第6話 訓練(午後)


 午後からは実戦訓練になる。北東部に位置するガラスレイトの森でのゲリラ戦。第4部隊との合同訓練になるが、ゲルドから言わせると『お前ら特殊班は特別扱いだから』と最も苛酷な最前線(囮)である。


「……だぁ、あのクソ部隊長! このクソな布陣はなんだよ」


 氷の矢アイス・エンブレムを放ちながら、狙撃を避けるためダーツは木に隠れる。


「いつものことだろう?」


 思わずヘーゼンは笑いを噛み殺す。聞くところによると、最後方に布陣するゲルド部隊長殿は、先の傷がよっぽど痛んでいるらしい。すでに四方を囲まれ、そんなに落ちついてもいられない状況にもかかわらず、黒髪の魔法使いに焦りの色は皆無である。


「ははははは……だなっ……って、あの性悪アムまで抜かれて、笑える状況じゃないん……だよ」


 氷の矢アイス・エンブレムを小まめに放ちながら、敵方を牽制するダーツ。最前線という条件は敵も同じだが、チーム編成が相変わらずの嫌がらせ布陣である。同じ特殊班のアムを、アレやコレやと理由づけをして後方に回し、二人を重点的に潰そうという自称有能な部隊長の考えである。


「恋しいのか?」


「殺すぞ!」


 と横からも魔法を放たれそうになるので、ヘーゼンはその口をつぐんだ。


 その時。


 <<火の存在を 敵に 示せ>>ーー炎の矢ファイア・エンブレム


 数発の炎がダーツに襲いかかってくる。


「だ、誰だ火属性なんて放つバカは!?」


<<絶氷よ 勇猛なる聖女を 護れ>>ーー氷の護りアイス・タリスマン


 慌てて水属性の魔法壁で防ぎながら、信じられない表情を浮かべる。火、水、土、木、金。自然界に存在する5つの属性を使用する魔法を、一般的に属性魔法と呼ぶ。


「新人かもしれんな。どこにでもいるんだよなぁ」


 森で火属性を使えばどうなるかも想像できないらしい。


 魔法を使える者は限られているが、魔法を使えても無能は無能だ。いや、こういう奴らこそが本物の無能なのだと、ヘーゼンの経験則は判断する。魔法が使えるというだけで特権意識を持ち、魔法が使えぬ者(不能者)を見下してくるどうしようもない輩だ。


「ヘーゼン、お前……さっきから、なんもやってないように見えるんだが、気のせいか?」


「気のせいだろう」


「……その右手の本はなんだ?」


「あっ、説明してもお前にはわからない難解なやつだから気にしなくていい」


「ふざけんな! 真面目にやれ!」


「こんな程度の敵、お前だけで十分なんだからお前だけでやれよ」


「ク、クソ野郎」


 身近にもいた。と言うか、隣にクソ部隊長よりクソな男が。魔法訓練時において、ヘーゼンは本気を出さない。『僕がやったらお前の訓練にならないだろう』という圧倒的な上から目線。自分が誰よりも圧倒的に強いと思っているミスター自尊心。そして、それを可能にするだけの実力もあるのだから、なおさらタチが悪い。


「……」


「おい、ヘーゼン! お前、聞いてるのか!?」


「……」


「くっ……」


 ヘーゼンが読書に集中し始めた。もはや会話に応じる気すらないらしい。しかしヘーゼン=ハイムが化け物だというのは紛れもない事実だ。この男にかかれば、こんな戦場など10分で制圧できるのだろう。だからこそ今まで、アムと二人で訓練をねじ伏せてきたのに、今回は完全に一人。


 ダーツもまた非凡な魔法使いであることは疑いない。彼もまた単独でこの戦場を制圧することは可能だが、これはあくまで味方との訓練。『なるべく死傷者を出さない』という前提に立てば、初級魔法以外のものを使うと言う選択肢はない。魔法使いにとっては両手を縛られた戦闘だと言ってもよい。


 なんだか、妙に泣きたい気持ちになってくる頭ボサボサ魔法使いである。


「……ったく。最悪だ」


 そうつぶやきながら、ダーツは身を潜めていた木から飛び出す。


<<金の存在を 敵に 示せ>>ーー鋼の矢アイアン・エンブレム

<<火の存在を 敵に 示せ>>ーー炎の矢ファイア・エンブレム


 狙い撃ちされて繰り出される魔法に対し。


<<木の存在を 敵に 示せ>>ーー風の矢ウインド・エンブレム

<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム


 同時に相克属性の魔法で撃ち抜く。ダーツの放ったそれはことごとく二人の敵の元へと直撃する。瞬時に判断して、返すということが至難であると認識している敵にとって、無防備に魔法を食らう理由には十分なり得た。


 属性魔法の相克関係を五芒星ペンタクルであらわすことが多い。相克は、木(風)⇒土⇒水⇒火⇒金。同威力魔法であれば、基本的に優位にある属性が勝る。


 異なる手で二つの属性のシールを施すそれも並の魔法使いにはできぬ芸当だ。


「まだ遅いな」


「はぁ……はぁ……っるっせえ!」


シールの精度も荒い」


「殺すぞ!」


 本を読みながら批評するヘーゼンに、本気で殺意を込めるダーツ。


 通常、魔法を外部に放つには、詠唱チャントシール、最低限2つの手順が必要である。魔法の理を言語化する作業を詠唱チャント象徴シンボルを描くことによって、魔法の理を外部に放つ作業をシールという。


 シールの形は定型で決められたものが多く、同じ形になるが、その象徴の描き方によって威力は大きく異なる。より、緻密に、精密に印を描くことにより魔法の効果をより相乗して放つことができる。


<<水の存在を 敵に 示せ>>ーー氷の矢アイス・エンブレム


「これだよ」


 本を離さずに放った氷の刃は、背後に隠れていた敵魔法使いに直撃する。


「ぐっ……」


 そのあまりにも精密なシールはダーツを即座に黙らせる。実際には僅かな差でしかない。ほとんどの魔法使いがヘーゼンとダーツのシールを見分けることは困難だろう。しかし、極大魔法を放つときには、遥かに大きな威力の違いにつながる。


 ヘーゼンとダーツは同じ魔法学校に通い、同時期に軍人となった。環境はほぼ同じ。唯一才能だけがかけ離れていた。本物の天才が常に隣にいると、人は嫉妬すらしないことに気づく。おかげで、自分も他の魔法使いよりも遥かに成長することができた。そういう意味では、ダーツは隣で読書に勤しんでいるこの天才に、誰よりも感謝しているとも言えた。


「お前は才能があんまりないんだから。その目に焼き付けてよく練習しろよ」


「……」


 しかし、性格が悪すぎる。


 と言うか、誰かこの男を殺してくれ。


「うおおおおおおおおおおおおおっ!」


 それから、ウサを晴らすように才能無し呼ばわれ魔法使いは、半ばヤケクソ気味で特攻をかけた。

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