1-5

 野次馬の集会は、エリスンが校長室に飲み込まれていったところで解散になった。

 だけどわたしだけは、彼女たちを後目に窓際に残った。なんていうか、余韻に浸りたかったんだと思う。さっき感じたトキメキというか、胸の高鳴りを確かめたかった。

 わたしはしばらくのあいだ、窓から中庭を見下ろしていた。

 クレセントの校舎は、その名の通り三日月状クレセントになっている。コンクリートむき出しの壁面がゆるくカーブして、海の前に立ちふさがっている。そして正門の先には、あまり手入れの行き届いていないイングリッシュ・ガーデンがあって。さらにその少し向こうに訓練用の校庭がある。あんまりにも広くて、一周走るだけで何十分もかかってしまうんだよね、ここ。

 中庭では、バラたちが荒れ放題だ。赤いのと白いのが混ざり合って、お互いの棘でお互いを傷つけあってた。

「無様、か」

 わたしは独り言ちて、静かにため息をついた。吐息は空気の流れを作って、中庭に吹き下ろす。心なしかバラが小さく揺れた気がした。


 わたしが真っ昼間から黄昏たそがれてると、それをひっぺがすみたいな雑な足音がした。革靴がドカドカとリノリウムを叩きつける感じ。この下品かつ精緻な足音は、メスゴリラもといメリッサ以外にいなかった。

「なにが無様なんだ?」

 彼女はわたしの前で歩を止めるや、そう言い放った。わたしの独り言までちゃんと聞いてたらしい。すべて見計らって、計算し尽くしたタイミングでやってきたみたいだった。歩き方は乱暴そのもので、品性のかけらもないのに。脳筋に見えて妙に計算高いんだよね、この人。

 メリッサは血の付いた軍服を着ていた。イギリス陸軍だかなんだか知らないけど、レジメンタル・ストライプのネクタイに返り血が付いている。きっとエリスンの鼻血だろう。

「なにがって、あのバラですよ。誰も手入れしてない。無様ですよ」

「バラ?」

「ほら、あれ」

 わたしはそう言って中庭を指さしたけど、メリッサのやつは見向きもしなかった。きっと求めてる答えと違ったんだと思う。

「M2、お前に仕事だ」

「仕事?」

「ああ。仕事だ。だが、その前に競技コンペだ。お前の他に候補がいる。実技で競ってもらい、優秀な方を採用したいと考えている」

「わたしを? クラスBの底辺生ですよ? いったい何の仕事です?」

「詳細はまだ伝えられない。が、重要な任務だ。三日後、試験を実施する。用意しておけ」

「用意って……。わたし、何をすればいいんです?」

「詳しくはスペンサーに聞け」

「スペンサー? なんであいつに」

「なんでもなにも、お前の主治医だろ? じゃあ、私は他にやることが山積しているから。M2、お前は早くスペンサーのとこに行くんだ」

「はぁい」わたしは気の抜けた返事をしてから、「ねえ、それってもしかしてエリスンと関係ある?」

「答える義務はない」

 メスゴリラのやつ、いつも以上に眉間に皺寄せて回れ右してった。それはイエスって言ってるのと同じだと思うよ、メリッサ。

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