第二章3 『変遷』
「……よし」
朝日が照らし、白いカーテンが靡く部屋の中。
投稿準備をし終えると、数年ぶりのランドセルを背負う。
玄関に向かうと、「行ってきます」と挨拶をする。
誰もいない、家なのに――。
「よ」
家を出ると、塀に縋るように佇むキスケがいる。
お隣さんのご近所さんで、自分の家の2分の1スケールを誇る自宅を持つ。
そんなキスケは共に学校へ行こうと毎朝家の前で待ち伏せしている。
別に一人でもいいのだが、今はそれが心地よく思えた。
悪くはない、と――。
「……ん?」
住宅街を進み、十字路を曲がった先。
そこに斗条の家があり、偶然なのかそこを通りかかる時間帯に塀門を閉める斗条がいる。
それも繰り返せば日常となり、いつしか三人揃って登校するのが当たり前となっていた。
――そして、
「よ」
「おう」
軽い挨拶を交わすキスケと斗条を横目に先頭を歩く。
自然とそれが定着しているあたり、ほんの少しだけ気が滅入る。
頭脳派の斗条と天才肌のキスケ。
その二人を先導する『真蒼黒竜』はどんな人間なのか。
何気ない興味を惹かれてしまう。
そうやって、当時は周りの視線ばかり気にしていた。
――でも、
そんなのは考えすぎで、自分に興味を抱く存在などいないということを未来(いま)の自分は理解している。
「―――」
住宅街を抜け、公園、コンビニ、商店街の裏、高層ビルや駅道、海に繋がる大きな川を渡る橋を越えて、そこから5分で校舎が見えてくる。
徒歩20分の小学校。
靴を履き替え、教室へと向かう。
授業までの空いた時間は、自席で皆と戯れる。
――が、
今日ばかりは、嫌でも彼らの興味を惹いてしまう。
時を変えるための行動を、起こしていたから――。
「クロ、それ何だ?」
耐えきれなくなってか、キスケは問う。
問われた先にあったのは、両手に着けられた
「……」
『あれ』を乗り越える打開策。
絞り出した答えがこれだった。
両親、祖父母ともに黒々とした痣があった。
父親は脇腹から、母親は腰から、祖父は手の甲から、祖母は手の平から。
そこを中心として痣は広がっていた。
最初は気づけなかった。
当時は6歳で、今ほど頭のキレがよくはない。
本当にただの子供だったから。
――でも、
それを皆が教えてくれた。
今この策を用いて解決の糸口を図ろうと思えたのも、皆のおかげ。
斗条と、その前にもう一人――。
「――な~にやってんのっ?」
会話を遮る一つの美声。
吹き抜ける風が彼女の髪を揺らし、ほのかに漂う桜の香りが鼻腔を擽る。
ふんわりとしたショートボブ。
茶髪にエメラルド色の瞳。
赤い袖無しロングパーカーにピンクのTシャツ。
水色チェックのスカートに黒いレギンスと紺色のスニーカー。
お菓子作りが趣味で、溌溂とした笑顔と優しい性格に誰もが魅了される。
そんな彼女――『
また会えて嬉しいという喜びと、失ってしまった罪悪感。
これが現実なのか疑いそうになるほど、あり得ない光景で。
複雑が故に涙を零しそうになる。
だから精一杯の笑顔を取り繕うのだが、心境が複雑なせいか、ぎこちない中途半端なものになっていた。
「―――」
唖然と立ち尽くすリナ。
彼女と共に、キスケと斗条も、同様の反応を示している。
そのため、すぐさま視線を窓へと向けて、恰も何もなかったかのように平然とする。
するとタイミングよくチャイムが鳴り、三人は絶えない疑問符の中、席へと着く。
その間、斗条が陰ながらこちらを一瞥する光景を窓越しに捉える。
もしかしなくとも、頭のキレる斗条なら気づいたことだろう。
違和感を与え続ける自分の異様さ。
昔の自分を完璧に演じることなど不可能で。
ボロが出るのは至極当然。
少なくとも、疑いの目を向けられているのは確かな話、
キスケも、類稀なる直感で感づいていることだろう。
けれど楽観的な思考が歯止めを利かせているため、斗条よりはマシだと言える。
恐らくリナにも、先の作り笑いで気づかれている。
ただリナの場合は『心配』という形で納まっているため、まだ修正は効く。
――やれやれ……。
再会できて早々、リナにボロを出すとは思わず。
墓穴を掘ったなと、自分でも思う。
加えて三人の察しの良さ。
よくつるんでいるが故に、相手の変化を見逃すことがない。
