学校一の美女が二人いるらしいのだが?

四方山次郎

第1話

 今年の新入生には絶世の美女が二人おり、やけに盛り上がっているという話が話題になっていた。一人は石動いするぎユリ、もう一人は井伏真澄いぶせますみという名だ。

 石動は一部上場大手メーカーの娘でありその気品の高さはものを拾う行為からもわかるという。対して井伏は地元某組合の孫娘であり、荒々しくも正確無比な言動は先代組長の血を強く受け継いでいるらしい。

 前者は艶やかな黒髪を肩まで伸ばしその翻させる仕草と黒く透き通った瞳はどんな男でも射ぬき、後者のキリリとした勇ましい眼光はどの不良をも凍てつかせた。


 全校生徒の注目の的である彼女らの情報を誰もが欲している。新聞部員の井ノ川いのがわは「新入生二大美女、徹底解説!」という見出しで校内新聞を作成しようと考え、テスト週間であることも気にせず早速行動に移した。




○○○




 情報収集を開始した井ノ川はすぐに緊急事態に陥った。

 石動について聞いて回っていると髪を七三に分けた生徒たちに囲まれ次の瞬間には体育館の舞台裏に連れ込まれてしまった。現在、生徒たちからは「なに嗅ぎ回ってんだ?」や「お前生きて帰れると思うなよ?」などと脅しをかけられている。


 彼らは石動の親衛隊か何かなのだろうかと察した。もしくは石動はただの令嬢などではなく、裏から人々を操る権力を持った人物であり、この学校もその手中に納めている人物なのであろうか。いずれにせよ自分はピンチに陥っている。この場から逃げるため、井ノ川は必死に頭を働かせた。


「その方が私のことを嗅ぎ回っている人?」


 頭を捻っているうちに女性の声が舞台裏に響いた。

 井ノ川と彼を囲っていた全員が声のする方を向く。そこにいたのは学校一の美女が一人、石動ユリであった。


 「石動さま!」「芍薬しゃくやくのような石動さま!」と各々が声をあげる。石動はゆっくりと井ノ川へ近づいてくる。その歩く姿を見て取り巻きたちは「百合の花だ……」「美しい……」と声を漏らす。何人かが気を利かせてふっくらとした肘掛けつきの椅子を用意すると彼女はそれに深く腰を下ろした。取り巻きが「牡丹ぼたんだ……」「まるで牡丹のようだ……」と呟く。


「あなた、名前はなんというのですか?」

「俺は井ノ川という」

「謙譲語を使え!」

「名刺を出せ! 無礼だぞ!」

「いや、生徒手帳を出せ!」


 男たちは罵声を浴びせ学ランの内ポケットに入っていた生徒手帳を無理矢理奪い、石動に献上した。


「あら、2年生の方でしたか。これは失礼いたしました。さて、なぜ私のことを調べていらっしゃったのですか?」


「俺は新聞部に所属している。石動さん、あなたは学内でもかなり有名になっている。我が部としてもあなたのことを記事にしたいと思って……」


言葉の途中で近くにいた男に「敬語を使え」と胸ぐらを捕まれるが、石動がそれを手で制止する。


「それは素晴らしいことですね。入学したばかりの私が校内紙に載るなんてとても名誉なことです」


 石動は、堅物なイメージがある令嬢の表情を崩し可愛らしい少女のような笑顔を見せ、「しかし」と続けた。


「あまり変なことを書かれるのは私としてもあまり気分が良くないのです。掲示される際にはこちらの検閲を通してからでも構いませんか?」


「それはもちろん。より良い学校生活を送るための校内紙です。そんな他人を誹謗中傷することはしませんよ、ははは」




○○○




「めっちゃめちゃなことを書いてやる。メディア舐めんなよあのお嬢様がぁ!」

「先輩、うるさいです。静かに書けないんですか?」


 井ノ川が石動への怒りを原稿用紙へぶつけていると後ろの席で作業をしていた皆川みなかわが呆れたように問いかける。彼女は新聞部の新入部員であり、テスト週間で一般的に部活動を禁止されているにも関わらず部室へ来て作業を行い、やることがないときは試験勉強をし、井ノ川に付き合っている。

