雪よりも熱い水
たーにゃ
雪よりも熱い水
「──なあ、もう忘れちまいなよ」
「…」
「世の中、もっと可愛くて優しい子とか、頭が良い子とか、もっと読書の趣味が合う子とか、絶対いるって」
「…」
「同じ高校のクラスの40人のうちの1人だろ?これから社会に出て色々な人と会ってさ、もっと広い視野で自分にぴったりな人を見つけなよ」
「…」
***************
「…マスター、会計お願いします」
外は凍てついていた。時間さえも止まった世界を、一歩ずつ前に歩く。布団の綿のような雪が、ふわふわと風に吹かれながら舞い落ちる。どこかで囁かれている気がした。そっと背を伸ばす。天に近づけた耳を、風がやさしく撫でた。
バーで一緒に飲んでいた木村と駅で別れた。彼とも高校からの付き合いになる。いつも親身に相談に乗ってくれ、男にしては珍しくお節介を焼くのが好きなタイプだ。けれど、いまはその優しさが身にこたえた。
帰り道に公園を通る。よく彼女と散歩した公園だった。道沿いの梅には少しずつ蕾が付いていて、あと1週間もすれば綺麗に咲くのだろう。
バイクが通り過ぎる。エンジンは静かに音を立てて、ゆっくりと姿が小さくなっていく。白い地面に残るタイヤの跡。僕は息を吐く。
僕は息を吐く。湯気は散り散りになって冬空に昇っていく。
泣いているのを汗だってごまかせるのは、夏だけなんだ。
***************
「ほんっとに感性が合わないね」
彼女は呆れながら嘆息した。近所の公園を散歩した帰りだった。
季節は4月。花舞う春まっさかり。桜をゆるりと見に来たぼくの横で、彼女は言った。
「やっぱり梅の方が綺麗よ。なんで桜なんか見に来るわけ?」
「平安時代は花といえば桜を示してたし。桜は日本人にとっては特別なんだよ」
「ばっかみたい。ちょうど暖かくなってきた見やすい時期にこれ見よがしに咲いて、大衆に飽きられる前に華々しく散るなんてあざどい。寒い時期に人知れず霜を堪えて咲くような女を選びなさい」
「で、俺は乾いた砂漠に好んで住むサボテンを選んだ」
「比喩すら干からびた可哀想な男ね」
彼女の言葉はしばしば刺々しいけど、そんなB級アメリカ映画みたいなやりとりは日常茶飯事で、僕らなりのいつものコミュニケーションだった。
路地を二人で歩く。花見をしながら飲もうと思っていた氷結が、リュックの中で所在なさげに転がる。もう一つ隠し持っていたポテトチップスは、うすしお味。のりしお味の方が食感と塩味のバランスが完璧だと思うが、それに劣らない彼女の「”うすしお”こそポテチ」という熱い愛に、僕は大抵そちらを買わされていた。
3時間の予定が3分で終わった花見の家路で、彼女は森山直太朗の「桜」をハミングで歌う。ほぼ見なかったくせに。それがおかしくて、ちょっと僕は吹き出す。ハミングが止む。
いやだって桜全然みなかったじゃん君、と言う前に僕の右腕に抱きついた彼女は、左を指差す。
「あそこ。行こ」
返事をする前にすたすた歩き出した彼女は、もう花の落ちた梅の木の根元にすっと座りこんだ。ここがいいの、とでも言いたげな顔に負けて、仕方なく隣に腰を下ろす。人気のない空き地で、僕らは氷結をかわるがわる飲んだ。爽やかなグレープフルーツの味がした。
示し合わせたわけでもなく、お互いそっと本を取りだす。本の趣味も合わなかった。僕は青春小説とかエッセイ、特に恋愛ものを好んで読んだ。恋愛ものと言っても、三角関係や不倫でドロドロするものより、爽やかに恋が成就してハッピーエンドで終わるものとか、突然恋人が死ぬことで幸せの刹那性が際立つ物語とか、そういうのが好きだった。
