転職メイドはお暇を頂きたい

 魔界の一角にある、魔王城。

 その玉座の間に転移してきたメイド少女は、周囲を見渡し、安全確認。

 魔王と自分以外、誰もいないことに安堵する。


 隣に魔王がいるけど、そこはノーカン。彼女はわりと図太いのだ。


「よしっ、よしよしっ! 安全地帯! 逃げてきたっ!」


 拳を握ってぴょんぴょん跳びはねるメイドを、変なものを見る目で眺める魔王。

 

「さっきはありがとうございました、えーと……魔王様?」

「うむ、余は魔王である。第7代の魔王、ゼキエルである。メイド、貴様は何というのだ?」

「私はミリアです。よろしくお願いしますね、魔王様っ。それと……さっきは、ありがとうございました」

「うむ? 別に礼を言われるようなことはしておらぬが……」

「あいつらから、助けてくれたじゃないですか。ちょっとカッコ良かったですよ。パジャマは……アレですけど……」

「ふふっ、そうか、カッコ良かったか……! ククク、それではこの城での労働にも、乗り気になるであろう……!」


 ばっと手を広げ、玉座の間を見渡す魔王。

 本当ならマントとかはためくシーンなのだが、パジャマ姿なので、ちょっと痛い厨二青年である。

 しかしそこに広がる光景は、圧倒的の一言だ。

 数十メートルはある高い天井に、広大な石造りの空間。悪魔像とか、ガーゴイルとか、いかにもそれっぽい、精緻な彫像の数々。 


 そして、それらを台無しにする——


「何ですかこれ」

「……余は、ペットを愛している……愛しているが、その……!」


 床に広がる黒い毛玉。

 そこら中に落ちてる鱗。

 なんか壁に貼り付いてる、蛇の皮っぽいもの。


 広大で荘厳な空間を埋め尽くす、ペットゴミの山であった。


「実は、寝室をどうにかするので、もう精一杯なのだ……!」

「はぁあ……もう、仕方ありませんね……とりま、ホウキとかあります?」

「うむ。すぐに持ってこよう」


 フットワークの軽い魔王である。

 即座に広間の端までダッシュして、巨大な扉をギギギ、と開いた。高さ10メートルはある扉だが、開閉は人力のようだ。


「キャウキャウッ!」

「むおっ!?」


 扉が開いた瞬間、魔王めがけて飛び込んでくる、巨大な黒い影。

 それは、黒くフサフサとした毛皮を持ち、三つの頭を持つ巨獣——


「ケルベロス!? ああっ、魔王様……! 命の恩人だけど、私には救出は無理ゲーです! せめて時間稼ぎ、頑張って下さい……!」

「おいメイド、いい性格をしておるな! こ、こら、じゃれつくでない、ポチ!」

「ポチ……?」

「こやつは余の可愛いペット、ケルベロスのポチなのだ。無害だからこっちに来い。貴様には特別に、ポチをモフモフする権利をくれてやろう」


 いりません。


 そう叫びそうになって、しかし、彼女は絶句した。

 ポチの後ろから続いてきた、魔王の「ペット」たちを、目撃してしまったのだ。


「きゅるるるっ」

「しゃー、しゃーっ」


 なんか声は可愛い。

 可愛いのだが、絵面はぜんぜん可愛くない。


 バッサバッサ低空飛行してやって来た、やっぱり巨大な体躯のドラゴンと。

 なんか床を軋ませて這っている、巨大な蛇である。

 

 どっちも人間一人くらい、丸呑みできそうなお口の持ち主だった。


「むむっ、この際だ、紹介しよう。こちら、エンシェントドラゴンのリューに、ウロボロスのチロである」

「分かりました。このお仕事、辞めさせて頂きます」

「ま、待て! 何が不満なのだ!? この城、余と貴様、それにペット達しかおらぬ! アットホームで家庭的な職場なのだ!」

「悪い予感しかしませんよ! 絶対、魔王様がいないときにパックリ食われます!」

「余のペットは、ちゃんと食事を選ぶわ! 人族など食うものか!」


 ぎゃあぎゃあ口論しながら、今後の生活に不安たっぷりな二人。

 それをペット達が、つぶらな瞳で見守っていた。

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