 のほほんとした性格の彼女だが、その実力は入部したばかりであるにも関わらず、情報の分析能力、表現能力の高さを認められ、本来数ヵ月の経験を積んでから行う新聞作成の仕事を任されるほどであった。



「『つくる』って行為はな創作者の思いの丈が必要なんだよ! ほら、任せた。これで原稿をまとめておいてくれ。ああ、あと石動たちを納得させる用の別の文章も作っておいてくれ」

「先輩はどこにいくんですか?」

「井伏真澄のところだ」

「危なくないですか? 井伏さんって喧嘩っ早いらしいじゃないですか。てかどこにいるか知ってるんですか?」

「バカと煙は行くところが決まってるんだ! 問題ない」




○○○




 目的地である学校の最上階にたどり着いた井ノ川は何ヵ月も前に不良にぶち破られそのままになっている扉を跨いで屋上に出た。出た途端に上から降ってきた何かに押し潰され「ぐえっ」と変な声を出した。


「おうおうおう、お前さん誰の許可とってオレらのシマに入ってきてンだよ? あぁん?」


降ってきたそれはうつ伏せに倒れていた井ノ川を仰向けにし再度のし掛かる。降ってきたものの正体は一昔前のドラマに出てくるようなリーゼントヘアーの不良だった。


「井伏……真澄さんから、許可をもらいました」


 突発的に捻り出した嘘であったが、井伏真澄の舎弟しゃていであるならばこの言葉には怖じ気づくだろうと思い発した。しかし、上に乗っかっている男は怒りの形相をさらに歪ませ般若と化した。


「あのクソ忌々しい一年の女かッ!! オレらのシマを勝手に荒らしやがった! お前あいつの仲間かッ!?」


 井ノ川の勘は外れていた。手が早いことで有名な井伏真澄ならもうすでに屋上の不良たちも掌握しょうあくしていると思い込んでいたがまだだったようだ。


「丁度いい。おめえをシメれば少しはスッキリするかもなぁ!」

「ご、ごめんなさい! 嘘です! 俺は井伏真澄と何ら関係ありませんッ! 許して!」

「あぁん? お前オレに嘘ついたのかよ? じゃあ嘘ついた罰でシメるかぁ」


 「おうよ! おうよ!」と他の不良たちも続々と集まってくる。これはさすがにヤバイと感じた井ノ川だったが、不良の全体重でのし掛かられておりピクリとも動けない。不良が腕を振り上げた瞬間から目に見えるすべてがスローモーションに写った。


 ああ、これは死を覚悟したときに見えるというあれか、とぼんやりと考えていると不良の背後にセーラー服の生徒が近づいてくるのが見えた。

 その生徒はのし掛かっている不良の後ろ襟を掴み、一気に引いた。引っ張られるがままの不良の顔面に左の拳が下に振り抜かれる。揺れる前髪の隙間からその女子生徒の眼光がギラリと光ったのを井ノ川は見た。

 他の不良たちは何か声を発しながら殴りかかるが、彼女はそれを半身でかわすか腕で受け止め、カウンターを決めていく。一人、また一人と倒れていく。気がつけば立っているのは彼女一人だけになっていた。