一方の彼女はリアリストで、「永遠の愛なんて無いわ」が口癖だった。お菓子はオレオよりリッツが好きで、よく家でリッツをサクサク噛み砕きながら推理小説や翻訳ものを窓際で読んでいた光景が目に浮かぶ。梅の下に座っていた時も、海外の短編集を読んでいた。
しばらくたってお互いに何となく本を閉じ、とりとめのないことを少し話して、それから彼女の家に向かった。駅から歩いて4分ほどの家で、築15年にしては小綺麗に見えるアパート。彼女の家にはおよそ女の子らしいものがなくて、機能性を重視した家具や小物がずらりと並んでいた。
異質なのは部屋の三分の一を占める本棚。そして、隅にこじんまりと置かれたサボテンだった。
「多肉植物ってなんだか、生きてる感じがするじゃない。腹立たしいくらいに肉厚。簡単には死なさそうで」
「棘がある物って長生きしそうだよね。君とか」
「ほんっと失礼ね」
彼女はカラカラ笑った。それにつられて僕も笑う。サボテンもその棘を──いや、その葉を揺らしていたかもしれない。
***************
「私が桜を嫌いなのはね、」
彼女は滔々と語り出した。近所のバーだ。僕らは週にいっぺん、ここで美味しいお酒を飲む。空気を読んだマスターが会話に混ざってくることはほぼない。
「桜って字には女、が入ってるじゃない。女々しいのよ。あれもこれも」
「ずいぶんこじつけみたいだけど」
頬が紅潮している。たまに木村も交えて3人で飲む。僕と木村は酒に強く、少々飲んでも平然としているが、彼女は一杯飲んだだけですぐこの顔になる。そして何かを語り出す。これがいつもの流れ。
「梅、には毎、があるじゃない。梅はいつも、毎年私たちを優しく見守ってくれてるのよ。独りよがりな桜なんかとは大違いよね」
「独りよがりは誰なんだか」
苦笑しながら、僕はカクテルを飲む。
とはいえ彼女の感性もそこまで不思議なものではなくて、奈良時代はむしろ花と言えば梅だったらしい。万葉集には梅の歌が百は出てくる。桜が表舞台に現れて間もなくセンターをかっさらっていったのは、平安時代のことだ。
平安時代の和歌は、儚さや激しい恋の歌が多い。一方で奈良時代の和歌に恋の歌は少なくて、自然への敬意、それに包まれた人間の弱さ、それでも生きていく力強さを内包している。
ある意味、彼女にはそちらの方が似合っているのかもしれない。
***************
高校の文化祭の準備が、夏休みにあった。高三のくせして僕らは、真剣にカフェを作っていた。彼女は責任者で──てっきり行事とかに無関心なタイプだと思っていた。けれど予想外にてきぱき業務をこなし、クラスをまとめあげていった。
木村がいたのも大きかった。彼女はサクサク物事を決めてしまうので下手すればワンマンになるし、何よりも合理性を重んじる行動がクラスの誰かから陰で批判されることもあった。それを宥めつつも、木村はそういう意見や批判をボトムアップは大事なんだぜ、って得意顔で彼女に伝えた。器用なやつだった。
文化祭最終日の夕方、片付けがあらかた終わり、残っていた数人もみな帰った後。僕と彼女は二人で、教室に残っていた。
つい15分前、まだ残っていた数人で最後にゴミ出しを決めるジャンケンをした。こんなのさっさと早く捨ててくればいいじゃないと言う彼女、そしてジャンケンに3連敗した僕の二人で、ゴミ8袋を捨てるためにゴミ捨て場と教室を2往復する羽目になった。
2連敗同士でこれに負けたらゴミ出し、というところの最後のジャンケンの相手は、木村だった。
あの日のことを木村と話すたびに、木村は少し笑って、それから遠い目をする。
「あのジャンケンの結果が変わっていたら、違ったかもしれねえな…」
「どっちが負けたんだか」
「うるせえ。別に俺は負けてなんかいねえよ。俺はジャンケンに勝った、そしてお前はもっと大きなことに勝った、win-winだ」
「そうだな」
