魔王様、横領をする(単独犯)
「ううむ、謁見の間もだいぶ片付いたな」
「そうですね。そこで魔王様、ひとつ相談なんですが」
「ん?」
「お給金、まだですか?」
「あ」
魔王、給金のことをど忘れする。
メイドの視線が氷点下になり、空気が凍った。給料ちょろまかしは大罪なのだ。
「う、うむ! 忘れてたとか、実は当てがないとか、そんなことは一切無いぞ……! ほ、宝物庫のものを売り払えば、どうにでもなるはず……!」
「はぁ……まあ、いいですけどね。ここ、近くに何にも無いですし。お買い物が出来るわけじゃありませんから」
「なに、ちょっと近くの街に飛べばよい。ここ、第26号魔王城は、元々人界侵攻のために築かれたからな。人族の国と近いのだ」
人界侵攻とか、聞き捨てならないパワーワードが飛んでくるが、今のミリアに大事なのはただ一つ。
給金と、それを使う場所である。
「本当ですか!? じゃあやっぱり、今すぐお金下さい!」
「この正直者め!」
「きゃーっ! 高い、高い! 魔王様、他に方法ないんですかー!?」
「そう言われても……飛ぶと言ったではないか。他にどうしろと」
青い空を、二つの影が飛んでいく。
背中から翼を生やし、バッサバッサ飛ぶ魔王と、それにお姫様抱っこされたミリアである。
絵面だけ見れば、ロマンス小説の一ページみたいだが、現実は甘くない。
風はビュンビュン拭いてるし、スピードは馬車より速いし、しかも揺れる。
ミリアは必死に魔王の体にしがみつき、落っこちないように必死だった。
「そうだ、リューを呼びましょう! 背中に乗って飛ぶんです!」
「あのな。余だって、ドラゴンに乗って人界行ったら、どう思われるかくらい、わかっておるのだぞ」
「ぐぬぬ……!」
流石に、人界VS魔界の大戦争をおっぱじめるわけにはいかない。
彼女は魔王にしがみついて、目をつむるしかなかった。
一方、魔王は魔王で焦っていた。
実は女の子と、こんなピッタリ接触するのは初めてなのだ。
抱き付いてくるミリアはいい匂いがするし、なんか触るところぜんぶが柔らかいし、気が気でなかった。
「はーっ……せ、精神が削れました……」
「奇遇だな。余もだ……なんでそんなに柔らかいのだ……」
「え、何か言いました?」
「い、いや、何も言っておらぬぞ! さあ、せっかく付いた街だ、買い物と行こうではないか!」
魔界最寄りの人族国家、ロダン王国の首都。
その門前に降り立った二人を見て、門番は目を擦った。
「気のせいか……? お前達、空から降りてきたぞ」
「「あ」」
当然の疑問である。
そりゃドラゴンで飛んでくるよりマシだが、人類は背中から羽を出さないし、バッサバッサ飛んだりもしない。
「ふっ……見破られては仕方あるまい。ククク、余こそが、魔王ゼキエル……!
今日はただのお買い物であるゆえ、大目に見てスルーするがよい……!」
「なんだ、頭のおかしい魔法使いか。何か嫌なことがあったのかも知れないが、真っ直ぐに生きるんだぞ」
「……!」
「どうどうっ! 魔王様っ、ここはおさえて! 門番さん、わりと好意的に見てくれてますから!」
顔を真っ赤にして食いかかろうとする魔王。羽交い締めにするメイド。
めっちゃ目立つ二人組である。
なお、門番はミリアを見て、すごく同情した視線をよこしてきた。
「お嬢ちゃんも、苦労してるんだな。その旦那には、優しくしてやるんだぞ。こういうのは、周囲のサポートが大切だからな」
「はいっ! ちゃんとサポートしてます! ほら行きますよ魔王様っ、お高い服とか高級スイーツが、私のことを待ってるんです!」
「……なあ旦那。友達は、選んだ方がいいぞ」
魔王様、門番のアドバイスが身にしみる。
しかし、ぐいぐい引っ張ってくる細腕には逆らえず、王都の門をくぐることになった。
「わぁっ、すごい立派な街ですね!」
なにせ王都である。
入った瞬間から、とても賑やかで活気があるのがわかる。
わいわいがやがや、行ったり来たりする商人たち。それを値切る客。
かと思えば、馬車や使いっ走りが駆け抜けていく。
「うむ、ここでなら、宝物庫からちょろまかした魔石を換金できるはず……!」
「なるべく高く売っ払いましょう! あ、このメイドは正当な給金を頂いただけですので。横領で訴えられたら、単独犯って言って下さいね!」
「体よく余に責任転嫁するでないわ!」
ふたりは内心、本当に売れるかな?と心配しつつ、質屋に入った。
そして——
「……なんか、余、ちょっと怖くなってきた」
「……やっぱり、魔王様の単独犯でお願いしますね」
貨幣がたっぷり詰まった袋を両手に、店を出る。
魔石を鑑定した店主は、目の色を変えて、有り金ぜんぶ出す!とすごい剣幕だったのだ。
ひょっとして、気軽に売っちゃマズいものだったのでは。
そんな考えが脳裏をよぎるが、売っちゃったものは仕方ない。
ふたりは思った。
手に入れたからには、パーッと使ってしまおう、と……!
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