「あんたはなんだ? こいつらと縄張り争いしてた風には見えないけど」



 鋭い眼光で井ノ川を見下し問いてくる。

 息を飲んだ。下手な回答をすると拳が飛んでくる。ここは素直に、丁寧に言うしかないと覚悟した。


「井伏真澄さんですね? 俺は、ただの新聞部員だ。君を取材させてくれないか?」




○○○




「それで何か得られた情報はあったんですか?」

「井伏真澄の好きな小説家は井伏鱒二いぶせますじだった」

「ギャグで言ってますそれ?」



 部室に戻ってきた井ノ川は、保健室でもらってきた氷袋を顔に乗せ患部を冷やしながら三つ並べた椅子の上に横になっていた。


「大真面目だよ。井伏真澄が井伏鱒二を好きだって聞いて思わず噴いちゃって。そしたら一発ノックアウトだよ」

「情けないですね。ボコられたあげく成果がそれだけってジャーナリストとしてどうなんですか?」

「俺はただの新聞部員だ。ジャーナリズムがどうとかは関係ない」

「創作者の思いの丈がどうこうとかいってたくせに」

「うるせえ。それより頼んどいた原稿はできたのかよ?」

「はいどーぞ」

「ここに乗せんな濡れちゃうだろが」


 氷袋の上に原稿の束を置かれ苦言を呈する。井ノ川は起き上がり早々とその原稿に目を通していく。


「なかなかいいじゃないか。この内容なら石動たちも納得してくれそうだな。あとは実際に新聞に載せる記事…………と、ちょっといいか? タイトルについてなんだが」

「なにかありましたか?」

「いや、『新入生二大美女』って書くところを『学校一の美女、石動ユリ』って書いてあるんだが」

「それでいいんですよ」


 皆川はにっこりとした純白の笑顔で言った。


「この学校の美女は石動さまただ一人ですから」



 刹那、井ノ川は椅子から飛び上がると皆川から距離をとった。


「お前、石動グループの密偵だったのか」

「この学校を統べようとしている人が学校の情報を扱う機関である新聞部に近づかないわけないじゃないですか」

「やはり石動にはそんな思惑があったのか。こんなことをして部長たちが黙っているはずがない」

「あ、部長ほか幹部の方々はすでにこちらの手に落ちています」

「なんだと!?」

「いや~新聞部ってなかなかすごいんですねぇ。全校生徒の個人情報だけでなく弱みさえも押さえているんですもん。それを引き合いに出せばあとは簡単です」


 すでに新聞部としては石動グループの配下になっているということか、と井ノ川は理解する。さらに追い討ちをかけるように皆川は言葉を続ける。

 

「ちなみにあなたの弱みも聞き出しましたよ。入浴時に股間を10分以上かけて洗う異常な執念、そしてそれがもとになって一時期酷く痛い思いをしていたこと、漫画のキャラに憧れて身体にマジックでホクロをたくさん書いていたこと、他にも人に言えないあんなことやこんなことまでも」


「この外道がぁああぁあああああ!!」



 井ノ川は叫んだが、そのあとすぐ黙るとニヤリと笑みを浮かべた。



「……とでも言うと思ったか?」

「なんですか……?」

「俺は用心深いタチでね、自分に関する情報をそんな簡単に見られないようにしてんだよ。他の部員の秘密は知れたかもしれないが、俺に関するその情報はすべて俺が自分で仕込んだガセネタだ! まさかこんな形で効果を発揮されるとは思わなかったがな!」

「やはり先輩は一筋縄ではいかないですか……。しかし、この情報が嘘であれ本当であれ、受け取った人はそれっぽいことを信じてしまう! そうですよね? あなたの印象、酷いことになりますよ?」


 皆川は井ノ川がどんなに不利な状況にいるか理解させようと言葉を畳み掛ける。それに対し井ノ川は顔の前で人差し指を振りながら「チッチッチッ」と発した。


「そんなフェイクニュースに踊らされる人間の罵倒など俺には痛くも痒くもねぇ!」

「この変態めっ!」と皆川は悪態をつく。


「残念だよ、皆川。お前はいいジャーナリストになれると思っていたんだが」

「こっちから願い下げですよ。人の隠し事を暴いて喜んでいる陰湿ナルシストの仲間なんて!」

「……2年前の小説の新人賞最終選考」

「え?」


 その言葉を聞き皆川は驚きの表情を見せる。


「類い稀な心理描写、読む人を最初から最後まで楽しませるエンターテイナー力、前途有望な中学生だったその子はその最終選考で落ちて以降、小説を書けずにいた。小説家になれるかもしれないという希望を見出だせた瞬間に立ちふさがった壁、そんなことよくあるものだが精神的に幼かった彼女は立ちすくんでしまった。そんな彼女の前に現れたのが、石動ユリ。彼女が君を慰めてくれたんだろう?」


