もしも明日死んでしまったら

 BTOBのメインラッパー、イルフンのラップが思いの外、重かった話。


 「I will be your melody」という企画で、イルフンがソロで歌っているラップがあるんだよ。韓国人気ラッパーBeenzino(ビンジノ)のカバーなんだけど、宇宙に浮かんでいるような不思議な浮遊感がすごく好きで、ときどき無性に聞きたくなるもんで、ふと思いついて、イルフンがオリジナルにどう手を加えて歌っているのかを調べてみたのね。


 そうしたら想像していたよりも深い内容が込められていて、それでなんか、なんか、えもいわれない気分になったので書く。


 内容はこうだ。「If I die tomorrow」、つまり、もし明日自分が死んでしまうとするならば、一体自分は何を考えるだろうというイルフンの正直な告白。


 決して明るい話ではない。「たとえ明日死んだとしても後悔しないで生きたいと思う」みたいな未来をもっとよくするための仮定としての死ではない。リアルに、明日死ぬ自分が思うであろうこと、残したい言葉、ほとんど遺書のようなもの。


 イルフンの世界認識について象徴的だなと私が思ったのは、「息をするのも負担になる世界だったよ」というところ。つまりはそういう日常なのだ。彼にとっての現実とはね。手を変え、品を変え、あれこれと語られる苦労話の数々に、それはそうだよねと納得するしかない。舞台裏の映像を含めた公式動画を見ているだけでもほの見えてくる、K-POP界隈の厳しい現実を思うなら。


 才能についての自己認識の話もつらかった。イルフンが自分を自分で特別というわけではないと評価するところ。残念ながらそれは私の彼に対する評価とも同じで、同意できてしまうからこそ慰めようのない話で。すごく好きな、本当に、上から数えた方が早いようなお気に入りのラッパーさんではあるんだけども、彼は世界のトップに躍り出るような鮮烈な才能の持ち主ではない。


 いろいろと胸に迫った部分はあるんだけども、私がいちばん心惹かれたのは、イルフンは死によって現世を離れることに一種の清々しさを感じている点。


 後悔もある。心残りもある。大切な人も、可愛い2匹のペットもいる。「すべてのものをおろしてもまだ重い心」だって。


 でも彼は旅立つ気、満々なのだ。残される人々の悲しみをわかっていも、お別れを言って、忘れないでと言って、むなしさの中で心臓の音が止まるのを待っている。新しいところに行くために。


 オリジナルのビンジノが紆余曲折の自分の人生を振り返って、最後には「この歌の中に自分がいる」と歌い残す、どこか死を吹っ切るような洒脱な明るさがあるのに対して、イルフンのラップがリードする同じBGMはまた違った明るさを見せている。まるで暗く重苦しい雨雲の向こうに広がる青空が一層美しくあるような。


 生きながらにして、今まさに死んだかのような気持ちを歌っているイルフン。その彼の姿に、空を突き抜けて、地球を離れて、どこか遠いところ、静かな果てしない未知の世界に漂っている開放感を、私は感じ取っている。


 「宇宙に浮かぶような浮遊感」だと思った私の印象の源は、たぶんここにある。


 そこにあるのは希望じゃない。明るい話じゃない。「これでおしまいです」という、苦労や努力の終着点のことで。


 死にかけたわけではないけれど、意識を失いそうになったときの私の心持ちと、とても通じるもので。


 もちろん、ここまで私が語ったことはすべて誤解で、イルフン本人がラップに込めた思いはまた違うかもしれないけれど。でも、私の心を重ねても違和感ないほどに、イルフンのラップは、声音は、音楽は、とてもスッキリと死を歌い上げている。


 ああ、たしかにイルフンは私のメロディーになってくれたのだ。だから私はこの歌が好きなのだ。だからこそ折に触れて思い出して、なんとなくその世界観に浸っていたくなるのだね。



【参考】YouTube 公式動画

BTOB - 너의 멜로디가 되어줄게 Season2 (I will be your melody_Pt.6)

歌がはじまるのは0:45あたりから。

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歌とダンスと天才たち 千暁 @1000dawn

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