「つまり俺のおかげでいまのお前かいる。そうと分かったら、分かるな?」
木村はカクテルを少し意味ありげに傾ける。
しゃーねえな、と僕は少し苦笑して、一回だけ木村にバーの飲み代を奢った。彼女との日々に比べたら安いもんだ。
彼女に告白した時のことは、正確には覚えていない。僕のことだから、至ってオーソドックスで、つまらない告白だった気がする。
告白。初めての告白。あまりに緊張しすぎて、口から心臓どころか肝臓とか膵臓とか小腸大腸十二指腸まで飛び出そうだった。彼女は、いつも通り平然と椅子に座っていた。少し顔は疲れていた。文化祭の責任者という重圧からの解放感、無事に繁盛したカフェへの達成感、これからの受験への気負い、色々な想いが目に宿っていた。今までにない、素直な目だった。
自然と口から出た。ずっと準備していた言葉が。
「好きです。付き合ってください」
彼女は目を見開いた。猫のように丸い目を、見開いた。
それから、僕は色々と何かをモゴモゴ言った気がする。どこが好きとか、あの、文化祭準備のあの場面でちょっと惚れました…とか、そういう。彼女はそれを黙って聞いて、それから僕に質問をはじめた。いいよ、よろしく、それかごめんなさい、受験も近いし、みたいな返事を予想していた僕は、少し肩透かしを食らった。
彼女のしてきた質問は、どれくらい会うのかとか、受験勉強が大変な頃はどうするのかとか、愛はどこかで冷めるけど長続きするのかとか、極めて現実的な話をされた。付き合いはじめのカップルとは思えない内容は、むしろ契約に近かった。すごく合理主義的な彼女らしいと、今でも思う。
ストレートな答えが来なくて心配になった僕は、話の腰を折って質問した。僕と本当に付き合ってくれるんですか、って。彼女は真顔で言った。だから、そういう話をしているんじゃない。
帰り道、二人で帰った。僕らの家は近くて、近所の公園までは同じ道だった。桜が有名な公園で、隣町から花見をするために人が来るくらいだった。
何だかむず痒くて、離れがたくて、少しだけ公園で喋った。もう薄暗くなった公園は閑散としていて、カラスの鳴く声がよく聞こえた。秋の暮れのにおいがした。二人きりだった。
それからというもの、彼女との学校帰りで公園にいるのが多くなっていった。彼女が僕と同じく、読書が趣味なのは付き合う前から知っていた。しかし案外話してみると、好みのジャンルが違いすぎて話が合わない。むしろ脚本家志望の彼女とギターが趣味の僕で、「表現」というテーマについて語り合うことが多かった。
ある日、彼女は氷結を颯爽と飲み干しながら言った。ちなみにその氷結は僕のだ。
「ものを生み出す人間ってのはね、2種類いるのよ。既存のものと比較して真に新しいものを作る人間と、世間にちやほやされたくてものを作る人間。後者はクズね。作品より自分が大事な奴らよ。大したこともしてないくせに人の評価を気にするなんて、雑魚ばかりだわ」
彼女はだいぶ酔っている。
「でも、人の評価を確認し、意見を聞くのは大事なことだ。それに何より、表現ってものは世間に受け入れられなきゃ意味がないんじゃないかな。何より真に新しいものって、表現者側が決めていい事じゃないと思う」
「違うの。他人の評価で一喜一憂してる奴らが気に食わないの。本当に表現を極めるなら、必死でやるし犠牲を出してでもやる。そういうのが感じられない表現なんて、表現じゃない。媚びた表現を、私は表現だとは認めない」
「はいはい」
この日の夜は、空き地で梅を眺めながらの夜酒だった。僕の分を含めて1.5缶は飲んだ彼女に、もはや語り合うなんて知的行動は期待できなかった。聞き流すのが鉄則だ。
彼女は、強い自分の「表現」を持っていた。一方の僕は、常に他人の評価を眺めながら、色々な方向性を試していた。
