第六十八話 その時間は……?

 

 

 

「昼休みに四人でランチって久しぶりじゃないっすか?」

「本当にね! 私は毎日でも構わないんだけど」

「そうね。でも流石に毎日外食してると飽きがくるのがね」


 工藤、夏木、綾瀬がワイワイと口々に言いながら、椅子に腰を落としていく。


「それもあるが……そもそも、昼休みにも仕事してることの方が多いからな、うちは……」

「それなんですよね……」


 異口同音にため息と共に同意する後輩達を横目に、先に奥へと促され腰かけていた大樹がメニューをテーブルに広げる。

 平日の昼時、会社の近くにあるランチタイムは定食を提供している個室居酒屋で注文をすませると、大樹は後輩三人へ向けて尋ねた。


「お前ら、履歴書は書いてきたか?」

「バッチリです」

「楽勝ですよ!」


 工藤がサムズアップ、夏木がドヤ顔で勿論だと示すのに対して、大樹は頷くだけして返すと、綾瀬へ視線をスライドさせた。


「――で、どうなんだ?」


 その反応に工藤と夏木が揃って不満の声を上げる。


「ちょ、それ、どういうことっすか!?」

「何で私達スルーして恵に確認するんですか!?」


 そんな二人に大樹はやはり頷くだけで返して綾瀬へと目を向けると、彼女はクスリと微笑んだ。


「大丈夫です。一部問題がありましたが、修正してもらいましたし、私も確認したのでもう問題ありません」


 つまりは工藤と夏木だけでは問題があったということだ。

 その二人に視線をスライドさせると、二人とも天井や床が気になっているのか、そちらへ目をやっている。


「そうか。いつもすまんな、綾瀬」

「いえ、これぐらいいつでも言ってください」


 そう言って、スレンダーに見えて実はそこそこ大きい胸を張って、同期の友二人へドヤ顔をする綾瀬に、工藤と夏木が悔しそうに「ぐぬぬ……」と唸っている。


「先輩も確認されますか?」


 綾瀬が胸ポケットに手を入れながら聞いてきて、大樹は目を瞬かせた。


「……もってきているのか?」

「はい。その確認のためのランチだと思ったので。流石に実物を持ってくるのはどうかと思ったので、コピーしたものですが」


 その用意周到さに流石だと大樹は苦笑した。


「そうか。だが、お前が確認して問題無いのならいい。先輩だからと言って、俺が確認するのもどうかと思うからな」


 履歴書は立派な個人情報の塊である。見る必要が無いのならおいそれと見るべきものでないだろう。


「私は別に構いませんが……」


 綾瀬が小首を傾げると、夏木と工藤も頷く。


「はいはい、私も先輩が見るのは構いませんよ!」

「俺も別にいいっすかね」


 そんな三人の信頼のこもった言葉に、こそばゆい感情を覚える。


「……いや、問題が無いのならいいんだ。いいから、しまっておけ」

「……はい」


 少し不満そうに頬を膨らませながら綾瀬はコピーを胸ポケットにしまった。

 そこで夏木が何気ないように聞いた。


「それで先輩、面接はいつなんですか……?」


 その言葉を聞いて工藤と綾瀬もジッと見つめてきて、大樹は思わず苦笑する。


「流石にそこは察してるか」

「そりゃそうっすよ。履歴書が必要な時なんて、面接以外に思いつかねえっす」

「そうそう、工藤くんの言う通り」

「それで――いつなんですか? 先輩」


 工藤の言葉に夏木が相槌を打つと、今度は綾瀬に問いかけられ、大樹は肩を竦めた。


「明後日の水曜だ」


 その回答に後輩三人が揃って、目を丸くする。


「明後日っすか!?」

「二日後って……展開早っ」

「二日後かあ……」

「そういうことだ。当日は服装を整えて――普段からスーツだし、問題ないか。気持ち整えたもので来るようにな」

「は、はい……」


 呆然とした返事がそれぞれの口から出たところで、四人が注文したメニューが届き、各自の前に定食が並べられる。


「平日の昼にこうやってしっかりした定食を食うのはけっこう久しぶりかもしれんな――さあ、食うぞ。いただきます」

「いただきます」


 そうやって四人が手を合わせたところで、工藤が小鉢の煮物をつまみながら思い出したように聞いた。


「――いや、てか、先輩? 俺達は一体どこを受けるんっすか?」

「あ、それそれ」

「そうね。肝心なのはそこよね」


 三人に見つめられ、大樹は煮物を噛みながら少し考えた。


「……そうだな、当日までのお楽しみということにしようか」


 悪戯っぽく笑って告げると、三人は不満を見せた。


「ええ――!? ちょ、それは無しっすよ」

「いや、先輩、面接なんですから、いくらなんでもそれは……」

「そうですよ、先輩。どういったことをPRするか考える意味でも教えてもらわないと……」


 三人の言うことはもっとも過ぎるものだ。

 大樹にもそれはわかっている。

 なのにどうして詳細を伏せたかというと、内定はもう決まっているのだ、折角だから当日に知った上で、それぞれのアドリブ力を磨く一環にするのも悪くないと思ったのだ。実態を知っている大樹からしたら後輩達にいらぬプレッシャーを与えることになるだろうが、最後には喜びが待っているのだ。ここは大樹からの最後の試練として頑張ってもらいたいところである……などと色々理由を挙げることも出来るが、一番は驚かせて楽しみたいという大樹の悪戯心である。


「お前達の懸念ももっともだが、ここは当日に知った上で頑張って対応してみろ。良い経験じゃないか」

「いや、そんな先輩、無茶苦茶な……」

「あー、先輩の悪い癖が出た……」

「本当に。なんでこんなとこでそんなの出すの……」


 頭が痛いと言わんばかりにげんなりとする後輩達を見て、大樹はニヤニヤとする。


「はっは、まあ、なんとかしてみせろ。それに、経験の少ないお前達が出来る自己PRなど限られているだろう。そういう意味では受ける企業がどこであろうと変わらんではないか」

