第40話(最終話) プリティ・イン・ピンク
――十二月二十四日、東京のオフィス。
「峰山さん。今日こそは残業ですよね?」
終業間近のオフィスで年下上司が俺に話しかけてきた。
目が横にほそ~くなっている。
ネチネチ感五割アップだ。
「申し訳ございませんが、今日は約束があるので定時で帰らせていただきます」
年下上司はむっとして言い返す。
「約束ぅ? 独身で年食ったあなたにクリスマスイブの約束なんてないでしょう!」
「ふふっ……ふふふふふ……」
思わず笑いがこぼれてしまった。
愚かなり! 上司!
四十歳独身貴族にも春が来ることはあるのだよ。
冬来たれば、春遠からじ。
幸せの天使は、誰の所にも訪れてくれるのさ。
「……何笑ってるんですか!」
「すいません。失礼しました。実は今日は彼女の誕生日でして! お祝いをしないと!」
そう。
今日は愛しのサラの誕生日なのだ。
誕生日がクリスマスイブだなんて、サラは生まれた時から神に愛されているんだな。
イエス! タカスクリニック!
「あのねぇ……峰山さん……。そんな見え見えのウソは――」
年下上司がネチネチと嫌みやら何やら言いそうになると職場のみんなが強引に言葉をかぶせてきた。
「へー! 峰山さん彼女が出来たんですか!」
「良かったですね!」
「それは早く帰らないとですよね!」
「帰って! 帰って! 彼女さんを逃がしたらダメですよ!」
「いや~ありがとうございます! みなさん、ありがとう!」
なんと言う暖かい職場!
ハートウォーミングな展開に、サンタクロースもブーメランビキニに着替え中だ。
まあ、若干一名のみ渋い顔をして、デスクで腕を組んでいるが。
「それでは、皆さんのお言葉に甘えて定時で帰らせていただきます。お疲れ様でした!」
俺が荷物を持って立ち上がると、周りのみんなも立ち上がった。
「お疲れ様でーす!」
「私も定時で失礼しまーす!」
「良いクリスマスイブを!」
「メリクリ! イブイブ! 定時でーす!」
ちらっと振り向いてオフィスを見ると、年下上司だけがデスクにいた。
「今日も残業する気ですか? あなたも帰ってご家族と過ごしたら?」
何気なくかけた俺の言葉に、年下上司は心底嫌そうな顔をした。
ああ、家庭に自分の居場所がないタイプなのね。
俺たちを『家に帰りたくない残業』の道連れにしたかったのかな?
まあ、そんな事にはかまっていられない。
サラが家で待っているのだ!
*
会社帰りに買い物! 買い物!
俺は山のような荷物を持ってマンションに帰ってきた。
今日はサラのお誕生日でクリスマスイブだからな!
漏れがあっては、ならないのだ。
「ただいま~♪」
「ご主人様! お帰りなさい!」
パタパタとスリッパを踏みならしながら、サラが小走りで迎えてくれる。
ああ、白のモコモコ・ニットが似合っていますね~。
「わあ! 凄い荷物ですね!」
「今日はサラのお誕生日だからねえ。ほら! 不二家のショートケーキも買ってきたよ!」
「大好きなのです!」
サラはネクターが好き。
ネクターは不二家。
そこから不二家のケーキも好きになってしまったのだ。
注文しておいたホールのイチゴショートケーキを会社帰りにピックアップ。
サラは早速箱を開け、テーブルにケーキを載せる。
「ぺこちゃんなのです!」
もちろん、『お誕生日おめでとう』のぺこちゃんチョコレートプレート付きなのである。
四十歳独身貴族、そこは抜かりないのだ。
サラは子供のように大喜びをしている。
ふっ……この笑顔の為に俺は生きているのだ。
大急ぎで着替えて、買ってきたフライドチキンをテーブルに並べる。
「不思議なのです。どうして日本人は、くりすますいぶに鶏肉を食べるのですか?」
「えーと、何でだろうね……」
なぜ我々はクリスマスやイブになるとチキンを食べるのだろうか?
アメリカでは七面鳥――ターキーを食べると聞く。
まあ、七面鳥なんて、でかくて見た目も恐ろしげだからな。
俺はイマイチ食べる気がしない。
「鶏肉は大好きなので嬉しいです!」
「そうか! そうか! それは良かった!」
ほれ見ろ!