思考を何となく理解しているから、ノリのいい会話ができる。
それを逆手に取られて苦しめられるとは思いもしない。
――関わったら負け、か……。
せっかく戻って来れた世界で科せられた使命。
未来を変えるべく果たさなければならない解決策。
――『皆との関係を断つ』。
皆を救うために。皆を守るために。
全てを無かったことにする。
「……」
自ら孤独を選ぶ。
嫌われてしまえば、距離を置いて、失わずに済む。
――だって、
この先に待っているのは、本当の地獄だから。
誰一人として、自分を知っている者はいない。
大好きな人たちが、ただ一人として存在しない。
絶望を知るくらいなら、失わずに済むのなら。
皆との関係を自然消滅させてやれば、全てが解決する。
皆が気づかせてくれた事実。
憎悪という負の感情が生み出した、非現実的な現象。
この手で触れた人間が、自分の意思に関係なく消えていく。
触れた個所から痣が広がり、相手を死へと至らしめる。
まるで、『呪い』。
大切な人たちがいなくなっていく。
そしていつしか『死神』と呼ばれるようになる。
それが『真蒼黒竜』の辿る未来。
いつか訪れる成りの果て。
「全く……」
一人ぼそりと呟いては微笑する。
心には何もない。
けれど思うことはある。
今までずっと抱いていた寂しさ。
ただひたすらの悲しみ。
感じなくても覚えている。
だからまた、何度目の孤独に打ちひしがれては自らに言い聞かせる。
『これでいいのだ』と――。
※
とある放課後。
いつものようにクロは颯爽と帰宅していき、キスケと共に帰路を歩く。
そんな帰り道――。
「なぁ斗条」
「何だ?」
キスケは柄にもなく、しんみりとした声を出す。
内容はもちろん、
「あいつ、変わったよな」
「クロのことか」
察していた通りの話題だった。
「何て言うか……笑わなくなった」
「……いつも通りだろ」
「いや、そうじゃなくてさ」
言葉選びに迷ってか、キスケは頭を掻く。
そして、絞り出した解答は、
「心の底からっつうか、なんか胡散臭ぇんだよな、空っぽで」
「いつものことだろ」
「まぁなー……」
何ら大差のない事実だった。
キスケの言いたいことは、何となくだが理解できる。
今のクロには違和感がある。
無表情で無関心なのはいつものこと。
――ただ、
いつもと比べて言動が虚ろに見える。
確かなことは――。
「とりあえず、リナの家に集合な」
「どうしてそうなる!?」
わけがわからず驚愕するキスケ。
それが面白く、からかいたくなる。
が、今回は内容だけにそれは控えることにする。
「恐らく、リナも違和感に気づいてるだろうからな」
「あ~」
納得したのか、キスケは空を仰ぐ。
すると3秒ほどの時が流れて、キスケは『ん?』と疑問符を上げて立ち止まる。
「ってことは……」
「……?」
「お前、解ったのか?」
キスケの神妙な顔。
そこに平然と「ああ」と答えてやれば、キスケは頬を緩ませて肩を組む。
鬱陶しくも笑い合うこの瞬間。
何故か不思議と、悪い気はしなかった。
※
一人ベッドに横になり、暗がりの部屋で考え事をする。
これから起こる未来の話。
『あれ』の始まりから訪れる、終わりの物語。
家族を失った次に襲われるのは、友たちだった。
――だから、
「……っ」
インターホンの音が聞こえ、ベッドから起き上がる。
何事かと思いながら自室を後に、階段を下りる。
『もしや……』と思考を働かせ、『ついに来たか』と、意を決して玄関の前に立つ。
ドアノブに触れ、ひんやりとした感触が伝わってくる。
少し息を漏らして、気を落ち着かせる。
そしてふと、誰が来たのかよくよく考えてみて、ドアスコープを覗いてみれば、
「……」
自分の予想とは違う未来が広がっていた。
それが良かったような悪かったような、ため息を零して扉を開ける。
「――よう、クロ」
不敵な笑みを浮かべて佇む、一人の少年。
招いたわけでもないのにやってくる嵐のような人物。
茶髪のツンツン頭。緑茶色の瞳。
袖が紫、前身頃がオレンジ、襟と後ろ身頃が紺色という珍しい長袖Tシャツ。
赤いジャケットに黒いズボン、茶色いハイカット。
リングをチェーンで首に垂らし、目立つ身なりなのに違和感がない。
整った顔立ち故に似合ってすらいるし、ファッションモデルと言われても信じるレベル。