表現に、創作活動に、正解はない。
けれど、揺るぎない彼女の姿勢が、筋が通っているとは言いがたいけど、ちょっとだけ眩しかった。
ちなみにこういう時の彼女の処理はやはり木村が上手くて、僕らは時たま3人で飲んだ。木村は酔った彼女を「酔うと面白いな」と大笑いしながらヨイショしつつ、僕にも適度に話題をふってくれた。僕には何より、会話の通じる相手が一人でもいることが嬉しかった。
僕と彼女は週1で会ったし、木村もいれて3人で月1は飲んでいた。
告白した日の彼女の心配は杞憂で、僕らの関係はずっと続いた。最初に一気に盛り上がるより、意外とこういうスタートの方が長続きするのかもしれない。もちろん、木村の存在も大きかったと思う。
そんなこんなで僕らは春夏秋冬、春夏秋冬、春夏秋冬を何回か繰り返した。光陰矢の如し。わちゃわちゃした日々は、あっという間に過ぎ去っていった。
***************
去年の冬だった。
昨日、2月でまだ寒さの続く日。
彼女は雪道で滑ったバイクに轢かれて死んだ。
雪が多く積もった翌日の雨の日で、路面は透明な氷に硬く覆われていた。
彼女は夢叶い、春から放送作家の事務所への就職が決まっていた。あとは卒論だけ、もうほとんど終わってるけどね、なんて笑っていた。
唐突のことで、感情が湧かなかった。僕はそれから一度たりとも泣かなかった。泣けなかった。身体のどこかが止まっていて、流す涙が出てこなかった。
たまに彼女の家に行った。インターホンを押したら、読書が中断されたばかりの面倒そうな、でもちょっと嬉しそうな顔で、ひょっこりドアの隙間から現れる気がした。
乾いた音がずっと鳴り響いていた。
いつしか、彼女の家へも行かなくなった。
僕は一般企業への就職が決まっていた。大学の課題をなんとなく日々こなし、特に何かに打ち込むわけでもなかった。
あまり本を読まなくなった。雨の日は、窓からぼうっと外を眺めていた。
また冬が来た。その日は雨だった。
雨が窓を叩いていた。強く、強く──。
そんな時に、木村から電話がかかってきた。
「今夜久々に飲もう。例の場所で」
一年ぶりだった。会うのは葬儀以来だった。
雨は、いつしか雪に変わっていた。
***************
「──なあ、もう忘れちまいなよ」
「…」
「世の中、もっと可愛くて優しい子とか、頭が良い子とか、もっと読書の趣味が合う子とか、絶対いるって」
「…」
「同じ高校のクラスの40人のうちの1人だろ?これから社会に出て色々な人とあってさ、もっと広い視野で自分にぴったりな人を見つけなよ」
「…」
「なんて言うとでも思ったか、俺が? これでもお前のことは誰よりも分かってるつもりだ。あの子の──死んじまったあの子の、かわりなんていねえ」
「…お前に、何が、わかる」
「わかる。痛いほどにな。誰かと付き合っていた。それはつまり、その誰かをその間、何よりも誰よりも大切にしていたってことだろ」
「…」
「俺は、立ち直れなんて言わねえ。俺は、前を向けなんて言わねえ。一生、あの子を覚えていろ、なんて言わねえ」
「…っ。忘れる…のか」
木村を見る。強面の彼は、いつもより少しだけ優しい目をしていた。
「そうじゃねえよ。冷静に考えてみろ。永遠に覚えていることなんて、できるとでも思っているのか?」
「…あの子みたいなことを言うね」
「元来、俺はお前よりあの子の考え方に近いからな。いいか。覚えておく、じゃない。忘れない、じゃない。感じてろ。ずっと感じていろ」
「…感じる?」
「色々な想い出があんだろうが、このバーに。この街に。これまでの時間に」
「…」
「たまに、ふと感じればいい。あの子の息遣いを。どんなに小さくても、どんなに微かでもいい。よく考えてみろ。この世界において、生者なんてごく一部なんだぜ」
