第16話 戦闘(2)


 シリルの指示通り、喧嘩しながら南へと進むアムとダーツだったが突如として、気配を感じて黙り込む。


「いるわね」


「ああ」


 先ほど馬鹿話をしてきた間柄とは打って変わった様子で、二人はアイコンタクトを繰り返す。


 相手は戦士隊。通常、障害物の多い場所で魔法を使うのはかなり限定的だ。障害物に遮られるし、炎の矢マジック・エンブレムなどはほぼ確実に引火して大惨事になる。先ほどダーツが極大魔法を放ったのは敵が一隊であると言う前提条件があったからだ。シリルの情報を考慮するならば、残りにいるはずの2隊に気取られずにりたいところだ。


 相手は三人。いずれもこちらには気づいていない。アムは、彼らに向けて右手を伸ばす。距離としては、30メートル前後。障害物すらもある状況で、研ぎ澄ましたシールを指で描く。


<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム


 詠唱チャントして放ったそれは、一般的な数十センチの氷刃でなく、遥かに細く、鋭利なものになっていた。


 戦場で放つ魔法はより大きくて放つか、より小さく放つか。それが、3年も戦地に身を置き続けていた彼らの経験則だった。このように限定された森や、市街戦ではもっぱら魔法を小さく放つのが重要だ。


 そして、それを極めたのがまさしくヘーゼン=ハイムという魔法使いである。単騎で戦場のど真ん中に下りて、最小限の攻撃で敵を撹乱するという馬鹿げだ芸当をこなす。その異常な戦法を呆れながらも、概ねアムもダーツも同じような芸当ができた。


 放たれた四つの鋭利な氷刃はデルシャ王国の戦士たちの喉元を貫く。


「ゲホッ」


 声を封じたところで、ダーツがその場に躍り出る。


<<闇よ 我が腕に 悪魔の 刃を>>ーー悪辣の剣イビル・ソード


 暗黒の光……とでも言うべきだろうか。ダーツの腕にウネウネと蛇のように這うナニかが発生した。それは、まるで生きているかのように。禍々しき予感を象徴させるかのように。


「くっ!?」


 数歩、後ずさりする戦士に合せて、闇の剣は伸びてことごとく彼らの心臓を一指しする。


「くっ……ごほっ!」


 絶命寸前にも関わらず、戦士が特攻で襲い掛かり、大刀を振りぬく。斬撃は鋭く、並みの者なら骨すら寸断するほどの威力で。


 しかし、大刀が振り下ろされることはなかった。ダーツの腕に蠢く闇が分離してその大刀を捉え。そして、それは完全に戦士の意志から離れ、ビクともしなくなる。


 ダーツは、ニヤリと笑い戦士が絶命していく様子を眺めながら、


<<冥府の死人よ 生者の魂を 喰らえ>>ーー死者の舞踏ゼノ・ダンス


 もう一つの闇魔法を放つ。


 死体を生きていたかのように動かす闇魔法。詠唱者のレベルによって幅は異なるが、その対象者が生前保有していた能力を引き出すことができる。


死者使いネクロマンサー


 側の茂みから観察していたシリルは思わず簡単と恐怖の声をあげる。闇魔法使いの中でも、最も業が深く、忌み嫌われる類である魔法使いを『死者使いネクロマンサー』と呼ぶ。死者の魂を操り、暴くようなその魔法は下法と言われる一方で非常に高度であるが故に、極端に使い手が少ない。だが、この3人は全てそれを同じようなレベルで扱っている。


 死体となった三人は、すぐさま忠実な死兵と化して立ち上がった。恐ろしいほどの手際で一隊を掌握したダーツは、ニヤリと笑った。


「残りは2隊か……」


 死兵たちをさらに南に歩かせ、再び周囲を警戒する。もはや、無駄話など一切ない。歴戦の狩人ハンターかのように、息を潜めてその後ろをついていく。


 その時、


「おい、どうした?」


 残り2隊の魔法隊が、死兵に気づいて声をかける。瞬間、弾かれるように飛び出したダーツとアムは迷いなく戦闘を開始する。逆に相手は、未だその兵が死兵だという事にも気付いていない。


