第七十話 出逢ってしまった二人
「ほら、降りるぞ」
ロゴを目にして呆然としている工藤と夏木の背を大樹はそっと押した。
「う、うっす……」
「は、はい……」
二人は鈍く足を動かして、エレベーターから降りる。
そして信じられない様子でロゴを見上げていた綾瀬が、ゆっくり大樹へ振り返った。
「先輩……受けるとこは『ここ』で間違いないんでしょうか? 間違ってこの階に来た――って訳でもなく?」
真剣な面持ちで瞳を揺らしながら問いかけてくる綾瀬に大樹は短く頷いた。
「ああ、ここで間違いない」
その声を聞いて工藤と夏木がゆっくり目を見開き、そして綾瀬と三人で顔を見合わせた。
今でも信じられないようで、碌に言葉が出てこないようだ。
そこで『SMARK'S SKRIMS』の社員だろう人が通りがかったのを目にして、大樹はエレベーターホールの隅っこへと三人を誘導し、そして言った。
「お前達三人の本命はここ――『SMARK'S SKRIMS』で間違いないんだな?」
それを聞いてハッとしてコクコクと頷く三人に、大樹はニッと笑った。
「ならば、これからの面接で気張らんとな」
実際的には面通しみたいなものだが、それを知るのはここでは大樹だけである。
驚き唖然とする三人の反応に気を良くした大樹がクッと低く笑うと、あんぐりと口を開けていた工藤がポツリと漏らした。
「面――……」
「――接……?」
「『SMARK'S SKRIMS』で……?」
続く言葉を夏木と綾瀬が引き取ると、三人は再び顔を見合わせ、そして叫んだ。
「ええええええ――!?」
正に青天の霹靂を顔中で表現する三人に、ついに大樹は堪え切れずに噴き出した。
「はっはっは――やはり驚いたようだな」
からからと笑う大樹に、驚き過ぎたせいか悄然としていた綾瀬が食ってかかるように詰問する。
「ほ、本当に本当なんですか!? 私達を驚かせるために、ここへ連れてきたとかじゃないんですよね!?」
「先輩のいつものお茶目じゃないんですね!?」
「ここでドッキリでしたー、は流石に先輩でもタチが悪いっすよ!?」
続いて詰め寄る夏木と工藤に、大樹は僅かに顔を顰めた。
「いつものとは何だ……俺がいつそんなことをした?」
実態的には面接自体がドッキリみたいなのを大樹は意識の隅に追いやった。
「そんなの自分の胸に聞いてくださいよ!? それで本当に私達は今日、『
胸倉を掴んでガクガクと揺さぶる綾瀬に、大樹は苦笑を浮かべた。
「冗談でもなく、本当だ――だから、綾瀬、少し落ち着け」
「ほ、本当に……? って、これが落ち着いていれますか!? 何でもっと早く言ってくれなかったんですか――!?」
後輩達の立場からしたらもっともな言い分に、大樹は少しの間されるがままにしていた。
「……ま、まあ、落ち着け。事前にここを受けると聞いていたら、お前達、今日まで平静を保てたか? 昨日、今日と落ち着いて仕事が出来たか? 面接のことをアレコレ考えて、入れ込み過ぎたりしない自信あったか?」
用意していた言い訳を告げると、ピタッと止まる三人。
「それを言われると……」
「ちょっと……」
「自信ないっす……」
手が離れてホッと安堵の息を吐き、大樹は身だしなみを整える。
「そうだろう? ならば、ここで知って良かったのではないか?」
キリッとした顔をする大樹を前に、納得しかねるといったような顔をする後輩の三人。
「……なんか、もっともらしいことを言って煙に巻こうとしてません?」
「私も思った。この真面目な顔は冗談言ってる時の方のやつだよ」
「さっき驚いてる俺達見て笑ってたっすよね、先輩……」
疑念のこもった如何にもなジト目を向けられて、大樹は目をパチクリとさせた。
「……なんのことだ?」
「ああああ、もう――!!」
「やっぱり――!!」
「ここで、そんな悪戯心出さなくていいんっすよ!!」
憤慨する三人に、大樹は流石に誤魔化しきれなかったかと苦笑を浮かべた。
「ま、まあ、何だ、さっき言ったことが的外れでないのなら、そう責められる謂れは無い筈だぞ?」
「……語るに落ちるとはこのことですね、先輩」
尚もジト目を向けてくる綾瀬に、大樹は「ふむ」と顎を摩る。
「そうだな、認めよう……お前達を驚かせて楽しみたかったと――!」
堂々とする大樹に、後輩達は口元を引き攣らせた。
「ひ、開き直りましたね……!?」
「うむ。だがな、さっき言ったことは事実であったようだし、他にも理由があって黙っていたのでな、その上でお前達が驚くのを楽しみにしていて――何が悪い?」
無駄に堂々とした大樹の言葉に、後輩達は唸った。
「う、うう……」
「そう言われると……」
「こういう時の先輩には本当敵わないっす……」
