙をついて、ヘーゼン、アム、ダーツが狩る。戦況バランスが崩れないように、怒りの炎が燃え上がるように、互いの部隊長を適宜計らいながら消していく。


「……」


 遠くから眺めている戦場分析官シリル。ニーヴェルトの信じていた彼らは脆くも崩れ去り、全てが彼の読み通りに動いた。絶対的なカリスマの下にいる組織は、崩れると弱い。シリルはそれを見抜き、ヘーゼンの実力を信じ、この策を実行した。


 やがて、サングリル公国の勝利が確定したときデルシャ王国の部隊長は誰一人として残らなかった。この圧倒的な勝利は、この二国だけでの話ではない。この大陸中での風向きが変わるほどの衝撃を与えるだろう。自分が歴史の転換点にいることに、これ以上のない震えが生じる。


 魔将ニーヴェルトを超えるほどの化け物。その類稀な魔法使いの存在に、心からの畏敬が生じる。人格などと言う曖昧なものでない。ただ、圧倒的な実力を証明したヘーゼン=ハイムという魔法使いに、シリルはその人生を賭けることを誓った。






 







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