「後ろだ! 俺たちを守れ!」


 のんきにもそんな言葉を吐く魔法兵に対して、


<<金の存在を 敵に 示せ>>ーー鋼の矢アイアン・エンブレム

<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム


 アムとダーツはすでに無数の魔法の矢マジック・エンブレムを放っていた。


「くっ……」


 多くの者が対応できずに直撃していく中で、一人の魔法使いだけが冷静に詠唱チャントする。


<<絶氷よ 幾重にも重り 味方を護れ>>氷陣の護りレイド・タリスマン


 魔法壁の上位互換である氷の魔法陣。巨大な氷の分厚い壁でそれらを一気に遮断するが、それに合わせたように、アムが魔法を放つ。


<<地よ 愚者を呑み込む 泥土となれ>>ーー大地の誘いサンド・タリム


 巨大な氷の壁の地面が一瞬にして泥土化し、それを飲み込む。一瞬にしてその魔法使いの防御は無効化される。


「凄い」


 シリルは思わずつぶやいていた。アムもダーツも完全に相克、相生の関係を熟知している。


 その理を使いこなすには、多数の魔法の種類を放つことができる多様性と状況に応じて戦略を変えられる柔軟性が必要だ。このように短い戦闘の中で一瞬すらも惜しいようなこの状況で、ほぼゼロ思考でそれができる魔法使いはほとんどいない。


<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム


 ダーツが間髪入れずに、無防備になった魔法使いに氷刃を喰らわせてゲームオーバー。そして、すぐに死兵化を開始する。


 死体がどんどん増えていき、状況はどんどん有利になっていく。戦場において、死者使いネクロマンサーが効果的なのは昔から言われてきたことだが、ここまで優秀な者たちのそれを見せられると、感動すら覚える。


「悔しいけど……あいつの読み……当たってたわね」


 アムがシリルを睨みながら親指を噛む。そんな不機嫌な様子を遠くから見ながら、数歩後ずさる。


「まあ、俺は別に悔しくないけどな」


「なっ……そこは、話を合わせなさいよアホダーツ!」


「ア、アホだと! 戦闘しか能がないお前にだけは絶対に言われたくないわこの脳筋女!」


「脳筋女……あ、アンタ言うに事欠いて……この身長幼児!」


「だ、誰が幼児だこの色気皆無女!」


「死ね!」


「死なん!」


「死ね死ね!」


「死ぬかバカ!」


「バカって言う方がバカなのよバカ!」


「そうやって言う方がもっとバカななんだよ大バカ!」


「そうやっていう方がもっと大バカなんだよ超大バカ!」


 ワイワイ。


 ガヤガヤ。


 繰り出される下品な会話。浴びせられる不毛な言葉。先ほどの緻密かつ繊細な魔法戦を展開していたとは思えないほどの低位さに、シリルはヘーゼンの方を見る。


「止められるものなら、止めてる」


「……でも、戦場で不謹慎です」


 機械的にそう答えるヘーゼンに対し、思わずシリルは反論していた。


「不謹慎?」


「ええ。だって、まるで戦場で遊んでいるようじゃないですか。戦争は遊びゲームじゃない」


「……いろんな奴がいるよ。あいつらにとっては、遊びゲームなんだよ。お前にはわからんだろうが、三年も戦争に身を投じてれば、人ってのは変わっていくのさ」


「……だからこそ、あなたが是正しないと。隊長でしょう?」


「戦争に高貴さを持てと?」


「少なくとも品位と規律は重要です」


「……お前は、戦場分析官としては優秀だが、人って奴をわかってないな。アイツらは、自由にやらせないとダメな奴らなんだ。束縛したら普段の力の半分も出せないような奴らだよ。長年の付き合いでそれがよくわかってる」


「それは馴れ合いって言うんです」


「馴れ合いぐらいさせてやれ。戦争はアイツらから家族を奪ったんだ。俺はアイツらの『楽しさ』まで奪ってやるほど鬼じゃないよ」


「……最低ですね。見損ないましたよ。人を殺すのは『楽しさ』ですか?」


「そうだよ」


「……っ」


 迷いなく断言するヘーゼン。


「人が人を殺し続けて、普通でないやつが正常か? 違うだろ? 正常な人間こそ壊れる。むしろ、なにも変わらない奴の方が異常なんだよ。いいか、戦場に騎士道があるなんて妄言吐きながら人を殺していく奴ら……そいつらは根っからの異常者サイコパスだ。覚えておけ」


「……」


「少なくともアイツらにとっては『楽しむこと』は『救い』なんだよ。人は、何年も苦しい状況に身を置いてはいられない。そうしたらどうするか……選択肢は二つだ。一つは、ああやって状況を楽しむこと。もう一つは……」


「もう一つは?」


「……話は終わりだ。安心しろ、見るに耐えないことはさせない。一般人のような弱い者に暴力を振るうよな輩でもないさ」


 仮面の魔法使いの言葉は、いつも通り、なんの感情も読み取れなかった。

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