ワンダーラビリットココア 番外編

ちょこ

第1話 あふれる水曜日とココア 〝ぴぴ〟編

「なぜ、ワシがこんな目に」と、階段の踊り場に残された〝ぴぴ〟はボソボソとそんなことをボヤいていた。

 しばらく経ってそんなことを言っても仕方がないと分かったのか、〝ぴぴ〟は高い階段の段差を腕の力を使って一段また一段と下り始めた。

 数十分掛けて下り終えた〝ぴぴ〟は

「ふぅ、大変じゃった」と流れていない汗を拭う仕草をする。



「それよりもどこに行けばよいのか分からんの。学校という所はワシには大きすぎて、時間も掛かりそうじゃ……」

 そんなことを言い、〝ぴぴ〟は校内を歩き回る。

 水飲み場の近くに行けば、再び水が溢れ出し、目の前に水たまりを作り出していた。

「下手にあそこに入ってしまったら、飲み込まれてしまいそうじゃ。うむ……。今回は水のカラットの可能性か高いから、水の近くにあると思うのじゃが……。これじゃ、調べようにも近づけんの……」

 〝ぴぴ〟は少し考え事をしていたせいか、背後から迫る音に気がつかずにいた。

 その音は〝タッタッタッ〟という魔の音を立てて〝ぴぴ〟に近付く。

 〝ぴぴ〟がその音に気付いて振り向いた時には時すでに遅く、〝ぴぴ〟の体は蹴り上げられ、運悪く上を向いていた蛇口の水に当たり、そのままはね上げられ、これまた運悪く開いていた水飲み場の近くの窓から外に放り出された。

「ぎゃああああぁぁぁぁーーー」

 宙に投げ出された〝ぴぴ〟の体は裏庭の土の上に着地した。

「うわぁぁっと、ふぅ……体が柔らかくてよかったのじゃ」


「うん?」

「どういしたんだ、佐藤?」

「今何かつま先に……」

「ちょっと、佐藤くん!!廊下は走っちゃダメよ〜」

「はーい」

「気のせいだろ。何にも落ちてないし」

「だな」


「もう戻れないのじゃ……。小僧覚えておくのじゃ」

 悪役のような捨て台詞を吐くと〝ぴぴ〟は体についた土を手で払い落とし、とりあえず、戻れそうなところがあるかを探し始める

「うむ……。こんなところは初めてじゃから、右も左もわからないのじゃ……。こんな時にトランクがあればひとっ飛びなんじゃ……が……。トランク? あっ!?トランクがあるではないか」

 〝ぴぴ〟が愛用のトランクを出そうと大きく口を開けた時だった。

「あーーーあっ?」

 何か自分に注がれる視線を感じ、恐る恐るそちらを向く。

 そこには〝ぴぴ〟の倍以上の体の大きさを持つ真っ黒なカラスだった。

「な、何か、ワシに用かの?」

「……」

「お主はワシのことが見えるのかの?」

「……」

「人間には見えないはずなのじゃが……人間じゃないしの。まぁ、今はどうでもいいのじゃが」

「……」

「何もないのなら、続きをさせてもらってもよいかの?」

「……」

「……では、遠慮なく」

 その時〝ぴぴ〟は自分のある一点にカラスの視線が注がれていることに気付く。

「お主!こ、これはやらないからの」

 〝ぴぴ〟は自分の胸元についている小さなガラス玉を体で隠すようにしたが、カラスはそれが気に食わなかったのか、「カァカァ」鳴いて、羽根をバサバサと動かした後、一気に近付きそのまま〝ぴぴ〟の体を咥えるとバサバサと羽根を広げて、飛び立った。

「痛い痛い!!止めるのじゃ!!離すのじゃ!!」

 〝ぴぴ〟は抵抗できる範囲で足を動かしたり、手を動かしたりするが、カラスの咥える力は強く、ビクともしない。なすがままになっていると、カラスは目的地に近付いたのか、狙いを定めて急降下して行く。

「わぁぁぁぁぁぁ」


 気が付くと〝ぴぴ〟は卵と一緒にカラスの巣の中に入れられていた。と、卵と一緒に並べられている中に精巧に作られた綺麗なガラス玉があることに気付く。

「なっ!! これは探し求めていたカラットではないか!? こ、こんなところにあったとは!」

 思わず触りたくなる〝ぴぴ〟だが

「ダメじゃ、ダメじゃ!早くココアに知らせて浄化をしてもらってからではないと」と、思い留まる。

「それよりもここから出ないとじゃ」

 〝ぴぴ〟はそろりそろりと巣から出ていこうとするが、気がついたカラスに再び巣に戻されてしまう。

「うむ……。簡単には逃がしてくれぬということか。それなら……、強行突破じゃ!!!!」

 拳を作り、カラスに向かっていく〝ぴぴ〟だが、カラスにつつかれあっさりと負けてしまう。

「いたい!!痛いのじゃ……うぅ……。 こうなったら、最終手段じゃ!!」

 〝ぴぴ〟は口を大きく開け、口の中から愛用のトランクを出し、そのまま、トランクの取っ手の部分を持ちそれを縦や横に振り回しながらカラスに向かっていく。

「うおぉぉぉぉぉ」

 ただ肝心の〝ぴぴ〟は目をつぶってしまっているため、カラスに向かうどころか、あっちに行ったりこっちに行ったりの状態になってしまっている。

 カラスの表情はわからないが、そんな〝ぴぴ〟を呆れた様子で見ているようにしか見えない。

 その時だ。カラスのほうは油断し切っていたせいか、自由自在に動くトランクが自分に向かってくるとは思わなかったようだ。

 トランクが当たったのは一瞬の出来事でカラスもすぐに自分に何が起こったのかわからずにいた。

 気付いた頃にはトランクは2発、3発、4発と命中し、カラスはその場で気を失った。

 〝ぴぴ〟は振り回していたトランクに数回手応えがあったので、恐る恐る目を開けると、、そこにはいつのまにか気絶しているカラスの姿があり、これはチャンスだと、トランクのロックを外し、広げるとさっさと乗り込んだ。