大正義チキン様だ!
ゲラウ! 七面鳥!
貴族家なのに、非常に日本庶民的な食卓をサラと囲む。
十二月初旬に陞爵をして男爵となった。
だが、男爵になった事を実感するシュチェーションは、今のところない。
いつものように会社に行き、年下上司にネチネチと嫌みを言われる。
定時で帰りサラと一緒に食事をし、一緒に風呂に入って、一緒に眠る。
週末はバルデュックの町に遠征して、ジャージ生地やパワーストーンを商う。
平凡な平日と非凡な週末の繰り返し。
忍耐と幸せ。
薄給と金貨の山。
ふとテレビを見ると、古い恋愛映画が流れている。
プリティ・イン・ピンクだ。
ダッキーが激しく歌いながら階段を駆け下りてくる。
ここ最高に良いシーンなんだけど、残念だったなダッキー。
オマエはヒロインと結ばれない。
しかし、あのジェームズ・スペイダーが……。
ボストン・リーガルやブラック・リストのジェームズ・スペイダーが……。
プリティ・イン・ピンクに出ているとはねえ……。
まだ、髪の毛があるジェームズ・スペイダーって貴重だな。
「あっ! そうだ! ご主人様! 今日、王様がいらっしゃいました!」
「また来たのか!?」
ミネヤマ辺境開拓騎士爵領改めミネヤマ・マヨネーズ男爵領には、国王陛下がお忍びでやってくるのだ。
そういや似てるな。
国王陛下とジェームズ・スペイダー。
もちろん髪の毛がない方のジェームズ・スペイダー。
国王陛下に唐揚げとマヨネーズのレシピを献上したのだが、王宮料理人だけで作ったら味がイマイチらしい。
晩餐会の時は、作り慣れているサラや女冒険者三人組が指導したり、手伝ったりしたからね。
唐揚げ粉やマヨネーズは、俺が日本のスーパーで買って持ち込んだし。
晩餐会の時の味を再現するのは難しいよな。
そこで国王陛下がミネヤマ領まで、わざわざ唐揚げとマヨネーズを食べに来る訳だ。
王宮の料理人は、まだ研鑽が必要だね。
「なんかですね。お隣のバルティック男爵家は、従兄弟が継ぐことになったそうですよ」
「ふーん……。王様が教えてくれたのか?」
「そうです」
結局、問題を起こしたバルティック男爵は、当主引退になったのだが、その後継が従兄弟か。
あのガマガエルの従兄弟……どんなヤツなんだろう。
こんどは普通にご近所付き合い出来る人だと良いな。
「今日は、お店はどうだった?」
帰ってくるとサラのお店『魔の森の定食屋さん』の様子を聞くのが日課だ。
相変わらず繁盛していて、奴隷商人のブッチギーネから新しい奴隷を購入した。
ただし、奴隷選びはサラが行い。
俺はノータッチ。
なぜか恰幅の良いおばさん奴隷が増えた。
解せぬ!
オリガさんたち女冒険者三人組は、何にも出来なかったな……。
どさくさ紛れで良いから、お尻を撫でるとか、パイタッチとか、何かやっとけば良かった。
「ご主人様……何かエッチな事を考えてましたね?」
サラのヒヤリとする視線が飛んでくる。
恐ろしいほどの勘の良さだ。
「イイエ、ナニモ、カンガエテ、イマセン」
「まあ、良いでしょう……。今日は、オリガさんたちが冒険者の日だったので、お店はちょっと大変でしたね」
「ああ! そうか! 今日は冒険者の日か!」
オリガさんたち女冒険者三人組は、奴隷から解放した。
バルデュック男爵家から俺に金銭が支払われたので、三人は晴れて自由の身となったのだ。
三人は義理堅くて、魔の森の定食屋さんの新人奴隷が慣れるまで一日おきに店に出てくれることになった。
昨日、三人はお店に出たので今日は冒険者になってダンジョンに潜っていた訳だ。
「新人はどう?」
「うーん、新しい料理に戸惑っているみたいですね。でも、ジャガイモをむいたり、お肉を切ったりと仕込みでは即戦力ですね」
「それなら良いか!」
「はい。客あしらいも上手いです。新しい料理に慣れれば、問題ないです」
「そうか! そうか! それは良かった!」
サラもだんだん経営者っぽくなってきた。
成長している。
サラの成長が頼もしくもあるし、嬉しくもある。
このまま順調に成長してくれれば、俺のパートナーとして一緒に男爵領を切り盛り出来る。
ブッチギーネから買い取った時と比べて見違えたよな。
さあ、食事も終わったし、ケーキも食べ終わった。
そろそろプレゼントを渡そう。
「サラ……」
「なんですか? ご主人様」
うっ……なんか緊張する!