それから後輩達は諦めたようにため息を吐いて、肩を落とした。
「……これから面接なのは本当の本当なんですよね……?」
確認するように尋ねる綾瀬に、大樹は頷いた。
「ああ、本当だ。これからの面接次第で、お前達がここに入社出来るかがかかっている」
大樹が敢えてプレッシャーのかかる言葉を告げると、後輩達は顔を引き締めた。
「信じられない……」
「いきなり面接なんて……」
「面接前に弾かれるとばかり思ってたっすからね……」
そこで綾瀬が「ん?」と何かに気づいたような声を上げた。
「あれ? 先輩が内定もらってるとこって……」
それを聞いてハッとする夏木と工藤の視線を受けながら、大樹は徐に頷いた。
「おう、ここだ」
大樹の内定先がここでハッキリした三人はポカンとした。
「す、すごい、いつのまに……おめでとうございます!!」
「ほ、本当に……! ここなら絶対に正当な評価をしてくれますよ、先輩! おめでとうございます!!」
「おお、本当にいつのまに!! すげえっす、先輩! おめでとうございます!!」
「……ああ、ありがとう」
苦笑と共に礼を返す大樹に、後輩達は我が事のように喜んでいる。
(本当に……後輩にだけは恵まれたな……)
思わずしみじみとしてしまった大樹は、それを隠すように後輩達へ声をかけた。
「さあ、これから面接が控えてるんだ。今の内に手洗いに行っておくか?」
本当ならば、このフロアに来る前に済ませておくことであるが、時間故か利用者も少なそうだったので、目を瞑ることにした。
すぐそばに見えるトイレへ目をやると、後輩達は揃って頷いた。
大樹も含めて用をすませると、時刻は十分前とちょうどいい時間になっていた。
「予想してたけど、トイレすっごく綺麗だったね。多分だけど、色々と最新式」
「本当に。音楽とか流れたりするし……うちとは偉い違いよね」
「あー、なるほど。個室覗いておけばよかったす」
夏木、綾瀬、工藤が口々に言うのを聞いて、大樹も一言添えた。
「入社すればいつでも利用出来るんだから、その時に確認したらいい」
すると揃って苦笑を浮かべる後輩の三人。
「そうね。入社したらここが当たり前になるのよね」
「トイレ綺麗なのもポイント高いよね、やっぱり」
「そうっすね。入って見たらいいんすね」
どうやらある程度落ち着きつつ、気合いもいい具合に入ったらしい三人へ、大樹は目を向けた。
「では、受付するぞ――いいな?」
扉脇にある受話器へ手を伸ばす大樹に、三人は静かに頷いた。
大樹も頷き返してから、受話器を取り耳に当てる。
『はい』
綺麗な女性の声であった。
「本日、如月様と面接の約束をさせて頂きました。柳と申します」
この時、綾瀬だけがギョッとしていた。
『柳様ですね。承っております、参りますので少々お待ちください』
通話が切れたのを確認してから大樹が受話器を置くと、綾瀬が喘ぐように声を出した。
「せ、先輩、私達を面接するのって……?」
そんな綾瀬に、夏木と工藤は首を傾げている。どうやら綾瀬だけが社長の名前を把握していたらしい。
いきなり社長と面接となると、そうなるのも無理はないかと大樹は苦笑した。
「心配しなくていい。良い人なのは間違いないから」
「や、やっぱり……!」
顔色を変える綾瀬の肩を、大樹はポンポンと叩いた。
「大丈夫だ。肩肘張らず、出来ること、思ったこと、思っていることを話せばいいんだ。それだけだ。出来ないことは何一つしなくていいし、言わなくていいんだからな」
「……出来ないことは何一つしなくて……そう、そうですね」
「ああ、何も無理をする必要はないし、求められることもない。今お前の中にあるものを話す、それだけだ――簡単だろう?」
そう言うと、落ち着けたのか綾瀬は目を閉じ、胸に手を当てて深く息を吸った。
「――はい、大丈夫です。面接の相手が誰であろと、関係ないし無理をする必要もない。そういうことですね?」
「その通りだ」
頷いてから大樹は綾瀬の耳に口を寄せて、そっと囁くように言った。
「お前が落ち着いていれば夏木と工藤も安心して臨めるだろう――頼んだぞ、俺の副官」
ある意味これもプレッシャーを与えることになるだろうが、普段のサブリーダーの意識を起こしてやれば、責任感も強い彼女のベストを出せると思っての大樹の言葉である。
効果は覿面で、ハッとした綾瀬は紅潮した顔を上げ、じんわりと微笑んだ。
「はい! お任せください――!」
大樹はもう一度、綾瀬の肩をポンと叩いて片頬を吊り上げた。
「ああ、任せたぞ」
「はい――!」
もう緊張はどこへやらな綾瀬に頷き返すと、そこで扉が開かれた。
現れた女性を見て、四人は揃って目を瞠った。
怜悧な印象があるが、非常に整った美貌や気品を感じさせる所作等に驚いたのだ。
