第15話 戦闘
サングリル公国の西方部に位置するデノスライトの森。そこを抜ければ、首都アルマナまでは一本道。だから、敵も味方も逐次戦力を投入し、日夜壮絶なゲリラ戦が行われている。デルシャ王国は圧倒的な戦力を背景に、昼夜休ませることない攻防は、サングリル公国側の兵たちを確実に疲弊させていた。
「で……なんで私がいきなりここにいるんですか?」
シリルは、隣で歩いている仮面の魔法使いに尋ねる。
「戦力の確認と日常の哨戒作業。時間も戦力も余ってないから両方やるんだよ」
淡々と答えるヘーゼンの横には、アムとダーツもいる。
「だいたい戦場分析官なんて役に立つの?」
アムが先ほどやり込められた苛立ち紛れに愚痴を言う。
「まあ、お前よりは役に立つわな」
事情も知らないダーツが横やりが入れた瞬間、
<<火の存在を 敵にーー「だああああああっ!」
アムがいきなり
「て、テメエ殺す気か!? いきなり何するんだお前は!」
「あんたが余計なこと言うからでしょ!」
「場を和ごますための可愛いなジョークだろ!?」
「全然可愛くないわよ! チビなだけでしょあんたなんか! チビチビチビ!」
「な、なんだとこの凶暴女! 凶暴暴力女! 凶暴暴力女!」
「チビ!」
「凶暴女!」
ワイワイ。
ガヤガヤ。
「あ、あの……ヘーゼンさん? 止めなくていいんですか」
「止められるものなら、止めてる」
「……」
二人の緊張感のなさも相当なものだが、目の前にいる仮面の魔法使いの豹変ぶりも凄まじい。いつもは、混じってガチャガチャしてるのに、今は感情を全て排除したような印象を受ける。
ガサッ。
微かに茂みの音が鳴ると、アムとダーツも一瞬にして戦闘の構えを取る。先ほどの様子とは打って変わって、鋭い目でその茂みを見つめる。
「おい、ヘーゼン……俺にやらせろ」
ダーツが嬉々とした表情を浮かべる。敵国の兵が狩れることを、心から喜んでいるその様子に、シリルは心の震えを必死に抑え込む。そして、ヘーゼンの答えも聞かぬ内に。
<<漆黒よ 果てなき闇よ 深淵の魂よ 集いて死の絶望を示せ>>ーー
闇の極大魔法を放つ。
「う、うわああああああああっ!?」
巨大な暗黒が、あたり一帯を覆って潜伏していた複数の兵隊を飲み込む。
「よっしゃあ!」
派手なガッツポーズを決めて、これ見よがしに自慢する。実際、シリルには驚愕の光景だった。これだけの若さで闇の極大魔法を放てる魔法使いはデルシャ王国にもいなかった。そして、アムも同様に同じ極大魔法を放っていた。
「ちっ……殺して操ればよかったのに」
出る幕のなかったアムが、
「ああ! 俺の魔法にケチつける気か!?」
「ええ、つけるわよ! バンバンとつけてやるわよクソチビ!」
「クソ……なんだとこのクソ女!」
「な、なんて下品な男なの!? か弱い女性に対してクソだなんて」
「お前がいつどこで何時何分か弱い女性だったんだ言ってみろ!?」
ワイワイ。
ガヤガヤ。
「へ、ヘーゼンさん。止めないんですか?」
「止められるものなら、止めてる」
「……」
完全放置というか、もはやあきらめの域に近いのかもしれない。性格に相当難はありそうだが、実力では相当なものを持つが故の妥協だろうと推測する。軍人の評価というのはプラスとマイナスをどの程度弾くかによって決まると言われている。デルシャ王国のような大規模な軍隊であれば、規律をプラス要素に多く持ってくるのが大勢だ。よって、こんな煩い二人は、ハッキリ言って門前払いである。しかし、ヘーゼンはと言えば、ほぼ実力のみでこの人選を決めていると言っても過言ではない。
逆に言えば、シリルもまた実力次第では簡単に排除される可能性が高いということだが。
「この二人のことは無視していい。早速、戦略を決めてくれ」
「はい」
そう返事をして、大きく深呼吸をする。そして、すぐに地面に大きな四角を書く。
「現在地が、ここです。北西に伏兵が3部隊、南に斥候隊が4部隊。確実に叩くなら、伏兵でしょう。斥候隊は、実力者が揃っている場合が多い」
「……なぜわかる?」
「簡単ですよ。私がデルシャ王国の戦場分析官だからです。学校では取り分け地形に対しての戦術を叩き込まれました。その中でも、定石があり戦力的に優位な場合は十中八九それが採用されます。この規模の地形の森であれば、対応パターンは約五十。その中でも、先ほどここにも斥候隊がいたとなれば、パターンは2パターン。ここから、先は戦場分析官の直感です」
「なるほど……では、まずは斥候隊を叩くか……アム、ダーツ。仕事だ」
「「はぁ……はぁ……どこ行けばいいの?」」
二人の質問は見事に一致した。
「……南だ」
「「なんで?」」
「死ね」
「「はぁ!?」」
「いいから、行け」
散々罵詈雑言を吐きながら、仲がいいのか悪いのか、二人はワイワイしながら現地へ向かう。
「あの……いいんですか?」
「アイツらは心配ないさ。斥候隊程度に手こずる程度の奴らじゃない」
「いえ、そうじゃなくて簡単に私を信頼していいんですか?」
こちらとしても、ヘーゼンの器を探らせてもらった。最終的に勘と言ったのも、どんな反応をするかを試したかったからだ。明確な根拠がない場合、自分の判断を尊重してくれるほどの度量があるかどうか。
「別に、理論なんてどうだっていい。重要なのは、結果だ。合っていればいいな……お前のために」
ヘーゼンは淡々とそう答え、思わずシリルは身震いする。一つの選択すら、『失敗すれば処分する』と言外で表現する。いや、亡国の危機に瀕している彼らにとって、元々戦場というものはそういうものなのかもしれない。実際にそれだけ、彼らは追い詰められているということだし、それをことごとく乗越えて今を生き延びているのだろう。
「まあ、後を追って結果を見よう」
アムとダーツを追って、仮面の魔法使いと戦場分析官は森の奥へと進んで行った。
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