転職メイド、人界の危機を救う

 三日が過ぎた。

 メイド娘のミリア、適応力は人並み外れたチート級である。


「はいはい、ポチ! あとでお風呂入れてあげますから、そこのゴミをどかして下さい!」

「リュー! こっちでバサバサやって! 埃を飛ばすから!」

「チロ、ちょっとこの雑巾尻尾に巻いて、そこ拭いてくれる?」


 三日目にして、魔王のペット達をアゴで使い、掃除に駆り出していた。

 そう。

 自分で散らかしたモノを、自分で片付けさせる。

 これぞ躾の王道……!

 

「なんか、余より魔王っぽくないか、貴様」

「え? や、やだなあ、何言っちゃってるんですか魔王様。あ、そこの窓拭きお願いしますね」

「う、うむ……」


 なんかおかしい。

 違和感を拭えぬまま、掃除に従事する魔王である。


 とはいえ、ミリアの指示は的確であり、その仕事は大雑把だが効果的だった。

 わりと酷い状況だった玉座の間も、だいぶマトモな状態を取り戻しつつある。


「それと魔王様! 今日の晩ご飯は貝のリゾットがいいです!」

「承知した」

「あ、お風呂の準備もお願いしますね!」

「うむ……って、うおい! 待て貴様! 考えてみたら、何で余が貴様の晩ご飯まで作っておるのだ……!」

「ちっ、気付きましたか……勘のいい魔王様です……」


 ちなみに魔王、わりと料理が上手である。

 伊達にペットだけを友達に一人暮らしなどやってないのだ。


「仕方ないじゃないですか。ちゃんと家事は分担しないと、私が食っちゃ寝出来なくなります!」

「貴様の私利私欲ではないか!」

「ううう、ひどいです魔王様……! 可憐なメイドに労働を押し付けて、自分だけが食っちゃ寝するつもりなんですね……! 鬼、悪魔、魔王!」

「その通りだが、何で余が悪者になってるのだ! そもそも、メイドって働くモノでは無いのか!?」

「バレましたか」

「バレるわい!」




「ということで、貴様にも料理を手伝ってもらおう」

「うー……食材集めからスタートとか、スローライフやってるんですね、魔王様……」


 魔王城は、周囲を広大な森林に囲まれている。見渡す限り文明の痕跡ゼロの、引きこもりロケーションである。

 そんな森林に作られた道を、マント姿の魔王と並んで歩くメイド。


「米は備蓄があるし、調味料もある。しかし貝となると、新鮮さが命なのだぞ」

「はいはい、分かりました……しかし、何気に外出するの、今日が初めてですね」

「そうだな。別に外に出るのは構わないが、この辺りは物騒なモンスターもいるのだ。出来れば、ポチ達を連れてくるが良い」

「物騒なモンスターって……にょわっ、出た出た! 何ですかあのデカい熊!」


 魔王の発言がフラグだったみたいに、森の奥から熊さんがこんにちは。

 なんか全身からオーラ出してるし、顔は凶悪極まりないし、歩くたびに地面がシュウシュウ溶けている。


「あれはマッドベアか。瘴気に当てられて狂った熊だな。見ての通り、食肉には適さぬ悲しき獣よ……」

「そういう解説いいですから! どうするんですか魔王様!」

「任せておけ。出でよポチ!」

「キャウン!」


 可愛く吠えて出現するケルベロス。

 そのサイズ、だいたい熊さんの5倍くらいだろうか。


「グオオオオオオオ!」

「キャンキャン!」


 熊が吠え、ケルベロスが鳴く。

 声だけは可愛いんだが、やってることはわりとエグい。

 体格差を生かしての一方的な引っ掻き攻撃。熊は死ぬ。


「でかしたポチ! ほれ見たかメイド、ポチに任せれば害獣など、ものの数ではないのだ」

「えっと……魔王様は、こう、魔王的なパワーで活躍したりはしないのですか?」

「以前に試したら、こう、ぱあんっと弾けて返り血が……」

「わあ」

「お気に入りのマントが廃棄処分に……! 余は決めたのだ、普段はペット達を頼ろうと……!」


 メイドとしても、血まみれの服など洗濯したくない。

 害獣退治は頼もしいペット達に任せることにして、ふたりは貝の採れる川にやって来た。


「この辺りだな。お、見ろ、あんなに沢山いるではないか! 採り放題だぞ!」

「わ、凄いです魔王様!」


 なにせ、近隣に居住する住民が二名しかいない。過疎を通り越して限界集落の魔王城周辺だ。

 自然の恵みも手付かずである。

 ふたりはせっせと貝を乱獲。バケツいっぱいに集めて、その夜は絶品リゾットに舌鼓を打つのだった。


 ——と、そんな夕食の時のことである。


「……って! 今気付きましたけど! 気付いちゃいましたけど! 何で魔王様が貝拾いしてるんですか!?」

「ぐぬっ、勘のいいメイドめ……! 気付いてはならぬことに、気付いたな……!」


 メイドは疑問に思った。

 遂に、気付いてしまったのだ。

 なぜ、この魔王城には、誰も部下がいないのだろう、と……!


「気付きますよ! 魔王城、ほんっとに誰もいないじゃないですか! 魔王様は知らないようなので教えますが、王様って、部下がいるから王様なんですよ!」

「そ、そのくらい、知っておるわ……! だがな、やむにやまれぬ事情があるのだ……」


 珍しくしょんぼりした魔王に、慌てるミリア。地雷踏んじゃったかな、と反省する彼女に、そっと語りかける魔王。


「実は家出中なのだ」

「家出」


 なんか魔界っぽくないワード出てきた。

 ミリアは思わずオウム返しである。


「部下はそろそろ人界を征服しては、とせっついてくるのだがな。正直、余はめんどいし働きたくない。そこで、ド田舎に家出したのだ」

「あの、どう反応したらいいんですか、それ」

「この第26号魔王城は、ぶっちゃけ用途のない要塞だからな。勝手に使ってオッケーなのだが……」

「そこは気にしてませんよ! 人界を征服って、何ですかそれー! 聞いてません!」

「うむ、今話したからな。だいいち、人界の統治にはNAISEIなるスキルが必要と聞く。あいにく、余が持つのは覇王のスキルのみよ……!」

「はぁ。それで、部下の期待とマッチングせず、逃げてきたと」

「その通り」


 ミリアは腕組みして考えた。

 どうしよう。

 なんか世界の平和とか、そーゆー感じのモノが、自分の肩にのし掛かってる気がする……!

 

「ま、その……ほら、私は人界征服とかされても困りますし。めんどくさい、働きたくない、大いに結構だと思います!」

「うむ、うむ……そうであろう、やはり労働は身体に良くない……! 分かってくれるか、ミリア……!」

「はい! ですから、私も週休7日でお願いします!」

「アホか」


 ふー、やり遂げたぜ!

 額の汗をぬぐい、メイドは窮地を乗り切った。ついでに人界も救われた。

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