そんなクールで陽気な兄貴のような存在。
それが彼――『
「……何の用だ」
てっきり、『あの日』が来てしまったのか思えば、現れたのはキスケの義理の兄貴。
一つ違いの年上で、面白いことに目がない。
喧嘩っ早くも、気のいい親友。
「いつものやつで」
満面の笑みで、俊は酒屋で聞くようなセリフを放つ。
今すぐ追い返したい気分なのだが、当時はよく嘆息しながら家に上げていたため、黙認の相槌を打つ。
薄暗い廊下を渡り、地下へと降りていく。
――B1。
「にしてもやっぱ、すげぇとしか言いようがねぇな」
辺りを見回し、俊は何度目かのように圧倒されている。
B1階は屋内スポーツをできる体育館仕様となっており、ジムなどのトレーニングルームとして活用される。
そのスペースは、学校の体育館と比べても何ら大差はない。
そんな場所でできる種目を脳内で厳選する。
三つほど案が浮かび上がり勝負の舞台を作り上げる。
「一対一のプレーだからな。こんなもんだろ」
ベンチを取り出し、そこに道具を並べる。
ピンポン玉やテニスラケット、バスケットボール。
それだけで何をしようとしているのかは明白で。
懐かしの遊びが火蓋を切る。
一試合目――卓球。
ふとラケットを握り、思う。
今も昔も相変わらずして、自分は卓球が苦手だということを。
ただそれでも、今と昔では違うであろうと淡い期待を抱きながらプレイすること数分。
やはり力加減が難しく、思い通りにはいかない。
俊はと言えば、ハマっているわけでもないのに手慣れた動きで。
案の定の適応力で、何をやらしても中の上の成果を叩き出す。
天才という点では、キスケと似ている。
「く……っ」
するとあっという間に11点目を先取され、6対11で一回戦は俊の勝利で幕を閉じる。
二試合目――テニス。
一セットマッチのこの試合で、先ほどよりはマシな展開が繰り広げられる。
ルールはうろ覚えながらに把握してはいるが、互いに経験などなく。
けれどラリーは続いていて、未経験者にしてはいい試合ができているように思える。
徐々に慣れてくると、互いのサーブやストロークに力が入り、激しい攻防と化す。
コートの端から端まで走り回り、腕が疲れ、足が重たくなる。
ラケットを振る力も衰えてくる。
今の自分を動かすのは、勝ちたいという意地だけ。
遊びだけど、遊びだからこそ、本気で楽しむ。
それがこの対決の暗黙のルール。
「っらぁあ!」
雄叫びを上げ、ここに来て俊の力が増す。
しかし滑り込むようにボールに追いつき、ネット際にいる俊の隙を狙って、バックハンドで返すと、ボールは俊の背後、ライン際へと落ちる。
それが決め手となり、二試合目のテニスは自分の勝ち星となった。
三試合目――バスケットボール。
一(ワン)対(オン)一(ワン)で行う、一(ワン)ゲーム10分の4セットマッチ。
じゃんけんにて先攻を勝ち取り、ドリブルを打ちながら思う。
『AGAIN』は、過去の自分(からだ)に未来(いま)の自分(たましい)を憑依させて行うものだというアオの言葉。
『AGAIN』は、やり直したい後悔の時へ飛び、未来を変えるというシステム。
未来を変えるのは容易不容易と諸説ある。
未来はちょっとしたことで変わってしまうというバタフライ効果。
何をしても結末は変わらないという絶望の運命。
結局のところ、未来(さき)のことなど人間にはわからない。
パラレルワールドが実在するのであれば、同様に幾つもの未来が存在する。
自分が追い求める理想世界も、きっとある。
ならばこの世界の結末を分岐したその理想未来へと近づけてやればいい。
できるかどうなどわからない。
けれど、ここまで現実離れをした現実に鉢合わせているのであれば、可能ではないかと、そう思う。
――全てに等しく1パーセントの可能性はある。
誰かが言った、お気に入りの言葉。
その言葉を信じ、今は動く。
時を変えるための一手。
未来の自分が過去の自分でどこまで変化を齎せれるか。
それを試すことする。
「……っ!」
左へと切り込もうとし、ボールは反対側へと飛ばす。
未来で培った新型のドライブ。
見事に俊の意表を突き、ボールを拾って抜き去ることを可能にするが、過去と未来では身体能力が違うため、すぐさま俊に追いつかれてしまう。
