第4話 生け簀の鯉⑵



 チョコ味のカロリーメイトをかじり、お茶を一口飲んで、喉の奥へと流し込む。同じく購買で買ったイヤホンを差し込んでから、テレビの電源を点ける。この部に入って三日目だが、消化したゲームはまだない。1日目はゲーム機の使い方がわからず、ネット上で見つけた説明書を読みながらなんとか操作方法を覚えた。見た時にはすでにゲーム機の箱は開封されていた様子があったので、おそらく他の部員が開けて、その時に説明書を捨てたか、失くしたかしたのだろう。しかし、こんな初心者が本当にホラーゲームなんてやっていいのだろうか。まあ、やるしかないのだが……。


 それにしてもこんな高そうなゲームをタダでやっていいなんて、押し付けられた役目とはいえ、役得というか、なんだかバチがあたりそうだ。オカルトだけに。

 そんなことを思いつつ、記念すべき(?)一つ目のパッケージを開ける。



 [CHOICES :connected to the hell]



 ソフトを読み込ませてみると、ゲーム画面に、いかにも曰くありげな古い屋敷と、かっこいいフォントで書かれたタイトルロゴが浮かび上がるように表示された。神秘的なようでどこか薄ら暗いBGMも流れてくる。と、いうか、このゲームタイトル……直訳すると「地獄へつながる選択」。つまり、始まる前からもう俺と主人公が地獄へ行くことは決定しているらしい。どうあがいても死ぬっていう状況なのに、なんだって主人公はこんな館にわざわざ入っていこうとするのだろうか。地獄が待ってるなんて確証があるのなら、入るまでもなく、上から爆薬でも落として土地ごと焼き払えばいいのに……。

 とにかく俺は[new game]を選択し、本編をスタートすることにした。画面が一旦暗くなった後、車の運転席を映した映像のようなものに切り替わる。洋画の冒頭のようで結構リアルだ。ムービーというやつなのだろう。


『なあ……本当にあそこに行くつもりか?』


 音声は英語だったが、幸い日本語字幕がついていた。運転手の男がハンズフリー端末で会話をしているところを見ると、舞台はどうやら現代で、そして運転席が左ハンドルのため、場所は欧米のどこか……おそらくアメリカか。

『ああ。もちろんだ。あの幽霊屋敷のある丘は、見晴らしもいいし、周りに店や人家もなくて静かだから、本来ならもっと地価が高くなってたはずだ。あの屋敷を取り壊して、新たに別荘を建てて売りたいって業者はごまんといるんだぜ』

『つまり何が言いたいんだ、エド?』

『この仕事はいい金になるってことさ』

 エドと呼ばれた運転手の男は、ニヒルな笑みを浮かべてそう言うと、フロントミラーを見て気取った様子で髪型を整えた。前髪を直し、耳元のピアスに軽く触れる。ルビーのような赤い綺麗な石がそこにはゆらゆらと揺れている。

『遊びじゃないんだぞ! お前のゴーストバスターとしての腕は知ってる。これまでにも一人で数々の除霊をこなしてきたってこともな。でも、今回のはいつもの比じゃない。一人で行くのは危険すぎるぞ』

『ああ知ってるよ。【地獄の化け物】だろう? 夜な夜な付近の村に降りては、獲物を物色し、そして時々人間をさらっていくという異形の怪物。けど、俺にはそれでちょうどいいくらいだ。むしろ今までの奴らが雑魚すぎたから、ようやくいい相手に巡り会えて感激すらしてるね。お前こそそんなこと言ってるが、本当は俺一人に稼ぎを独占されたくないだけなんじゃないのか、マーク?』

 スピーカー越しに、通話相手の大げさなため息が聞こえた。

『減らず口の自信家なのは相変わらず、か。それなら一人で言ってみるがいいさ。忠告はしたからな』

 それきりプツッと通話が途切れた。マークという仕事仲間からの警告も、エドにはまるで効果がない。不安がるどころか、陽気に鼻歌まで歌い始めている始末だ。エドは見るからに年若く、金髪のイケメンでいかにも遊び慣れている、といった様子だ。日本だと除霊師は「キエエエエ!」とか言ってかなりエキセントリックかつおどろおどろしいイメージだが、海外だとこういうのでもアリなのかもしれない。さすが自由の国・アメリカ。無個性すぎる就活やサービス残業など、何かと非効率的な因習にこだわる日本社会も、この姿勢を少しは見習った方がいいんじゃなかろうか。まあ、さすがに学校の先生で金髪ピアスはやめてほしいが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺がホラーゲームを楽しめないのは9割俺の家のせいです 名取 @sweepblack3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説