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今回も騒ぎの原因もエリスンだったんだけど。ただ、少しだけいつもと違う点があった。
いつもなら「ああ、またあいつ」みたいな空気感がさざめきを作り出す。廊下に出始めた女生徒たちがヒソヒソ話しをはじめて、それが小さなうねりを作り出して、やがて大きな波になる。そして教官の耳に入ったところで騒ぎは終わる。いつもそういうパターン。
でも、今回はすこしだけ違った。
「知ってる? あのアバズレ、今回ヘマしたらしいじゃん」
それが最初の一声。
どこからその言葉が始まったかはわからないけれど。でも、それがだんだん他の生徒たちにまで波及していって、あることないこと尾ひれが付いていって、そしてわたしの耳にまで入ってきた。
「あの女、堕ろさなかったらしい」
ダーニャのとこまでやってきたとき、噂にはそこまで尾ひれがついて来ていた。
「それってどういうこと? 堕ろさなかったって?」
「妊娠したままらしいよ、あいつ。医務室のレイナー教官が堕胎手術をしようとしたらしいが、反対して振り切ったとかなんとか。そこをあのメスゴリラがぶん殴って黙らせて、クレセントまで連れ帰ってきたらしい」
「マジ?」
わたしは思わず、いつもなら言わないようなフランクな言葉が出てしまった。
「らしい。ほら、見てみればいいじゃん」
言って、ダーニャは廊下のほうを指さした。窓ガラスには、ほかの生徒たちが殺到していた。
わたしはこういう野次馬ってキライなんだけど。どうしてだろう、このときばかりはその群れに混ざってしまった。「ごめん、ちょっといいかな」なんて言いながら、人混みをかき分けていった。
古くさい窓ガラスの向こうにあったのは、一人の屈強な女――メスゴリラのこと。戦闘教官のメリッサだ――と、それに引きずられるようにして歩く赤毛の少女。エリスンのやつは右目のまわりに大きなアオアザを作って、鼻は両の穴から血を流していた。
その光景を見たとき、わたしは心臓が高鳴るのを覚えた。なんでそんなドキドキしたかと言われたら、うまく答えられないけど。大嫌いな女の無様な姿を見て、胸がすっとした? それもあるかもしれないけど。なんだかゾワゾワするような、背中を羽毛ですっと撫でられたような気持ちになった。
「ね、言った通り? 無様よね。何があのエリート様をそうさせたんだか」
後ろでダーニャが静かに言った。
エリスンは、メスゴリラに連れられながらクレセントの中に入っていく。古めかしいコンクリート造りの、ロクでもない王立学校のなかに。
わたしには、エリスンがおなかをさすっているように見えた。
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