第7話 風

 雲一つない青空。

 芝生に広げたおもちゃを手に、子どもたちが飛び跳ねる。その前を通り過ぎようとした圭は、その無邪気な声を耳にし、首を傾げる。

 「ドーン…」

 いつもになくあちこちで爆音が轟く昼下り。それでも子どもたちは普段と変わらぬ様子で遊び続ける。

 「ドーン……」

 圭は、音の運ぶ不安感を拭い去ることができない。では、あの小さな子供たちは?

 「生まれた時から聞き慣れた音だぜ。当然気にならないだろ。もう生活の一部なんだよ」

 仲間の一人が言う。

 「じゃあ、お前は? 気にならないか」

 「気になるさ。いくら訓練だとわかっていても、背中が勝手にビンビンあの音をキャッチしてるんだ」

 圭は自分だけではなかったことに安堵した。

 「爆音も子守歌に成り得るってことかな」

 「そういうこと」

 「悲しいね…」

 しばし、沈黙が続いた。

 厚くスライスした焼き立てのパンにたっぷりとジャムを乗せる。小さすぎて出荷できなかった青リンゴで作った贅沢な味のジャム。紅茶にはミントの葉を浮かべた。集落の近くの谷川に自生していた株を裏庭に移植して育てた。ほんのりとした香りが鼻先に漂う。

 「爆音も生活の一部…か」

 フェンスに囲まれて、初めて圭は平和を手にすることの難しさや有難さを知った。


 

 フェンスを越えて風が吹く。誰の汗にも優しく、吹き抜ける。

 風に吹かれて目が覚めた。北新宿のベッドの上で目が覚めた。


 次にヤモリが鳴くのはいつだろう。

 新宿駅の喧噪に揉まれながら、爪先に残った乾いた土の匂いを嗅いでみた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フェンス越しの風 アボカド畑 @avocadobatake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