第12話 性格


 足早に城へと向かうと、アムが前を歩いていた。


「……」


 背中から、なにかしら近づかない方がいいオーラが出ていて、隣に並ぶのがすごく躊躇われる。しかし、隊内のコミュニケーションは当然不可欠なので、仕方なく隣に並ぶ。


「なによ?」


「……別に」


 その不機嫌な、無愛想な、無骨な応答に。


 こいつは絶対に彼氏ができないと、再確認した。


「あのアイシャって子、さぞや落ち込んでるんでしょうね。いい気味だわ」


「……そんなタマじゃない」


 まず、間違いなく翌日には忘れているだろうと言うのは、天然シスターに迷惑をかけられ続けている魔法使いの確信である。


「腹が立つのよ! ああいう、なんにも考えないで生きていける子って。今にも国が滅亡しようとしてるのに、のほほんのほほん生きてて」


「……」


 アムやダーツにとっては、すでにそれは奪われたもので、二度と手に入らないものだ。同情はしない。すること自体意味がないし、なによりもそれは二人への侮辱だ。遠慮もしない。生きていく上で、傷つけ合わないで生活しているほどの生ぬるい関係でもない。


 だから、アムの率直な物言いも受け入れることができる。


 ただ……『のほほんのほほん』という表現が、妙に面白いなと、ヘーゼンは思った。


「あんたもああいうのが好みなんて……本当に終わってるわね! ほんっと女を見る目ない。ほんっと!」


「……ヤキモチか?」


「殺すわよ!」


「……」


 この女は冗談が効かない。これ以上、なにか突っかかろうものなら躊躇なく至近距離で極大炎熱魔法を放ってくるキチガイ女である。


「それにいい加減、学生の振りってのも面倒くさいんだけど! いつまでこんな茶番をやらせる気?」


「……じゃあ、呼びに来なければいいのに」


 別に『来い』と言ってる訳じゃないと言うのが、底意地悪魔法使いの言い分である。あくまで、自分のプライベートを利用してここに来ているに過ぎない。言わば、非番である。お前らで対処できないから、仕方なく呼ばれに応じるわけであって、それに条件をつけることは自分にとってはなんら責められるべきではない。


 我ながら、完璧な自己防衛であると自画自賛する理屈大好き青年。


「軍からの召集だからに決まってるでしょう! そうじゃなきゃ、あんな胸糞悪い女のところになんか絶対に近づかないわよ!」


「……カルシウム足りてる? 牛乳やろうか?」


「っ……」


<<果てなき業火よ 幾千と 敵を滅せ>>ーー漆黒の大炎パラ・バルバス


「どああああああああああっ!」


<<絶氷よ 幾重にも重り 味方を護れ>>氷陣の護りレイド・タリスマン


 至近距離で放たれた巨大な炎を。


 氷属性の上位魔法壁をもって一瞬でかき消すヘーゼン。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 死んでた。


 あと、0,3秒反応が遅かったら。


 絶対に死んでた。


「フンだっ!」


 おいおい。


 かわい子ぶってなんとかなる次元じゃねーぞ。


「なにすんだこのクソ女!」


「なんで死なないのよこのクソ男!」


「……っ」


 この女、本気で、殺そうとしてた。


 あらためて、アムを頭がおかしい女だと再認識するヘーゼン。


 ダーツもなんだってこんな女に惚れているのか、まったく意味がわからない。


 気づいたのは、三年前。その頃はまだ戦争が始まっていなかった。深夜の学校に忍び込んで、クラスメートに向けて教室に罠を仕掛けている時。『俺……実は、アムのこと、可愛いなって思ってて』と衝撃的な告白。思わずヘーゼンから出てきた言葉は『正気か?』だった。


 外面がわはいいが、内面は最悪。そう言ってダーツを諭そうとすると、『アイツの悪口を言っていいのは俺だけだ』とか言い出したので、もうドン引きであった。それから、この二人の関係をあくまで研究対象として観察しているが、一向に進展もない。


 アムの方も、顔面は可愛いので、それに騙された男から告白を受けるという光景を二、三回目にしたことがある(と言うより、覗いていたのだが)。そして、そのたびにアムは酷い罵倒と侮蔑の言葉を浴びせていた。どうやら、一生この女は彼氏を作らぬつもりらしいという確信を持っていたが、実際、それでもへこたれることのないダーツをどう思っているのだろうか。


「なあ……」


「話しかけないでよ!」


「……」


 やはり、性格わるし。


「……」


「……」


「なによ!?」


「は、話しかけないでって言っただろ!」


「気になるでしょ! 早く言いなさいよ!」


「……」


 やはり、性格は相当にわるし。


「お前さ、ダーツのことどう思う?」


「チビ!」


 褐色美女は、一瞬にして、予断なく、間髪入れずに反応した。


「……それだけ?」


「それ以外になにがあるってのよ!?」


「いや……」


 おそらく、ほぼ間違いなく報われないであろうダーツの恋に、ヘーゼンは深く同情した。







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