背中がドンと強く叩かれた。横を見ると、破顔した木村がいた。
「さあ飲むぞ。ほら乾杯だ。あの子との想い出を思う存分撒き散らしやがれ」
「いつものことだけど変わり身速すぎないか」
「っるせえ。男ならじくじく一人で泣いてやがんな。その方が健気で一途な悲劇の主人公気取れるとでも思ってんのか?」
「高校生の頃から密かに想いを寄せていた女の子に死なれたのに元気だな、お前は」
「は?今なんて言った?ぶち殺すぞ」
案の定図星で、僕ははじめて、あれからはじめて笑った。そっと横を眺めたら、口調は怒っている木村が、思いの外一緒に笑っていた。心なしか、目は少し潤んでいた。
分かってるよ。僕もお前のこと、たぶん一番よく知ってるよ。僕があの子と良い関係になりだした頃のお前の顔、嫉妬と友情の狭間で少し揺れる、あの目。
木村は全力で僕を応援してくれた。デートの誘い方から、告白のリハーサル、そして誕生日プレゼントまで。人好きされる木村は、いつの間にかあの子とも仲良くなっていて、それとなく行きたい場所とか、欲しいものだとかを聞き出してくれていた。いつもニヤニヤした顔で僕に報告するのだった。
木村も、たぶん好きだった。僕は痛いくらいそのことが分かっていて、だから、僕があの子をもうどうしようもないくらい好きになってから相談するまでに少し時間がかかった。
初めて打ち明けたとき、木村は笑った。
「応援する。俺たちは親友だろ。親友の恋愛、俺は全力で応援する」
木村は何もかも見透かしたような顔で言った。そのとき、僕は初めて気づいた。ちゃんと親友だと認めていなかったのは、僕の方だったってことに。
交遊関係の狭い僕にとって木村は一番の友人だが、友達が多い木村にとって僕は何番目なんだろう…なんて惨めなことを考えることもあった。
でも木村は、毅然と言った。それから僕はあの子の惚気を、罪悪感にかられながらもそれが少し背徳的で、木村に時たま報告した。木村は、少しの嫉妬とたくさんの喜びで、その話をうんうん聞いて、時に煽り、時にいじってくれた。その事が何より嬉しかった。
木村は、良いやつだ。本当に良いやつだ。
感じろ、か…。
感じ、ろ…。
外は凍てついていた。時間さえも止まった世界を、一歩ずつ前に歩く。布団の綿のような雪が、ふわふわと風に吹かれながら舞い落ちる。どこかで囁かれている気がした。そっと背を伸ばす。天に近づけた耳を、風がやさしく撫でた。
「寒い中ぼーっと突っ立ってんな。風邪引くぞ」
十歩ほど先に進んでいた木村が呼びかける。
「いま行くよ」
僕は、前の雪を踏んだ。小走りで、車の轍をしゃりしゃり辿っていく。
泣かない、と決めた。木村の前では、泣かない。僕が泣いたら、僕が泣いたら木村は、本当にどうしようもなくなってしまう。
木村がくれたものを、僕は、胸にそっと押し留める。
木村といつものようにあっさりと別れて、僕は家路につく。駅前のスーパーで、グレープフルーツの氷結、それとのりしお味──はやめて、うすしお味のポテチを買った。帰り道に、あの公園を通る。まだ桜は当然、蕾すらない。道沿いの空き地の梅はまだ蕾ができはじめたばかりで──花は一、二輪あるかどうかだった。
雪が舞う。頬に柔らかく落ちて、音もなく融ける。眼の下から、融けた雪が筋となって首元のマフラーに染み込んでいた。
どこかで囁かれている気がした。そっと背を伸ばす。天に近づけた耳を、風がやわらかく撫でた。
梅の花びらがたった一片、足元に落ちた。
頬を流れる雪どけ水は、雪よりも熱かった。
雪よりも熱い水 たーにゃ @tanyatanya
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