Nの独白

Rが死んだ。 その知らせを聞いた時、不思議と胸のすく思いがした。 俺とRは、かつて親友と呼べる仲だった。 そして今はもう、その彼はこの世にいないのだ。 その事実が、俺を可笑しな気分にさせる。俺は、人間関係で絶対にミスを犯さないように、常に気を張って生きてきた。そんな人生で、たった1度だけ、大きすぎるミスを犯したことがある。 あれは、中学3年の夏のことだった。 朝、歩き慣れた通学路。昨晩の大雨が嘘のように、空は晴れ渡っていた。 道路の真ん中に、カラスの死骸が落ちていた。いや、落ちていたと言うには流石に位置が整いすぎていた。轢死体のようだったが、道路に血は一滴も落ちておらず、死骸はまるで供え物のようだった。 雨が洗い流したのか、あるいは、誰かが。 いつもの俺なら軽く胸を痛ませながら通り過ぎていただろう。しかし、その日の俺は 、ある種異様な高揚感に包まれていた。理由は分からない。まあ、強いて言えば、太陽のせいといったところだろう。 3年の引退を目前に控えたサッカー部では、朝練が朝の7時から行われていた。キャプテンの俺は、他の部員よりも早く登校する。 片手に、カラスの死骸を持って。 カバンに隠そうと思ったが、臭いが付くのが嫌だった。それに、別に見つかってもよかったのだ。埋葬すると言えば、それで終わる話だ。 3-1の教室に入った俺は、Rのロッカーにカラスの死骸を投げ入れる。Rのことはよく知っているし、あいつはジョークが好きな男だ。これくらいの悪ふざけ、笑って流してくれるだろう。そんな現実の見えないイカれた男が、当時の俺だったなんて信じたくもない。しかし、それが真実だ。 俺はイカれたクソ野郎。それが俺の本質。 いくら汚れていようとも、それが自分。 背負わなければならない、俺の罪だ。 そこから先の展開は、正に理想と正反対とでも言うべき酷いものだった。 Rは傷つき、誰も笑わなかった。 学年集会が開かれ、犯人探しが行われ、結局不審者の仕業ということで幕が下ろされた。犯人は、ここに居るのに。 サッカー部の理想のキャプテン、クラスの人気者、そして、Rの親友。そんな俺の仮面に、罪人という新たな1枚が追加された。 Rの進学の話を聞いたのは、一昨日の朝だった。もう、Rと一生会うことはないのではないか。そんな考えが頭をよぎる。 ならいっそ、全てを打ち明けるべきなのではないか。そうすれば、俺の長年の悩みはひとつ解消されるのでは? そんな浅薄な思いで、俺はRへのメールを打ち始めた。


『大学合格の話聞いたよ。おめでとう!A大学に進学するってことは、A県に住むんだよな?もう3年近く会ってないけど、気軽に会えなくなるってのは寂しいな。 中3で進路が分かれることを知った時は結構ショックだった。お前とは高校でも一緒だと思ってたから。進学校に進むお前についていけなかった自分を憎むべきだったのかもしれないけど、俺も青かったんだ。あの時はごめんな、今更だけどさ。 今日いきなりメールを送ったのは、謝りたいことがあるからなんだ。高3の夏、お前のロッカーにカラスの死骸が入ってたの、覚えてるか? あれ、俺がやったんだ。ほんの出来心だったんだけど、結構大事になっちゃって言い出せなかったのが心残りだったんだ。 こんなのただのエゴだって分かってる。でも、吐き出しておきたかったんだ。ごめんな、本当にごめん。許してもらえるなんて思ってない。それでも、弱い俺をどうか許してくれ。要件はこれだけだ。合格おめでとう。達者でな』


薄汚いエゴで塗り固められた、醜さが透けて見えるような最低なメッセージ。 でも、これが俺のRへの気持ちの全てだった。親友だったなんて口が裂けても言えない。俺は、狡くて汚れた男だ。 あいつが俺のメールを読んだかなんて分からない。 ただ、ひとつ願うとしたら。 死の直前、あいつが見た走馬灯が、幸せなものだったことを願うだけだ。

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