餞別
夕凪
餞別
歩き慣れた街は、閉塞感を感じさせる。
自分は何処にも行けないのだと思い知らされる。
いつからか、この街を出ることが、生きる目標になっていた。
そして今日、その夢が叶う。
大学受験を終え、A県行きの夜行バスを待つ僕に、一通のメールが届いた。
差出人は中学時代の友人、Nだった。
『大学合格の話聞いたよ。おめでとう!A大学に進学するってことは、A県に住むんだよな?もう3年近く会ってないけど、気軽に会えなくなるってのは寂しいな』
Nとは中学時代、親友と呼べる仲だった。
明るく友達が多いNと根暗で本ばかり読んでいた僕とでは、まるで釣り合いが取れないように思えた。しかし何故だかNは僕のことをいたく気に入っていたらしく、頻繁に声をかけてきた。意外にも本好きだったNとは共通の話題が出来たことで一気に関係が進展し、1年の後期からは毎日一緒に下校するほどの仲になっていた。2年からは文芸部だった僕とサッカー部でレギュラー争いをしていたNとの間に下校時間のズレが生じたため毎日とはいかなくなったが、それでも時間が合った日は一緒に帰っていた。
『中3で進路が分かれることを知った時は結構ショックだった。お前とは高校でも一緒だと思ってたから。進学校に進むお前についていけなかった自分を憎むべきだったのかもしれないけど、俺も青かったんだ。あの時はごめんな、今更だけどさ』
そう、中3の時、進路の件でNと喧嘩をしたんだ。Nが地元のスポーツで有名な高校に推薦で進学を決めていた冬、僕は少し離れた進学校を受験することをNに打ち明けた。それが喧嘩の発端だった。高校受験でありがちな、友達同士のいざこざだ。
その後、無事に仲直りしたのだが、どこか気まずさが残ったままだった。卒業式が終わり挨拶を交わしてから今に至るまで、遊ぶことはもちろんメールでやり取りすることもなかった。
『今日いきなりメールを送ったのは、謝りたいことがあるからなんだ。高3の夏、お前のロッカーにカラスの死骸が入ってたの、覚えてるか?』
そんなこともあった。クラスでも浮いている方だったので、多少のイジメは覚悟していたが、あまりにも惨いやり口に動揺、いや怯えを感じたのを覚えている。
『あれ、俺がやったんだ。ほんの出来心だったんだけど、結構大事になっちゃって言い出せなかったのが心残りだったんだ』
本当に今更だな。ショックだし、何様のつもりなんだ。
不満が心から溢れ出して止まらない。
『こんなのただのエゴだって分かってる。でも、吐き出しておきたかったんだ。ごめんな、本当にごめん。許してもらえるなんて思ってない。それでも、弱い俺をどうか許してくれ。要件はこれだけだ。合格おめでとう。達者でな』
要件はこれだけだ?よくそんな言い方ができたものだな。こんなものは薄汚くて狡くて醜い油まみれのエゴだ。Nが進学するのか就職するのかしらないが、節目に全部吐き出してスッキリしたいってことか?ふざけるな。そんなことは許されない。罪人は一生罪を背負い続けるのが唯一の償いだ。
だが、そんなNともこの街とも今日でサヨナラできると思えば、このクソッタレなメールも餞別と思えなくもない。
新しい地で、新しい自分になろう。
強く正しい、人に優しい大人になろう。
汚れた世界から、綺麗なものを救える人間になろう。
そう、心に決めたのだから。
スマートフォンの電源を切りコートのポケットにしまった、丁度その瞬間。
夜行バスが、ターミナルに向けて速度を落とさずに突っ込んでくる。
頭は逃げろと信号を送ってくるが、身体が思うように動かない。
衝突の直前、ヘッドライトの光。
脳内を駆け巡った走馬灯の大部分を占めていたのは、Nとの思い出だった。
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