 皆川は目を伏せていたが、わなわなと震えるその身体の様子から感情を押し込めようとしていることが伺える。そう、これは井ノ川が事前に調べていた皆川の情報だった。


「そして彼女は君の拠り所となった。石動が生徒会長選挙の際に使用された原稿などは君が書いたものじゃないのかな? 人々を魅了する文才、そして彼女のカリスマ性が合わされば敵なしさ。なにもそれが悪いことではない。救ってもらったことに恩を感じ、返そうとすることは重要なことだ」


「知ったような口を利くなぁああぁああああ!!」


 皆川はポケットから万年筆を取りだし井ノ川に襲いかかった。ペン先が井ノ川に向かう。しかし、井ノ川はガードしようとせず、ペンはそのまま井ノ川の左胸に突き刺さった。


「うっ!」

「あっ……!」


 井ノ川が小さな呻き声をあげると皆川はすぐに自分のしたことの恐ろしさを理解し、恐怖した。ペンが手から滑り落ちカランと音をたてる。


「ペンは剣よりも強しとは言うが、やはり物理的にあまり強くないな」

「う、あ……。先輩、ごめんなさい……。私……」

「気にするな。こんなものへでもない。むしろ傷がついてくれれば身体にホクロがひとつ増えたみたいで嬉しいくらいだ」


 井ノ川はそう言うと落ちたペンを拾い、皆川へ渡す。


「ペンの強さは文字に起こしてこそその威力を発揮する。特に、君のような人が書いた言葉がな。だから、その力の方向性をしっかりと意識しなければいけない。石動のやっていることはその方向性が少しよろしくない。石動ユリは力を持ちすぎたせいで暴走を始めている。このままでは彼女は周りの環境だけではなく彼女自身をも破滅に導いてしまう」


「でも、石動さんは私の恩人で……」


「彼女は恩人でもあるが友人でもあるのだろう?

友人だったら間違った行いは止めるべきだ!



君のこの力で彼女を正しい道へ導くんだっ!!」



 皆川は目を見開く。



「…………はい」


 皆川は目に涙を浮かべながら答えた。




○○○




 テスト週間も終わり部活動が再開されるようになってすぐのこと、井ノ川の秘密が暴露され、風評被害等様々な責任を押し付けられた井ノ川は新聞部を退部させられることとなった。そのため、石動グループの真実を暴露させることはできなかった。

 また、ひとつ大きな変化もあった。



「井ノ川、今日は股間の炎症起こしてないか? 大丈夫か?」

「じゃあな、井ノ川! 今日は股間洗いすぎるんじゃねえぞ!」

「俺ホクロ多いからさぁ、できればお前に分けてやりたいくらいだぜ。ほんと残念」

「井ノ川、家の中だと母親のこと『ママ』って呼んでるってまじ?」



 変な噂が広まっても自分なら大丈夫だと井ノ川は思っていたが、いささか心労が堪えないと感じ始めていた。幸い、周りは弄る程度にしか情報を使ってこないのでそれほど深刻ではないのだが、ボディブローのようにじわじわと心に痛みが増してくる。



 放課後、こちらを見ながらひそひそ話をしている生徒たちの間を抜け、人通りの少ない3階の教材室前にたどり着いた。

 井ノ川は周りに誰もいないことを確認すると中へ入った。

 そこには机を4つ並べその上に紙を無造作に並べ、熱心に書き込む一人の女子生徒がいた。


「お疲れ、皆川」

「あ、お疲れさまです、先輩!」



 例の事件のあと、皆川は石動グループを抜け、井ノ川とともに「リアル・新聞部(非公認)」を設立し、石動グループの動向を追っている。初めはグループを抜けたことへの罪悪感から気落ちしていたが、今となってはその影もない。


「今日の議題は『学園祭の真実』だったな。なにかネタは仕入れてきてあるか?」

「はい、もちろんです!」


 元気の良い発声とともに皆川は散らばっている紙をまとめ、説明を始めた。

 発声する一声一声、綴られる一文字一文字は彼女の熱意がこもっているような力強い意思を感じた。それは、いつか自分の言葉で石動を救えるように、という真っ直ぐな彼女の気持ちなのだろうと井ノ川は思った。

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