第10話 反芻


 いつものように草原の上を心地よく寝転び、いつものように本を開く。しかし、ページをめくりながら、文字を追いながらも一方では別のことを思考する。戦地に赴く前、時間が空いたときは必ずここに訪れる。


「……」


 ヘーゼンは太陽に手をかざす。


 この国は大事だ。ここには、友もいる。尊敬できる者も、護りたいと思える者も……ともにいたいと思える者も。自分にはそれを守れる力が与えられている。


 しかし。


「くだらない」


 どこかでそう思う自分もいる。


 なぜ、この国に固執する。それは、自分たち命を散らしてまで守るほどの者なのか。逃げてしまえばいいではないか。身分制度に縛られて、無能な者がのうのうと跋扈する。戦争だ戦争だと騒ぐ者たちは、煽るだけで護る力もない。そんな者たちの命すら、なぜ護らなければいけない。なぜ、友は、尊敬できる者は護ろうとする。


 護りたいと思える者が、ひどく愚かに見える。


「小さい」


 どこかでそう思う自分もいる。


 この国は自分には狭すぎる。傍若無人に振る舞おうと思えば、いくらでも振る舞える。王族のごとく……神のごとく振る舞おうと思えば。そんな、あまりにも簡単だ。あり余る自分の力を制御できない。それは、苛立ちにも似ていた。それをひとたび吐き出せば、誰も止めることができないほど。


「いい天気ですねー」


 !?


「アイシャ……いつのまに」


「忍び足で近づきました」


「なぜ!?」


「なんか……考えごとをしてるみたいでしたから。邪魔したら悪いと思って」


「普通、そういう場合は忍び足では近づいては来ないんだけどね!」


「嘘です。またシュークリーム持ってないかなと思って」


「本当の理由がストレート過ぎる!」


「あっ、間違えました。沈んだ顔をしてたから、心配になって」


「嘘つけ!」


「本当です! だから、シュークリームください!」


「だから、絶対に嘘なんだよ!」


 そんな風にツッコミながらも、ブツブツ文句を言いながらも、いつも通り準備していたシュークリームの箱を手渡す。アムにもダーツにも誰にもこの場所のことは伝えていない。だから、ヘーゼンを呼びに来るのは、いつもアイシャだ。


「わぁ! ありがとうございます! 教会で貰うと、神父に怒られますからここで貰えてよかったです!」


「君は神父に怒られないようにしようという考えはないのか!」


「ついでと言ってはなんですが、お悩み聞きますよ」


「すでに、僕の悩みは君の中で『ついで』状態になってるのか!?」


「シュークリームのお悩みですか?」


「そんな質問しか投げかけない君には絶対質問したくないお悩みだよ!」


「……クリームパン」


「少なくとも食べ物の悩みではないと言っておく!」


「た、食べ物じゃ……ない?」


 思わず数歩後ずさるアイシャ。


「それ以外に思いつかなそうなリアクション!?」


「じゃあ、なんですか? シュークリームのお礼に、聞きましょう」


「大抵のシスターは食べ物あげなくても聞いてくれるもんだけどね!?」


 そんな反論をまったく聞くこともなく、チョコンと隣に座るアイシャ。


「はぁ……そうだな……じゃあ、君の大好きな食べ物に例えるとする。まず、ここにまず、シュークリームがあるとする」


「食べたいです!」


「仮定だよ!」


「それでも食べたいです!」


「じゃあ仮定で食べなさい! はぁ……でも、それを我慢すればガーナッシュチョコがもらえるんだ」


「あ……あの……ガーナッシュチョコですか?」


 ワ、ワナワナしてる、とヘーゼンは思った。


「うん……でもさ、シュークリームは必ず食べられるけど、ガーナッシュチョコは必ずもらえるとは限らない。そして……ガーナッシュチョコを選んだ瞬間、シュークリームは食べられなくなるんだ」


「……くっ。な、なんてことなの」


 心底悔しそうにアイシャは拳を握る。


「……」


「……」


              ・・・


「す、少し考えさせてくださる?」


「もうだいぶ待ったけどね!」


 すでに、五分は考えている食いしん坊美少女。


「せめて……あと、3日」


「この例え話にそれほどのポテンシャルはないよ!?」


「そ、それにしても……流石は意地悪ヘーゼンさんですね。絶妙なラインで究極の選択を迫ってくるとは」


「いつのまにか意地悪のレッテルを張られている!?」


「とにかく……時間をください」


「はぁ……わかったよ」


 というかもういいよと、ヘーゼンは心の中でつぶやいた。


 そもそも、彼女とは性格がまったく違う。そんな人に相談して答えてもらったところで、参考にならないことは自分にだってわかっている。


「それよりも……今日はいい天気ですね」


 やはり、なんの脈絡もなく。


 アイシャは話題を切り替える。というか、彼女に至ってはそんなことばかりだ。本当に自分の思ったままを言葉にするので、話が行ったり来たり。そして、たまに……いや、かなり戻ってこなかったり。それは、普段のヘーゼンにとっては理解しがたい思考だった。


「……うん」


 そんな彼女に振り回されつつも、どこかそれを楽しいと感じてしまう。そんな風になにも考えずにできる会話が愛おしい。


「どうしたんですか?」


「い、いやなんでもない」


 思わずジッと見つめてしまった。


「はっ……もしかして気づきました?」


「えっ……っと」


 その発言にドキッとして、慌てて変化点を探す。見たところ、いつもどおり。いつもどおりに……可愛い。


「エヘヘ……実は少し髪を切ったんです」


 !?


「き、気づくわけないだろう!?」


「鈍感!」


「一つ質問だけど、その被ってるものはなんだい?」


「ベールです!」


「だからだよ!」


「知らなかったんですか!?」


「それ被ってたから見えなかったと言いたいんだよ!」


「じゃあ、そう言えばいいじゃないですか!?」


「くっ……僕がさっき君に言われた言葉をそのまま返そう……この鈍感!」


「あなたって人は……どうしても負けを認めたくないんですね。仕方ありません、この勝負は引き分けということで私が大人になりましょう」


「……君=大人という図式がまったくもって成り立っていないのと、そもそも勝負ではないので引き分けという言葉も適当じゃないが、もうなんだかよくわからないから、結果どっちでもいい」


「じゃあ、行きましょっか!」


「切り替え早っ!?」


 そんな驚きの声をもとろもせずに、アイシャはヘーゼンの背中に回って背中を押す。彼女がここにきたということは、アムかダーツが迎えに来たということだ。


 そして、次の戦が始まるということだ。

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