第5話 根賀くんは怒っている

 翌日の終礼後、俺は3年の教室の前に立っていた。高杉たかすぎ先輩のいるクラスだ。


 ちょうどこちらも終礼が終わったところらしく足早に教室から出ていく人とすれ違う。


 やはり3年の教室に2年が来ているのは珍しいのでじろじろ見られるが、そんなことは気にしない。


 用があるのはあのサッカー部のイケメンだけだ。


 掃除当番なのか黒板を綺麗に消している知らない先輩に声をかける。



「あの、すいません。高杉先輩呼んでもらっていいですか?」

「え、ああ……。高杉ぃ!なんか2年の子が来てるけど!」

「えー、はいはーい」



 高杉先輩は数人で固まって駄弁っていたが、黒板消しをしていた先輩に呼ばれて堂々とした足取りでこちらまでやってきた。


 そして俺を見つけると、一瞬新しいおもちゃを見つけた子供のような顔をした。なんだよやんのかこの野郎。



「2年の根賀ねがです。ちょっとお話いいですか?」

「おう、全然いいよー。ここでいい?」

「いや、できれば屋上がいいんですけど」

「……おっけわかった!すまーん!俺部活遅れるわー!」



 取り巻きに先輩が叫ぶとなんやかんや文句が聞こえてきたが、先輩は全部無視し、颯爽と俺を促して歩き始めた。非常にうざい。





 ________





 この学校は昼休憩のときと放課後に屋上を解放している。理由は知らん。


 特に昼休憩ではカップル御用達の昼食スポットとなり、クラスの付き合っていない男子の罰ゲームが屋上でぼっち飯になるほど非リアには地獄の場所である。もちろん俺もその罰ゲームでメンタルが壊れた男の1人だ。


 でも今俺と対峙しているこのイケメン先輩は何度もここで色んな女と飯食ってるんだよなぁ……。



「君さあ、滝本たきもと殴った子だよね」

「っ!?知ってるんですか…」

「そりゃあ知ってるよ。3年の間では結構有名なんだからね?」



 滝本とは俺が殴り飛ばした例のバスケ部の先輩である。そのとき俺は人を殴ると自分の腕も痛くなると知った。



「で、今日はなんの用?」

「分かってるんじゃないですか?」

「分かってるよ?」

「……」



 校庭からは野球部やらサッカー部やらの元気な声が聞こえるが、俺の心境は全くもって元気ではなかった。


 この先輩、俺が一番嫌いなタイプである『俺なんでも知ってるよ?』系の人だ。やばい、殴りたい。



「君が聞きたがってるのって俺がヤリモクで付き合ったってこと?」

「…は?」



 高杉先輩はヘラヘラとさも当たり前のように言う。


 この人は何を言っているのだろうか。頭が追いつかない。



「え?紅葉くれはのことでしょ?」

「まあ、そうですけど」

「やっぱりね。昨日2人が一緒に帰ってるの見たんだよねー。君が新しい彼氏?気をつけなよー、あの女ああ見えて結構どす黒いから」

「……」

「おおっと、そんな怒んないでよー。また殴ったら次は退学だよ?さすがにそんなアホはしないよね」



 いつの間にか先輩を睨んでいたみたいだ。すぐに表情を取り繕う。笑顔大事。



「いやいや、怒ってなんかないですよ。ってか彼氏でもないです。ただ俺の友達が飛音さんのこと好きなんで、先輩と飛音さんのこと聞きたがってたから教えてもらえればなーって」

「……へぇ、なるほどそういうことね。俺と紅葉は付き合って1週間で別れたからなー。そんな面白いことないんだけど別れる前の日にさ、カラオケで服脱がせようとしたんだよね。ほら、女の子からはやっぱり言いにくいしやりにくいじゃん、そういうの」



 俺は確かにと頷く。



「でもね、紅葉照れちゃって逃げたんだよね。しかもカラオケだったから部屋代かかるじゃん?あいつお金も置かないで帰ったんだよ。やばくね?友達によろしく言っといてよ。紅葉はやめとけって。割り勘させてって言ってたのあいつだしね」



 自然と力が入る拳をなんとか押さえつけて笑顔を作って相槌を打つ。これなんて苦行?っていうかこいつ自分のした事悪いとも思っていないのか?どうやったらこんなクズが生まれるんだよ。


 まあいい。もう沢山だ。飛音さんは逃げて正解だった。流されてこんな奴と初めてしていたら死ぬまで後悔してただろう。



「ちなみにその話って知ってる人います?」

「あーそーいえば周りには言ってないね。なんか恥ずかしいじゃん?別れたとか言うの」

「恥ずかしい、か…。じゃあ死ぬまで恥ずかしがっとけクズ野郎」

「……え、は?なに急に」



 俺はポケットからそっと、を取りだした。









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飛音さんはひねくれてる 天茶 @tencha_0727

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