第14話 納得
ヘーゼンとシリルが螺旋階段をあがると、そこにアムが苛々しながら待っていた。
「……で、そこのデルシャ王国の捕虜はなに?」
怪訝な表情と敵意のある眼差しで、アムが尋ねる。
「今日から仲間だ。名はシリル=レグラー」
「……はっ!?」
反射的に立ち上がり、すまし顔のヘーゼンの前でガンをくれる褐色美女。シリルは怯え顔でその様子を伺うが、その短気も喧嘩っぱやさも全くの平常運転なので、黒髪魔法使いは動じない。
「仲良くなる必要はないが、チームワークは不可欠だから最低限のコミュニケーションは取っておけ。以上」
あまりにも淡白なその言い方は、投げかけられた本人以上にハラハラする。あわや先日殺されかけた彼女に、どうか暴れ出さないようにと切に願う戦場分析官。
「じょおーだんじゃないわよ!」
ガンッ!
大きく壁を叩きつけて怒りを表現するアムに、それでもヘーゼンの表情は微動だにもしない。この男はどうやら、人間関係を円滑に進めようという気は皆無らしい。
遠慮も配慮も思慮も欠けたその紹介は、シリルにとっては生涯最悪のはた迷惑だった。
「冗談じゃないし、必要な人材だ。ダーツを呼んでくるついでに、言っておいてくれ」
「ふざけんな嫌に決まってるでしょう!」
そ、そんな感じで言っておかれたら絶対に印象最悪に決まっているだろうと、はわわわわ状態のシリルは、今にも卒倒しそうなほど顔面蒼白になっている。
「言っただろう? このままじゃ負ける」
淡々と放たれたその言葉に、アムの表情が如実に曇る。
「……っ、勝つわよ」
「どうやってだ?」
「それは……」
「はぁ……情けない。2、3個ぐらい考えておけよ。と言うか、こちとら何万回シミレーションしたと思ってるんだ。それでも、勝つ糸口が見つかってないのに、作戦自体が人任せなお前がよく意見できるな」
ヘーゼンは恐ろしいほど威圧的に、高圧的に、抑圧的にプレッシャーをかけ始める。
「ぐっ……」
「いいか? お前にできることは、戦場での柔軟な対応力とそのデタラメな戦闘能力だけだ。ここにいるのも、別にお前の意見を聞くためじゃなくて、お前がヘマしないだけの作戦を頭に叩き込むため。ただ、それだけだ」
ツカツカ。
ツカツカ。
うしろずさるアムに呼応し、前進することでドンドン追い詰めていく容赦なし魔法使い。
「……う゛っ」
思わずポロリと涙が出し、悔しさで嗚咽を漏らす褐色美女に対してもヘーゼンの追求は止まるそぶりも見せない。いや、むしろ『泣いたがなんだ』とでも言いたげな表情で冷徹に、容赦なくその頭をグリグリし始める。
「悔しかったら、この戦いに勝つための有効な作戦の一つでも持ってこい。それでなかったら、せめてそれを考える僕の時間を1秒でも無駄にしないで、僕の言うことを忠実に実行しろ」
恐ろしいまでの上から目線。これでもかと言うぐらいの命令口調。
「……う゛う゛っ。わかったわよ! このクソ性格最悪男!」
吐き捨てるようなセリフを吐いて、アムは逃げるように走り去って行った。
「まったく。性格が悪いのはアイツの方だろうに」
「……っ」
全然、少しも、これっぽっちも、自覚がない黒髪の魔法使いに、シリルは信じられないような表情を浮かべた。
「どうした?」
「もうちょっと、優しい物言いというか……柔らかい物腰というか、考えてもよかったのでは。あの方は女性ですし、いや隊のメンバーで合う合わないはあろうかと思いますけど」
あそこまで追い詰めなくてもと言うのは、紳士戦場分析官の感想である。デルシャ王国で受けた高度な教育には基本的に騎士道項目は当然のごとく盛り込まれていた。いくら性格が合わないとは言え、仲間は大切に扱うべきだし、そもそも女性は優しく扱うべきだと思う。
「いや、アムとは合ってるよ」
!?
「……合ってるというのは?」
「性格的にも馬が合うし。そもそも、親友だから」
しん……ゆう……にあの態度!?
「では、あれがあなたの日常のコミュニケーションだと?」
「うん」
「……っ」
キッパリと言いきる黒髪の魔法使いに、戦場分析官は恐ろしいほどの恐怖を覚える。
「そもそもあいつはアレぐらい言わないと聞かないんだよ。別に日常生活だったら譲ってもいいけど、仕事だから。生き死にやってるんだから、実力で従わせるしかない。シリル、お前も奴らを従わせようと思ったら同じ方法しかないさ。それは、肝に命じておくように」
「……」
確かに、スイッチの入り方が尋常じゃないのは感じた。先日見た顔はもっと柔らかい顔立ちだったが、今はクスリと笑いもしない。
まるで、仮面を被っているかのようだ。
「じゃあ、行こうか?」
そう言って、すぐに立ち上がる。
「えっ……行くって……」
「戦場」
「……えっ?」
シリルは、もう一度、尋ねた。
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