「や~い!ワシを捕まえたからバチがあたったのじゃ!さらばなのじゃ~」


 自由に動けるようになった〝ぴぴ〟はココアの教室に向かう。

 廊下に点々といる先生達を上手く避けながら、

「ココア!ココア!カラットあったのじゃ!ココア!」

 〝ぴぴ〟は飛び込むように教室に入るがそこには人っ子ひとりいなかった。

「ココア……、どこに行ったのじゃーーーーー!!!!」

 〝ぴぴ〟はヘナヘナとその場に座り込む。

「ココア……、ワシにカラットを探させたくせに、置いてどこかに行ってしまうなど、ひどいのじゃ……。うぅっ……。 ……と、まぁ、こんなことをしている暇はないのじゃ!きっと、帰っているんじゃろう。ならば、家に帰るとするかの」

 〝ぴぴ〟はすぐに立ち直り、再びトランクに乗り込む。

「さあ、ココアの家に向かって、れっつごーじゃ」

 〝ぴぴ〟は指を指す

「違う!こっちじゃった」と、方向を変え、水を止めようと作業をする先生達を横目に、ココアの家に向かってトランクと一緒に学校を飛び出した。



 優雅に空中散歩をしながら帰宅する〝ぴぴ〟に黒い影を落とす者がいた。そう、「カァカァ」と鳴き、〝ぴぴ〟の更なる上を飛ぶそれは先程のカラスだ。

「あやつ、ワシのことを追いかけてきたのかの?」

 〝ぴぴ〟が上を見上げたのをいいことに、カラスは咥えていた枝を〝ぴぴ〟に向かって落下させる。

「ちょ!危ないではないか!?」

 カラスは〝ぴぴ〟への攻撃をやめることなく、少しの間消えては、どこからか拾ってきた小石や枝などを〝ぴぴ〟の真上から落としては攻撃を仕掛けていた。

「こうなったら、こっちにも考えがあるぞ!」

 〝ぴぴ〟は方向転換をすると、近くの公園に向かった。向かう場所は一つ、この公園のシンボル、大きなブタの滑り台だ。豚のお腹のあたりには穴が空いており、その中では砂遊びができるようになっている。ただ、砂場遊びよりも人気なのが、かくれんぼの隠れ場所として使われることだった。

 〝ぴぴ〟もしばらくの間身を隠そうと、ブタのお腹に入る。

「チィとばかし、ここに身を隠して、やり過ごすのじゃ」

 そう思ったのもつかの間、カラスは目を光らせ〝ぴぴ〟を見つけると、もったいぶるように、羽を広げては一歩進み、羽を広げては一歩進みと着々と〝ぴぴ〟との間合いを詰めてきていた。

「もう、なんなのじゃ!傷付けたことがそんなに気に食わなかったのなら、謝るから、もう追いかけてこないでほしいのじゃ!!!!」

 〝ぴぴ〟は再びトランクに乗り込み、ブタのお腹から出ると、カラスも再び〝ぴぴ〟の頭上から攻撃を始めた。

「なあぁぁぁぁ〜、やめるのじゃぁぁぁぁ」

 〝ぴぴ〟は真上や後ろに移動するカラスを確認しながらも人や電柱、時には家を上手く避けて行く。

 そんな追いかけっこが、しばらく続いた時だった。カラスは〝ぴぴ〟を追うことに夢中だったせいか、ガラス張りの家に〝ぴぴ〟が避けた瞬間、気付かずに激突し、そのまま、羽を動かすことなく地上に落下していった。

「ん?いつの間にかカラスが追っかけてこなくなったの。まぁ、よかったのじゃ、これで心置きなく、ココアの家に帰れるのじゃ」

 〝ぴぴ〟はほっと胸を撫で下ろし、今までの出来事は何処へやら、空中散歩をスイスイと楽しむことに切り替えていた。



「今日は本当に大変だったのじゃ。でも、まだカラットは回収していないからの。早くココアに回収してもらわないとじゃ。ココア〜、今帰ったのじゃ」

 〝ぴぴ〟はトランクに乗ったまま2階にあるココアの部屋を目指す。

「ココア!ココア!いないのかの?」

 〝ぴぴ〟は〝トントン〟〝トントン〟と窓を叩くが反応がない。

「ココア……、ワシを置いてどこに行ってしまったのじゃ?うさぎは寂しいと死んでしまうのじゃぞ……。ココア……」

 〝ぴぴ〟はその場に座り込むと今日一日で相当疲れていたのだろうか、気を失うように眠ってしまった。


「〝ぴぴ〟、〝ぴぴ〟!!」

「コ、ココア……?」

 何時間たったのだろうか、遠くからココアの声がしてそれに導かれるようにして〝ぴぴ〟は目を覚ますと、そこには帰りを待ち望んでいたココアが居た。

「よかった!起きた……。ごめんね。〝ぴぴ〟……、私が1人にしたから……」

「いや~、待ちくたびれて寝てしまったのじゃ」

「……。えっ!?」

 目の前のココアは目を点にしている。

「はぁ~、もう、心配して損したよ……。こんなに傷ついて帰ってくるんだもん。死んじゃったかと思った……」

「しん……死んだとは失礼な!!ワシがそんな易々と死ぬわけなかろう!!!チィとばかし、カラスと闘っただけじゃ」


 その後もココアと〝ぴぴ〟のやり取りは続く。


(いつも通りのやり取りも嬉しかったのはココアには秘密じゃ)

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