仕方なくシュートフォームに入り、打つ寸前でフェイントを挟むと、俊は盛大に跳んでくれたため、間を置いてボールを放つ。
見事にボールはネットを潜り、胸を撫で下ろした。
「やってくれたな」
悔しさと楽しさが入り混じる空気に何の変化も見られず、次の手を探る。
攻守交代をし、俊の動きを止めようと動くも身体がそれに追いつかず、綺麗なレイアップを決められた。
俊がしたり顔を浮かべるが、生憎こちらは思考を働かせるのに忙しく平然と流す。
その後、再び攻撃へと移り、今度は右に勢いよく踏み出して俊が道を遮ることを確認して、急転回し、空いた左からシュートする。
これも難なく成功し、過去の自分の身体能力の限界がイマイチ把握できず、複雑にも嬉しさが半減していた。
気づけばタイマーが5分を切り、俊のターンとなる。
当時、見様見真似でバスケを始め、その1か月後に俊も興味を持った。
そして俊の実力はあっという間に安定の中の上にまで上り詰めていた。
けれど僅かにこちらの方が上であるため、生前は負けなしでいた。
――けれど、
「……っ」
1年という歳が身体のつくりに差を生んでいる。
故に俊のドライブを食い止めるも、切り返しの速さに追いつけず。
さらにはそこから、小学生ではありえないダンクを決め、圧倒された。
――ダンク、か……。
不意に過去の記憶が蘇り、確かにこんな思い出があったことを思い出す。
自分を驚かすためだけに俊が秘かに練習していたこと。
見せられたとき、練習したからと言ってできるものなのかと笑った覚えがある。
「ほらよ」
茫然と立ち尽くす中、得意げな表情を浮かべる俊に見入る。
第三の手として、未来で磨いたものが幾つかある。
その中の一つに不可能だと諦めてしまったものがある。
「やってみるか……」
「え……?」
ふとボールを目に呟いて、ドリブルする。
俊と対峙し、何かをやるつもりでいることは察しているようで。
俊の顔つきは、少し強張ったものとなっていることに気づき、急速でシュートフォームへと移行する。
「なっ」
小学生の頃、絶対に届きはしなかったスリーポイントシュート。
だから必ず、3Pラインよりも内側に踏み込んで、シュートを放っていた。
しかし今の自分ではできるのではないかという浅はかな自信が身体を動かし、崩れぬ無表情が俊に焦りを浮かべ。
俊はダンクをしたとき同様の跳躍を見せつけてくれた。
「何っ……!」
空中から見下ろすようにこちらを眺め、俊は驚愕する。
何故ならこちらの足は、コートに着いたままだから。
そのため、浮いている俊を置いて駆け出し、ゴールを狙って地を蹴った。
ボールを天に掲げ、ゴールの奥へと目掛けて腕を降り下ろす。
――が、
激しくリングにぶつかるだけで、ボールは弾き飛ばされ、思惑は失敗に終わった。
「あれ?」
途中まで上手い流れで事が運び、決まりかけたダンクに首を傾げる。
できなかったことよりも、できる可能性を秘めた現状が不思議で堪らなかった。
どうあがこうと、昔の自分はできなかった芸当。
それを成功間近まで持って行った今に信じられずにいた。
「まじかよ……」
背後にて、俊は自分以上に驚きを隠せずにいる。
とりあえず、ボールを拾って俊に投げ渡し、今度は俊の攻撃となって続きを再開する。
タイマーは残り3分を切り、白熱する試合に楽しさのあまり互いに笑みを零していた。
「なぁクロ、知っているか?」
「何が?」
ドリブルの音が静かな空間に広がり、俊は数分足らずの攻防で話を持ち掛ける。
それにより少しの汗と息切れの調整を含めた読み合いで、俊は一瞬の隙をつくる。
そこに容赦なくボールに手を伸ばすのだが、読み切っていたかのようにバックステップで躱されていた。
その後、不敵な笑みを浮かべては手に持ったボールを瞬時に抛って、跳んだところで届きようもない放物線を目に嘆息する。
目で追った先にあったのは、落ちることのないスリーポイントシュートだった。
「気になるか?」
ボールがコートに着く寸前に鳴り響く、第1Q終了のブザー。
インターバルとなり、挟んだ休憩の中、俊の言葉が頭から離れずにいた。
蒼のAGAIN 「S」 @sonshi0423
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