1-6
クレセントって、ほんとに変な学校だよ。
教育じたいはしっかりしてる。さすがは”王立”ってだけあって、捨て子のわたしにも読み書き算数はひととおり叩き込んでくれた。まあ、余計な技術も教え込まれたけど。
かくいうわたしの成績は、クラスBで
でもはじめての仕事は、なんて言うかすごく肩透かしだった。
あのときも今日みたくメスゴリラに呼び出された。ちょうど十五歳のときで、みんな化粧のしかたに精を出し始めたころだった。クレセントに男なんて――スペンサーと校長以外に――いないのにさ。
あの日、わたしはメリッサに連れられて空港に行った。クレセントからは軍用の輸送機に乗って、それからロンドン・ヒースローへ。すっごいたくさん人がいたもんだから、びっくりした。生まれて初めて見た都会だったし、クレセントにいる人間以外に見たことなんてなかったから。本当にみんな仕事があって、生活があって、家庭があって、暮らしてるんだなって。なんだか妙に感慨深くなってた。
だけどそんなふうに感じてる暇は少ししかなくって。すぐに
わたしたちが乗るのはドバイ・ハマド空港経由の成田空港行きだった。
「ねえ、なんで日本まで行かなきゃいけないの?」
わたしはキャリーケースいっぱいの服をゴロゴロ転がしながら言った。当時十五歳の少女にしてみれば、身の丈ほどもあるケースを引っ張るのは一苦労だった。
「里帰りだ」
「里帰りって?」
わたしはそう言ったけど、メリッサはそれきり何も答えなかった。だから、わたしもムスっとして黙っていることにした。
それからドバイ行きの飛行機に乗った。エコノミークラスに半日も乗るのって本当に大変。しかも周りがみんな黒装束の女性ばっかりで、わたしってばとたんにムスリムの集会に紛れ込んだ気分になっちゃった。別に彼女たちのことはキライじゃなかったけど。彼女たち、柑橘系のすごくいい匂いがしたし。機内食のチョコレート分けてくれたし。
ドバイまで来たら、軽食をとってからまたトランジット。今度は東京行きの飛行機に飛び乗った。
わたしはずっと寝てた。それ以外すること無かったし。映画を見てもよかったんだけど、機内がすぐに消灯モードになっちゃって。隣のおじさんが寝だしたもんだから、なんだか悪い気がしちゃって。だからわたしもずっと寝てた。おかげでおじさんのイビキも気にならなかった。
そうして深夜二時過ぎに成田空港に着いたんだけど。考えてみればわたしの仕事って言うのは、もうそこでほとんど終わっていたんだよね。
コンベアを流れる荷物を探しながら、わたしは寝起きの頭を叩き起こしていた。グルグル回るコンベア。寝ぼけた頭で見つめていると、なんだか錯視画像みたいに見えてきた。でも、それは意外と正しかったんだ。
「ねえ、いつまで経っても荷物が来ないんだけど」
隣に立つメリッサに言った。
だけど彼女は黙ったまま。ムスっとしてわたしの隣に立ってた。しばらくのあいだ一緒にコンベアを見つめながら。
「きたぞ」
彼女がそう言ったとき、本当にわたしのキャリーケースがやってきた。ゴムのカーテンみたいなのをかき分けて、クリーム色をしたでっかいキャリーケースが。だけど、心なしかその姿は、出発前よりも膨らんでいるように見えた。
「ねえ、これからどうするわけ?」
わたしは重たいケースを持ち上げて、やっとの思いで引きずりながら言った。
「すぐわかる」
「わかるって?」
「ついてこい」
それだけ。
任務についての会話は、ほんとにそれだけで終わりだった。
わたしたちは、そのあとタクシーに乗って成田を出た。そしてタクシーはある場所で止まった。空港から少し行ったところにある橋の下。市街地から外れたところにある、郊外の住宅地、そのさらに外れって感じのところだった。
深夜三時過ぎの高架下。そこにはジャージ姿の男が立っていた。ランニングの最中みたいな彼は、メリッサと二言、三言ほど言葉を交わした。それからわたしの顔を見て、荷物に目をやった。
「では、これで契約完了ということで」
「え?」
わたしが唖然としているうちに、すべては終わった。
ジャージの男はわたしからキャリーケースをひったくると、そのままタクシーに乗ってどこかに行ってしまったのだ。わたしがえっちらおっちら運んできたケースはどこへやら。服だとか洗面具だとか、化粧品だとかは、ジャージ男と一緒にどっかに行ってしまった。
わたしはしばらくのあいだ呆然としてた。なにが起きたのか理解が追いついていなかった。
「仕事はこれで終わりだ」とメスゴリラ。「帰りの飛行機は十二時間後だ。それまでは好きにしていろ。私は一服してくる」
夜の闇のなか、彼女はタバコに火を灯しに消える。わたしはただ立ち尽くしていた。
あとになって知ったけれど。あのときわたしが持っていたキャリーケースには、ある機密情報の入ったメモリーが隠されていて。それによって何千人って人が死んだらしい。詳しくは知らないし、それが本当かどうかもわからないけれど。でも、要するにわたしたちの仕事ってそういうものだった。
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