四十歳独身貴族は、女性にプレゼントを渡すなんてしたことがないのだ。
バレンタインデーのお返しギフトさえも拒否される事しばしばの私。
今日は拒否されませんように!
「今日はサラのお誕生日なので、サラにプレゼントがあります!」
「本当なのですか!」
俺はプレゼントを鞄から取り出す。
小さな四角いティファニーブルーの箱に、光るシルバーのリボン。
そっと小箱をサラの手に載せる。
さらは両手で小鳥を抱くようにプレゼントを受け取った。
「開けても良いですか?」
「ん……」
サラの白く長い指が、リボンをほどき、淡いターコイズの箱を開く。
中から美しい銀の指輪が顔を出し、サラが息を呑む。
「……!」
「ヨーロッパと言う地方では、『十九歳の誕生日に、銀の指輪を贈られた女の子は幸せになれる』と言い伝えがあるんだ。十九歳の誕生日おめでとう!」
サラに贈ったのは、青いアクアマリンが入ったシンプルな指輪だ。
俺はやさしく指輪をサラにつけてあげた。
「は~、もう私は幸せなのです……」
サラは指輪を眺めて喜んでくれている。
良かった!
気に入ってくれたようだ。
「それから、もう一つ……」
「?」
俺はサラに近づき『奴隷の首輪』に手をかけた。
そしてサラに奴隷から解放する事を告げながら、『奴隷の首輪』を取り外した。
「サラを奴隷から解放する」
「!」
サラが驚いて俺を見る。
目が見開かれ激しい動揺が見て取れた。
「ご主人様! もう、私がいらないのですか? もう、お別れなのですか?」
サラがこんなに驚くとは思わなかった。
俺はサラをなだめる為、優しく語りかける。
「違うよ。サラ、俺と結婚してほしいんだ。俺の奥さんになって欲しい」
「えっ!? 私がですか!?」
「そうだよ。結婚するのに奴隷と主人じゃおかしいだろう? だから奴隷から解放したんだ」
「けど……、私は奴隷ですよ……」
「もう、奴隷じゃない。一緒にミネヤマ男爵領を盛り上げて……いや違うな。一緒に幸せになろう! 俺はサラと一緒に幸せになりたいんだ! 俺と結婚してくれ!」
俺はサラの手を握って一生懸命話した。
奴隷と主人と言う立場を離れたら、サラはどこかへ行ってしまうのではないか?
サラは俺と結婚するなんて嫌なんじゃないか?
そんな不安があった。
けれどもサラは、俺の気持ちに笑顔で応えてくれた。
「はい! ご主人様! 幸せになります!」
サラは、頬が少し赤くなって、今まで見たことのない幸せそうな笑顔を見せてくれた。
テレビの中では、映画はクライマックス。
夜の駐車場。
ヒロインが王子様役の俳優と車の中でキスをしている。
映画のエンディング曲は、サイケデリックファーズのプリティ・イン・ピンク。
俺たちの部屋にドラムとギター、そしてサックスの音が響く。
あの日、開いた異世界へのドアは、俺とサラを引き合わせた。
平凡な四十歳独身サラリーマンの俺が、十八歳の声の出ない奴隷を買い取った。
小さな奇跡は、あの時から始まったのだ。
明日、会社に行けば上司にネチネチと嫌味を言われるだろう。
満員電車でかき回され、取引先からの電話に翻弄され、嫌な仕事でクタクタに疲れるだろう。
大して感謝もされず。
尊敬もされず。
怒鳴られ、どやされ。
それでも仕事は続くだろう。
けれど、家に帰ればサラがいる。
ドアをくぐれば、俺の領地がある。
サラの笑顔に癒やされ、俺の領地は発展する。
物語はいつだってハッピーエンドさ。
- The End-
俺がマヨネーズ男爵だとぅ!?~異世界でおっさん領主は奴隷ちゃんと結婚したい 武蔵野純平@蛮族転生!コミカライズ @musashino-jyunpei
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