第7話 立場

  


 午後までの訓練を終えた後、一人だけ満身創痍のダーツを、アムとヘーゼンで嘲笑いながら宿舎に入ると、すでに第5部隊が整列を完了していた。


「遅いぞなにをやっている!? すぐに整列だ!」


 ゲルドが叫び、挨拶がわりに張り手で制裁。当の本人の策略によって、当然の如く、連絡もないのだから遅いもなにもないのだが。わけもわからぬまま、すでに整列している魔法使いたちの後ろに並ぶ。


「いいか。本日は総隊長が訪れる。来るまで、そこで整列しておけ。いいか、絶対に動くんじゃないぞ! 微動だにするな……息もするな」


「「「……」」」


 そ、そんな無茶な、と全員が思う。


 それから、特になにをするでもなく、右往左往、右往左往し続けるゲルドに。


「「「……」」」


 いや、お前が動くんじゃねーよ、と全員が思う。


 そんな中、一人の軍人が宿舎に入ってきた。精悍な顔つきのいかにも戦士然とした男である。名はデリクール=シンドルと言い、第1隊から第8隊を仕切る総隊長。実質、軍のトップである。第8隊隊長のガナンを超えた立場の人間が突如訪れるとなれば、部隊長の身分としては仕方のないことかもしれない。


「……っ。全員集合ぉ!」


 ゲルドはすぐさま事前に集まっていた部隊を、わざわざ自分の近くに呼び出し、再度一斉に整列させる。ゲルドが自分の統率力をことさらにアピールした後、デリクールは、軽く敬礼をする。


「訓練ご苦労。諸君の国家への忠誠に感謝する」


「「「はっ」」」


 全員が、敬意を交えて返事をする。デリクールは昨年最年少の40歳で総隊長に昇進した、いわゆる出世頭。若い軍人にとっては羨望の的である。


「ところでゲルド君。これまでの君の尽力にも感謝する。このところの第8隊の躍進はこの第5部隊の力も大きい」


「い、いえ! 私の忠義心が、敵の悪辣な野望を打ち砕くに至ったに過ぎません」


 得意の精神論を展開し、自身の功績をしきりに誇ろうとする。


「本当にご苦労だった」


「ありがとうございます!」


 震えるような感激の声をあげるゲルドに、優しく肩を二回叩くデリクール総隊長。


「ところで、ヘーゼンはいるか?」


「……はい」


「っ……このぉ! 声を張らんかぁ!」


 パーン!


 いつものように景気のいい張り手音が質中に響く。


「ま、まあまあ。こいつ……ヘーゼンとは知らん仲でもないし」


 デリクールが止めにかかろうとすると、


「いえ! 恐れながら総隊長は優しすぎます。こいつは一般兵でありながら、礼儀というものを知らんのです。ガナン隊長から部隊長格の権限を与えられているからと調子に乗っているんです!」


 ゲルドはそう言いながら、更に数発張り手を喰らわせる。


「……一度、落ちつこう。これからは君より上の立場になるんだから」


「落ちついてなどいられません! ええ、落ち着いてなどいられませんとも。こんな奴が……えっ?」


「……」


「「「……」」」


「……はっ?」


             ・・・


 一瞬にして沈黙がその場を支配した。


「ヘーゼン=ハイム、昇進だ。お前は正式に総隊長直下の特務隊へと格上げされる。待遇としては隊長格、三階級特進だ。おめでとう」


「はぁ……ありがとうございます」


 興味なさげに相槌をうつ。


「デリクール総隊長。今、なんと?」


 ゲルドが思わず聞き返す。もちろん、耳には入っていた。言葉も間違いなく聞こえていた。しかし、圧倒的に理解が及ばなかった。


「まあ、正式には推薦したガナン隊長から内示を受けると思うが、ここについ寄ったので一言お祝いをしたくてな。まあ、受け入れ難い者もいるとは思うが理解してくれ」


「そ、そんな! なぜですか!?」


 納得がいかない。いや、いくはずもない。ヘーゼンはゲルドより10歳も下だ。そして、決してゲルドは出世が遅いタイプではない。むしろ、順風満帆にやって同期では三番目に早く部隊長に就任したと、事あるごとに自慢していた。


 それが、隊に所属して2年ほどの新人紛いに抜かれるなんて。


「このままではデルシャ王国に勝てない。積極的に有望な若手を登用して、軍自体の強化を推進していかなければいけない」


「そ、そんな。私たちの奮迅では役不足だと?」


「そうだ」


「……っ」


 ハッキリ言われた。自分より10以上も歳下の部下より能力が下だとキッパリと言われた。


「国家のためだ」


 ポンと肩に手を置くデルクールに、異様にその手を払いのけたいゲルド。


「……」


「まあ、そう言うことだから。これからはガナン隊長の下ではなく、俺の指示で動いてくれ。わかったか?」


「わかりました」


 当然かのように了承する黒髪の魔法使いに満足して、デリクールは満足気に頷いて去って行った。


「……ふざけるな。行っておくが、私は認めないぞ」


 ゲルドは威嚇するように、ヘーゼンの胸ぐらを掴む。


「おい、敬語使えよ」


「……っ」


 いきなりの超絶上から目線。ヘーゼンは、まるで生ゴミを見るかのような無機質な視線を送る。


「とりあえず、敬語を使え」


「なっ……ふざけるな!」


「ふざけてねぇよ。そして、部隊長風情が身のほどをわきまえろ」


「……っ」


「いいか? お前は僕より階級が下で、僕はお前の上官だ。今まで僕がやってきたように、お前は僕に敬語を使う義務がある。もう一度言うぞ、敬語を使え」


 ドスッ。


 ヘーゼンは思いきりみぞおちに膝蹴りを喰らわせ、不意をつかれたゲルドは、グウウッと地面にうずくまる。


「……ふ、ふざけるな貴様ぁ」


「はぁ……ゲルド。理解しろよ? お前がそうやって身分をわきまえないと統率に支障をきたすんだよ。そう言うところだぞ、お前が無能なところは?」


 グリグリ。


 乱暴に頭を撫でながら、飼った犬のごとく身のほどをわきまえさせようとするドS魔法使い。しかし、屈辱の元上官はその手を思いきり払いのける。


「認めるかぁ! 貴様なんぞ、絶対に認めんぞ!」


「はぁ……一度しか忠告しないからよく聞けよ? お前は、この隊の全員から嫌われてるんだから、上官という肩書きがなくなったら、誰もついてこないクズ野郎なんだから。お前は無能なだけじゃないんだから。もともと、お前なんて、偉そうにしてるのが統率だと本気で思ってる勘違い野郎なんだから。これからは、その精神を改めて謙虚に生きていけよ」


 ニッコリ。


 すごく酷いことを、すごく爽やかな表情で答えるヘーゼンに。


「「「……」」」











 第5隊のメンバーは全員ドン引きした。

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