第11話 反省
ヘーゼンとアイシャ。二人して教会へ到着すると、いつも通りアムが不機嫌そうに立っていた。服装は、アリスタート魔法院の法衣。身分としては、学生ということになっているので、必ず変装をして来るよう指示している。
「遅いんだけどっ!」
アムの刺々しい言葉が響く。
「す、すいません!」
「アイシャ……なぜ君が謝る?」
「ヘーゼンさんの性格が悪くてすいません!」
「せめて遅刻についてのことで謝ってくれ!」
と天然人格
「……早くしてよ」
褐色美女が大きくため息をつく。どうやら、彼女もまたこのシスターは苦手らしい。
「でも、ヘーゼンさんも幸せですよね。こんな素敵なご学友がいらっしゃるのだもの」
「ご学友ねぇ」
ほのぼのとしたアイシャの言葉と対称に、冷めたようなアムの視線が妙に痛い。誰しも譲れないものがある。それは、ヘーゼンにとってはここで過ごす『日常』だ。
ヘーゼンは、アムやダーツのような復讐者とは違うと自己分析する。彼らとは根本的に戦う理由が違う。だからこそ、平穏を感じることで、守るべきものを再確認するという作業がいる。守りたいと思うことこそが、ヘーゼンにとっての戦う根源なのだから。
だからと言って、アムやダーツをそれに付き合わせているという想いもある。だからこそ、今この状況は自分の軟弱な一面を晒し続けているようで、妙に居心地が悪い。
「お互い様だよ。こいつには、僕が勉強を教えてるんだから。な?」
「……」
な、なんか言えよテメー。
「そんな、ヘーゼンさん。勉強なんかで、あなたのような意地悪な人に付き合って下さるんですから、アムさんは凄くいいご学友だと思いますよ」
「……」
「あなたは自分の性格の悪さを過小評価し過ぎてます。本当に、絶対的に、神に誓って底意地が最悪なんですから。そんな、あなたのご学友になれると言うのは、悪魔と付き合うことと同義なんですよ」
「……」
な、なんか恨みでもあるのかこのシスターは。
「はぁ……アホらし。アイシャって言ったっけ?」
癖っ毛の茶髪をいじりながらアムが尋ねる。
「は、はい!」
「じゃあ、あんたはさ……どれだけヘーゼンのことを知ってるって言うのよ?」
「……」
「お、おいアム!」
「ちっ……先行ってるわ。これ以上、茶番に付き合ってると吐きそうだから」
そう言い捨てて褐色美女は去っていく。
「……」
「……アムの言うことは気にしないでいい」
「き、気にしてません! 全然、全然、気にしてません!」
「……」
気にしている。空元気が痛々しくて見てられない。
「……私って、よくこんなことになるんです。脳天気だって。だから、そうやって知らないうちに人を傷つけてるんだって」
そうつぶやくアイシャの顔は、夕暮れのような哀しい笑顔だった。
「……」
そんな顔をするな。
君は、そんな顔を……しないでくれ。
「……」
「アイシャ、君は雨は好きかい?」
「雨……あんまり好きではないですけど。いや、むしろ嫌いですね。洗濯物乾かないから」
「げ、現実的だな。まあ、僕もそんなに好きではない。まあ、どちらかと言うとだけど。農家の人は違うかもしれないけど、雨より晴れの方が好きな人が多いんじゃないかな」
「まあ……そうですよね」
「だから、別にいいじゃないか。能天気だって、一応晴れだ」
「……ヘーゼンさん」
「基本的には人は晴れの方が好きなんだ。雨だって、ないと駄目だけどどうせなら晴れが多い方がいい」
「もしかして……励ましてくれてます?」
「……僕は、客観的な見識を述べただけだ」
「……」
「な、なんだよ」
「……うん」
青年の背中に、彼女はコツンと亜麻色の髪を乗せる。
「お、おいなにを……」
「ありがとう……ございます」
「……」
「……」
「たっ、ただアレだな。君は天気すぎて、もはや砂漠化がひどいから、やっぱりちょっとぐらい、いやかなり雨を降らせた方がいいかもしれないな」
「!?」
「そ、そう考えると、アムの言うことも一理……いや、百理あるな。前言は撤回しよう。彼女の言うことを、もっと考えて凄く落ち込んでみたらどうだい?」
「なっ……なっ……なっ……」
「君が落ち込むなんて、一年中雨の降らない砂漠に雪が降るくらいに稀な出来事なんだ。いや、むしろこんな奇跡は二度と起こらないかもしれない。これを逃しちゃ駄目だ。この機会に、目一杯落ち込んで、目一杯反省して、今まで生きてきた人生ごと省みて、今まで迷惑をかけ続けた人に……主に僕に謝罪をしたらどうだい?」
「ヘーゼンさんーーーーーーーーーー!!!!」
「おっと……やっぱり、蜃気楼だったね。砂漠のような君の能天気には恵みの雨なんて降るわけなどなかったね。危うく騙されるところだった」
「意地悪意地悪意地悪ー!!」
「ああ、そろそろ本当に時間になってしまった。どうせなら、もっと君の偽物の反省の弁を聞いて起きたかったが、数分も持たなかったね。これ以上待っても、君に雨は降らないようだから、もう僕は行くよ」
散弾銃のような『意地悪』を背中に受けながら、ヘーゼンは意気揚々と教会を出発した。
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