お買い物はドキドキデート
「わー! この服も可愛いですね!」
「……」
王都繁華街の服屋である。
何の変哲もない——あえて言えば、売ってる服がわりとお高い——店で、魔王は世界の真理を思い知っていた。
女性の服選びは長い。
かれこれ2時間が経つだろうか。
ミリアはすごいハイテンションで、色んな服を持ってきては、体に当てて、似合うか確認してくる。
最初は「いいのではないか」「よいと思うぞ」「たぶん良いであろう」とか、テキトーに生返事していた魔王だが、ここまで続くと閉口するしかなかった。
「んー、これはちょっと大胆ですね……!」
「ぶっ」
ヒラヒラの超短スカートに、胸だけ隠すようなキャミソールを持ってきて、魔王はむせた。
飛んできたとき感じた、彼女の柔らかさとか、体温とかが、脳裏に生々しく蘇ってくる。
「そ、それは流石に……ろ、露出が多すぎるのではないか……!?」
「あ。なんかスケベな目になりました。魔王様のえっちー」
「貴様、余だって木石ではないのだぞ……! まったく……」
そんなふたりを見守る店員のお姉さんは、貼り付いたような営業スマイル。
内心「爆発しろバカップル」と煮えくり返ってるが、必死に押し殺している。
「しかし迷っちゃいますね! どれを買おうかなあ……」
「面倒だ。どうせ全部似合うのだから、全部買ってしまえ」
「ほえ?」
「おい店員、持ってきた服、全て買うぞ。足りるか?」
どすん。
満杯の貨幣袋を置かれて、店員は飛び上がった。
脳内評価が「リア充爆発しろ」から「上客きた!」に上書きされる。
「は、はいっ! 足ります、すごく足ります! すぐにご用意致しますので、おかけになってお待ち下さい!」
パタパタ駆けて、梱包の用意に走る店員。
それをミリアは、ぼーっとした顔で見送った。
「……え、ええー。いいんですか、魔王様……?」
「これ以上付き合わされたら、堪らぬわ! それに……その。何だ。貴様は見てくれがいいからな、どうせ、どれも似合うだろう」
「……そーゆーこと、サラッと言っちゃうの、反則ですよ」
ちょっと恥ずかしい空気が流れ、沈黙するふたり。
ふたりとも顔が赤かった。
「ところで、待っている間に、別のコーナーを見てきてもいいですか?」
「ま、まだ買うのか……!?」
「いえ、その……し、下着を……」
「……」
なんかムード作っちゃった後である。
魔王はあらぬ方向に目をやって、その場をやり過ごした。
「「「「ありがとうございましたーーーー!!!」」」」
店員総出で見送られ、服屋を後にする。
魔王の荷物はすごく増えていた。
まだたっぷり残っている貨幣袋に、山ほどの服。
「……おいミリア。貴様も責任を取って、少し持て」
「で、ですよねー……あははー……」
ちょっと正気に返ったミリアは、たらりと汗を流しつつ、服の詰まった袋を2,3引き取った。
「わ、私ばっかりじゃ不公平ですし、魔王様の服も買います?」
「……余は、しばらく服屋を見たくないわ。それより、どこかで休みたい……」
「わかりました! 喫茶店でも探しましょう、そうしましょうっ!」
ひとまず腰を落ち着けるところを、ということで喫茶店を探すふたり。
そこに、ひとりの子どもが駆けてきて、ぼすんっと魔王に衝突した。
「ん? 何だ貴様?」
「ひうっ……」
身なりの汚い、性別すらよく分からない子どもだ。
ひどく痩せ細っていて、ぶつかった勢いでペタンと尻餅をついてしまっている。
それが今にも泣き出しそうな顔で、魔王を見上げる構図。
すごく外聞が悪かった。
「あーあ、めっちゃ怯えてるじゃないですか……大丈夫? このお兄ちゃん、ちょっと不審者っぽいから、怖かったよね?」
「人聞きの悪いことを言うでないわ!」
「魔王様、鏡見て下さい、鏡。全身黒づくめだし、頭から角生えてますよ」
「……なるほど。人界では、少しばかり不審であるな」
ちょっと納得していた魔王と、子どもに手を差し伸べるミリア。
そこに、ドタドタと音を立て、大男が駆け付けてきた。
「おい、お前ら! そのガキを、こっちに寄越せ!」
「わっ、なんかカタギじゃないっぽい人です!」
メチャクチャ失礼なことを言うミリアである。
魔王は大きくため息を吐いた。
「よいかミリア。人を見かけで判断してはいかんぞ。ああ見えて、アットホームなマイホームパパということだって……」
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねえ! ガキを渡すか、ぶっ飛ばされるか、選びな!」
メイド少女は目を細めて、「マジで言ってます?」とアイコンタクト。
劣勢に立たされる魔王である。
「……今はああ言っておるが、家では子煩悩ということも……」
「これでも食らえ!」
ぶおん!と拳が空気を切り、問答無用のハンマーパンチが魔王を襲う。
直後、ボキンとマズい音が鳴って、殴った男のほうが悲鳴を上げた。
しょせん、その辺のおっさんと魔王。ステータスには、天と地ほどの開きがあるのだ。
「ぎゃあああああ!? お、俺の腕があああ!」
「人が喋っているときに殴りかかるからだ! まったく、せっかくフォローしてやっていたのに、見た目通りのチンピラではないか!」
ぷんすか怒って仁王立ちになる魔王。
全身から放たれる覇王のオーラ。
大男は、その場にへたり込んでしまった。
「すげえ! あの兄ちゃん、ブラン一家の用心棒を、返り討ちにしたぞ!」
「やるなあ! しかし、あのヤクザ一家を相手にするたあ、いい度胸だぜ!」
ギャラリーが歓声を上げるので、魔王はとても上機嫌になり、その場で高笑いとかし始めた。
けっこう乗せられやすいタイプなのだ。
「あのー、魔王様。ひょっとして、ちょっとマズい相手にケンカを売ったんじゃ……?」
「フハハハ、変なところで小心者だな、貴様! 考えてもみよ、ドラゴンで街に乗り付けるよりは、よっぽどマシではないか……!」
「た、確かに……!」
はんろんのよちがない、かんぺきなりろん。
そう思う彼女もそろそろ、魔王に毒され始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます