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「なるほどね」


 頷く渉。俺たちは今、渉の家の中でお茶を頂いていた。


 俺は渉にこれまでの経緯を説明した。そして渉を納得させたというわけだった。だが、ここで渉がなぜ納得したかと言えば、妖怪だのねこまただのの説明は綺麗さっぱり省き、また子は従兄弟ということに無理やりしたからである。


 普通に考えて妖怪だの話し始めたら、いくらなんでもドン引きされるか病院に連絡されるかのどちらかだろう。


 ひとまず俺の提案にまた子も了承し、俺たちは従兄弟ということで、以前この辺りに住んでいた良くして貰っていた知り合いの家を探しているということにした。


 ずーっと渉が出してくれた紅茶をすする。何だか俺が飲んではいけないような品のある味がした。


 また子はというと先ほど口をつけたかと思えば、舌を火傷したのかそれ以降紅茶に触れようとする素振りも見せていない。驚くべき猫舌。いや、ほんとに猫の舌か。


 俺は部屋を見渡す。何だか天井が高い部屋だなという感想が第一だった。そして俺には価値どころか良さすらわからない調度品や美術品が並べられていた。何だか寒気がする。人間身の丈にあった生活を送るのが一番ということだ。俺にはあのボロアパートがお似合いということだろう。


 優雅に紅茶を嗜む渉。品のある男だとは思っていたが、納得がいった。


「というかお前の家、こんな豪邸だったのか。知らなかったわ」


「まぁ、別に大したことないよ」


 金持ちは自慢しても謙遜してもムカつくなと思いながらも、俺は心のなかでこらえる。浅ましい俺の本性が出てしまうところだった。


「自慢しても謙遜しても頭にに来ますね」


 俺にこそこそと耳打ちしたねこまた妖怪は、やはり妖怪らしくひねくれたやつであった。


「大学の友達はあまり家に呼んだことも無かったしね」


「確かにな、渉の家に行ったことあるやつの方が絶対少ないな」


 こいつの家に行ったことあるやつはかなり限られている印象があった。だいたい渉と遊ぶとなると、他の友人の家か、外出が多くなりがちであった。


「竜也さんと渉さん? は知り合いなんですよね」


「あぁ、そうだよ」


 中原渉は大学の同級生であると同時に、人間関係が希薄な俺の数少ない友人でもある。


「仲良くしてもらってるよ竜也には」


「お、おいあんま恥ずかしいこと言うなよ」


「なんだよ。俺たち仲良くないのか?」


「いや、そういうわけじゃ……」


 こいつはこういうやつなのだ。仲良くしてもらってるのは俺の方だし、礼をしたいのは俺の方だ。だが、こいつこの自然と人をからかうような話し方には少々手を焼いている。


 俺がからかわれているその最中、視線を感じてまた子の方へと振り替える。また子は口で手を押さえながらニヤニヤしていた。全くムカつくやつだなこいつは。後で覚えてやがれ。


「それでこの辺りで世話になった人を探しているとか」


「あ? あぁ! そうそう。本題を忘れるところだったわ」


 また子に対する怒りが本題を忘れさせるとは全く困ったものであった。


「それでその人の名前はなんて言うんだ?」


 俺とまた子は顔を見合わせる。


「「り、りょうさん?」」




 ◆





「だから言ったべ? そんな手がかりじゃ見つかるもんも見つからんて」


「……」


 流石にそんな情報だけじゃわからないな。と渉に告げられ、渉家を後にした俺たちは、その後も周辺を散策した。しかし、めぼしい情報も特に見つからずに帰宅することになった。


 二人でカップ麺をすする。自炊は出来るが極力しない主義なので、また子にもカップ麺を作ってやった。しかし、彼女は手をつけない。どんどん体積が増えていくカップ麺。


 明らかに落ち込むまた子に俺は言葉を飲む。なんだよその悲哀に満ちた表情は。もっとお前は……その、そんなんじゃないだろ。


「まぁ、明日も探してやるよ」


 ズルズズーッと麺をすすりながらまた子に語りかける。


 垂れ流しになるニュースが、薄暗い部屋に響く。


『――入ったニュースです。――県――市近辺で――解な失踪――が起こっている模様です。警察は―――』


 何だか物騒なニュースが流れているような気がしたが、今は目の前にいるまた子の落ち込み具合の方が物騒だ。


「だからよ、そんなに落ち込むなよ」


 俺はまた子の目を見ずに喋り続ける。


「探しかたの問題だって」


 押し黙る彼女。


「それにまだ一日目だろ? 一緒にさがし始めて。また探そうや」


 何故俺はここまでこいつに肩入れしているのだろうか。助けられた恩からだろうか。いや、そんなものなのだろうか。それともの面影をまた子に重ねているからだろうか。あんなにこっぴどく騙されて、俺を嘲笑い、無下にした女を。一体……


「ぷぷっ!」


 黙りを決めていたまた子が急に吹き出す。その笑いは間欠泉から吹き出た温泉のように、一気に加速する。


「あはははははははっ!!!」


 涙を浮かべながら笑うまた子。なんだこいつ人が心配してやったのに、なんでこいつこんなに笑ってやがるんだ。腹立たしくなってきた。そしてその俺の怒りは次のまた子の言葉で頂点に達した。


「心配してたんですかぁ~? 意外と優しいですねぇ??」


「このやろ!!」


「あははっ!! 怒った!」


 賑やかな食卓。賑やかな喧騒。俺のすがる先の無かった心は、意外にもこの状況を快く受け入れていた。







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ふたまたねこまたまたまたまた 勝次郎 @takekuro9638

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