「……それは確かにそうかもしれないっすけど……」

「ねえ? その企業に沿ってのPRとかも必要なんじゃ……?」

「そうですよ先輩、やはり受ける企業がどういうところか知ってる必要はあるんじゃないかと……」


 後輩達の意見に大樹は「ふむ……」と考える。


「俺としては、その辺は必要無い気もするがな……」


 普段はポンコツとしか見えない玲華であるが、社長モードに入った時はそうは見えないほどキリっとしていて鋭い。

 特に、あの目だ。

 真面目な話をしている時、大樹は自分の心の奥底を覗かれたような、考えを見透かされるような、そんな感覚を味合わされたのだ。

 そこそこに親しくなり、今更人柄を計る必要のない大樹相手でさえ、そう思わされたということは、あれは玲華が仕事をしている時に自然と出てしまうものなのだろう。

 そんな鋭い観察眼を持つ玲華を相手に、下手な世辞やおためごかしは通じないだろう。

 それを考えれば、前情報無しに面接を受けるのは、ある意味正しいのかもしれない。その方が後輩達の熱意や、やる気も伝わるのではないか。


「……いや、そうなんだろうな。きっと、そうだろう。やはり知らなくていい。だから、自分の出来ることなどをしっかり話せるようにしておけばいい」


 実感がこもったようなその物言いに、後輩三人は顔を見合わせた。


「えーっと、先輩? だとしても、志望動機なんか聞かれたら……?」


 代表するように聞いてきた綾瀬へ、大樹は率直に言った。


「それこそ、深く考えずその時に思ったことを言えばいい」


 何せ、彼らの大本命なのだから。


「いや、そうは言ってもっすね……」


 納得しかねる工藤に、夏木が「ねえ?」と相槌を打っている。


「……別にそれほど難しいことでもないと思うがな? 極端な話になるが、今いるところと比べたら、どこでも行きたくなるだろう?」

「ほ、本当に極端っすね……」

「いや、ある意味合ってる気もするけど……でも、そうでないところもあるよね、恵?」

「そうね。ある意味ではそうでないと言えるとこもあるわよね」


 そう言って夏木と綾瀬から意味ありげに目を向けられ、大樹は首を傾げた。


「ははっ……あ、そうだ、先輩。愚問なのはわかってるんっすけど、一応聞いておきます。そこって、ブラックじゃないんですよね?」


 同期二人を横目に苦笑していた工藤が、一応と口にしながらも真剣な目で尋ねてきて、大樹は力強く頷き返す。


「そこは間違いない。心配するな」


 すると夏木と綾瀬も真剣な顔をして身を乗り出してきた。


「先輩のこと信頼してますけど、間違いないんですよね?」

「何か根拠はあるんですか? いえ、あるんですよね?」


 大樹の言うことを疑っている訳では無いのだろうが、もっと確たるものを聞きたいといったところだろうか。


「そうさな――」


 企業名を言えば、その辺りのことは気にしないと思うだろうが、それを言ったら台無しである。なので玲華から聞いた話で何かなかったかと考えた。


「ああ、そうだ。根拠になる一つとして、その会社の社長が愚痴っていたことなんだが」


 三人揃って身を乗り出して耳を傾ける中、大樹は苦笑気味に言った。


「仕事がたまっている訳でもないのに、進んで残業してまで次は何をするかと仕事をしたがる社員に、どうやったら残業をやめさせられるか悩んでいるのを見たことがあったな」


 確か玲華は企画開発部の社員だと言っていたか。

 その話を聞いた三人は、揃ってあんぐりとした。


「……なんてとこっすか。残業してるのは同じでも、うちとはある意味正反対じゃないっすか」

「……すごい。残業を自ら進んでしたがるなんて……」

「……うちは仕方なくやって、やらされてるというのに……」


 言いながらどんよりし始める三人に、大樹は苦笑する。


