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 アバズレ、嫌味たらし、スカしたヤツ、校長の愛人、教官全員と寝た女、コック・サッカー、プッシー・キャット、そしてエリスン……。

 あいつのことを形容する言葉はいくらだってある。でもそのすべては罵り言葉か、あるいは誉め言葉だった。

 教官たちは、エリスンのことだけは番号で呼ばない。「あの天才」とか「エリート」とか「トップエージェント」とか、そういう言葉で彼女を呼ぶ。本当だったら彼女にだって〈ESー3369〉って長ったらしい認識コードがあるのに。思えばもう誰も彼女のコードなんて覚えてない。みんな「天才」とか「アバズレ」とか、「エリスン」とかって呼び捨てにするんだから。

 わたしもエリスンのことは嫌いだった。なんていうか、あのスカした態度が嫌い。彼女、顔はちょっとクセのある可愛らしい顔をしてるんだけど。でもあいつのことを知れば知るほど、その切れ長の瞳だとか、生来の赤毛だとかが嫌いになってくる。

 言ってしまえば、彼女は本当に天才だった。このクレセントに来るべくして来た存在だった。


 クレセントにはたくさんの女の子がいる。年も幼稚園児みたいなのから、わたしみたいな大学生の一歩手前みたいなのまで種々様々。でも、唯一いっしょなのは、みんな誰にも話せないような人生バックグラウンドがあって、それゆえここに来てしまったということ。

 ちなみに、わたしの場合は気づいたらここにいた。親に捨てられたらしいのね、わたしって。つまり孤児ってこと。

 エリスンがどうしてここに来たかは知らない。ウワサでは、彼女の両親は狂信的なアイルランド共和軍IRAのメンバーとかで、彼女を生んですぐに自爆したとかなんとか。それで孤児になった彼女をクレセントが誘拐した……って、まあ嘘みたいな話だけど。

 だけど、そんなことはともかく。あいつは入学してからすぐに頭角を現していった。

 学校じゃあ、だいたいカリキュラムが二つに分けられる。要するに、座学と実技。座学は主に言語と、心理的なプロファイリングとか、あと物理とか化学とかが多い。数学もやるよ。なんだってやる。珍しいのは政治学が少し多いことかな。ほら、クレセントってふつうの学校じゃないから。

 実技は、まあそのまま実技なんだけど。腕っ節で誰かを殺す術から、身を守る方法、そして銃の扱い方まで一通りを教えられる。わたしはどれもからきしだったけどね。銃はかろうじて及第点だったかな。射的だと思ってやったら結構いいセンいったんだよね。でも、それが本当の人間だって考えたら、ゾッとして腰が引けちゃった。それで合格ギリギリ。落ち着いて撃てたら満点だったのに。

 ともかくエリスンは、そんなカリキュラムのなかで常にトップの成績だった。わたしたちの学年のなかで、エリスンの右に出るやつはいなかった。そして気づけばあいつは、在学中から仕事にかり出されるようになっていった。中等科に上がるときだったかな。まだアソコに毛が生え始めたときだったと思うよ。

 あいつには、ある要人の暗殺が任せられた。するとエリスンのやつは、その要人をうまいこと籠絡して、そのままナイフで殺したっていうんだ。

 仕事が終わって帰ってきたのは、上の口と下の口にたっぷりの血をつけた彼女だった……なんて、噂は、いまだにクレセントじゃ伝説。やつは仕事のために処女を捧げて、あまつさえその相手も殺してしまったわけ。ほんと、信じられないよね。ちょっと狂ってるっていうか、ストイックすぎるっていうか。

 それからだよ。みんな彼女のことを「アバズレ」とかって呼ぶようになった。でもそれって、単に彼女を貶しているんじゃなくて。ひがんでいるっていうか、恐れているっていうか。ほら、自分より才能があるやつってなんだかムカつくじゃん。それが自分のすぐそばにいて、同じ環境で、同じように育てられたやつで。しかも性格も悪くて愛想も悪いってなったらさ。余計にムカつくよ。

 エリスンってのは、つまりそういうやつだった。

 だから、彼女が帰ってくるたび噂になるわけ。

「あいつ、また口に血を付けて帰ってきたのかな」ってさ。

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