「お待たせしました。案内します、こちらへどうぞ」
開いた扉へ手を向けられて、大樹達は会釈をして中へと足を踏み入れた。
そうしてから女性が先頭に立ってから四人が歩いていると、夏木が小さな声で大樹達にだけ聞こえるように囁いた。
「すっごい美人……」
短く、だが力強く三人は頷いて同意を示した。
「それに、チラホラ見える範囲だけでもお洒落で綺麗ね……」
周りを見渡しての綾瀬の言葉に、先ほどと同じように三人が頷く。
「ん……? うぇ!?」
キョロキョロと周りを見ていた工藤が突然変な声を出した。
「どうしたのよ……?」
夏木が聞くと、工藤が信じられないといった様子で三人へ言った。
「さっき、自販機があったんすけど……信じられないことに飲み物が一律四十円で売ってたっす……」
それを聞いて、ギョッとする三人。
「嘘お!?」
「いや、本当っす……缶コーヒーもジュースも四十円だったっす……」
「……八十円とかならまだ他の会社で見たことがあるが……」
「……うちの会社には下にでも降りないと自販機無かったよね……」
色々とこの時点で既に格差を感じさせられ慄く大樹達一行である。
そこで先頭からクスッとしたものが漏れ聞こえてきた。
「我が社には、各階にコーヒー、水、お茶、紅茶が無料のサーバーが置いてありますので、その自販機の利用者もそう多い訳ではありませんよ」
聞こえていたようで、案内中の女性が振り返りもせずに告げてきて、大樹達は僅かに赤面しながら視線を落とした。
それから間も無くして、とある一室の前で女性は立ち止まり振り返った。
「――それでは、柳様以外の面接を受けられる綾瀬様、工藤様、夏木様はこちらへ入って、腰かけて少々お待ちくださいませ」
「は、はい」
既に自分達の名前を把握している様子の女性に、後輩達が目を白黒させながら返事をする。
そして女性が扉を開いた中へ入っていく後輩達へ、大樹は応援の意味を込めて一人一人目を合わせて見送る。
それぞれ力強く頷き返してきた後輩達が中に入ったのを見届けた大樹は、女性と向かい合った。
「それでは、柳様はこちらへどうぞ」
「はい」
後輩達が面接の間は、入社に際しての話について聞いていてくれと玲華から聞いている。
この女性から話を聞くのだろうかなどと考えていると、女性は面接の部屋のすぐ隣の部屋の扉を開いて、大樹に入室を促した。
「柳様はこちらへ入って、座ってお待ちいただけるでしょうか」
「わかりました」
「お飲み物をお持ちしますが、コーヒかお茶か、どちらがよろしいでしょうか」
「あ、では――コーヒーをお願いします」
「かしこまりました。では、どうぞ中へ」
「はい――失礼します」
会釈して入ると中は十人ほどで会議が出来そうな部屋で、机と椅子が並んでおり、大樹は扉側にある下座の中間にある椅子を引いて腰を落とした。
それから五分ほど待った頃だろうか、ノックの音がしてから先ほどの女性がカップを載せた盆を片手に入ってきた。
「お待たせしました――どうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
大樹の前にカップを一つ置いた女性は、もう一つのカップを大樹の対面の位置に置いてからそのままそこに腰かけた。
「では、着座のままで失礼ですが、改めまして――社長秘書筆頭を務めております、四楓院麻里(しほういんまり)と申します」
机の上にスッと名刺を差し出させれて、大樹も反射的に名刺ケースに手を伸ばした。
「頂戴致します――森開発、システム課、柳大樹と申します」
「はい、頂戴致します」
――これが、公私に渡って玲華をおちょくる麻里と、プライベートの玲華をからかい倒す大樹、その二人が出逢ってしまった瞬間である。
◇◆◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇◆◇
あとがきはこんな感じでやればいいのだろうか……?
当作『社畜男はB人お姉さんに助けられて――』ですが、
双葉社様モンスター文庫にて書籍化します!
発売予定日は4/30となります。
これもひとえに読者の皆様が暖かく見守ってくださったおかげだと思っています、ありがとうございます!
イラスト等はまだ未公開ですが、当方可愛い玲華を目にニヤニヤしている日々であります。
Amazonや楽天等で予約も受付け中でございます。
書き下ろしもあります! まだ先ですが是非とも迎えるGWのお供に……!
また書籍に関してお知らせする際はTwitterや活動報告を通してさせていただきますので!
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