「……まあ、そうだな。うちとは正反対なとこだ。安心したか?」


 そう問いかけると、三人は顔を上げる。


「はい、安心したっす……」

「はい。超ホワイトなんだなってわかりました」

「働きがいがあるということもわかりました……」


 口々に頷く三人に大樹も頷き返すと、綾瀬がふとしたように聞いてきた。


「あの……そう言えば先輩は? 私達に紹介してくれるのは嬉しいのですが、先輩の転職はどうされるんですか……?」


 期待の熱も混じったようなその問いに、大樹はそういえば言ってなかったなと答えた。


「俺はもうそこから内定をもらっている」


 すると後輩三人は、先ほど以上に驚いた顔であんぐりとした。


「ええええ!? マジっすか!?」

「ええ!? 本当ですか、先輩!?」

「なんでもっと早く言ってれなかったんですか、先輩!!」


 立ち上がって詰め寄るように言われて、大樹は目を白黒とさせながら謝った。


「あ、ああ、すまんな。そうだな、先に言っておいた方がよかったか」

「あ、いえ。別に責めてる訳ではないので……」


 小さく頭を下げる綾瀬に、大樹は安堵の息を吐いた。


「えっと、じゃあ、先輩? つまり、俺達は先輩が内定をもらったところを――?」

「それも超ホワイトな企業を――?」

「更にはやりがいもあるところで先輩と――?」


 何故か口々に最後を濁すような言い方をする三人に大樹は頷いた。


「ああ。先方としては面接の結果次第では、お前達三人共受け入れてくれるそうだ――だから、結果次第では、また一緒の会社で働けるな」


 発奮させるつもりで大樹が口にしたその言葉は、果たして想定以上の結果を三人へもたらした。


「夏木、綾瀬……」

「うん、工藤くん、恵……」

「わかってる、穂香、工藤くん……」


 後輩三人は、かつて見たことないほどにギラつかせた目で互いを見やり、言葉少なにして頷き合った。


「絶対に三人揃って受かるわよ――!」


 決意表明するように綾瀬が口火を切ると、工藤と夏木は強く頷き返した。


「おう!」

「ええ!」


 内から溢れる熱を押しとどめるように興奮した表情を湛える三人に、大樹は苦笑を浮かべる。


(気合は十分みたいだな……)


 予想以上の発奮になったようだ。後は入れ込み過ぎないよう注意すればいいだろう。


「ふーっ……ああ、そういうことなら、いっそう企業名聞いて対策を練りたいとこだれど……」


 自らを落ち着かせるように深く一息吐いた綾瀬から期待するような目を向けられたが、大樹は首を振る。


「そこはやはり聞かずに受ける方がいいと俺は判断したのでな」

「そうですか……でも、明後日なんですよね……」

「ああ、明後日だな」

「はい……あ、何時からなんですか、面接は?」

「十九時だ。だから明後日は定時になったら上がるぞ」


 大樹がそう言うと、三人は変なことを聞いたかのように揃って首を傾げた。


「定時……――?」

「――って、何時だっけ……?」

「確か……十九時……? あれ、違うような……それにこの時間じゃ、間に合わないじゃない」


 どうやら残業が当たり前の日々を過ごしている内に、後輩達は定時の時間を忘れてしまったようだ。

 大樹は呆れの色を隠せなかった。


「綾瀬まで……まったくお前ら、いいか、うちの定時はな――」


 そこで大樹は思わず詰まってしまった。


(……そういえば、何時だった……?)


 悩み始めた大樹に、後輩達のジト目が集中する。


「……先輩、社に戻ったらうちの定時調べましょう……」


 疲れたような声を出す綾瀬に、大樹は頷くしか出来なかった。

 

 

 

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