第五十一話 考える玲華

 

 

 

「とりあえず、印刷されたのをもう一枚コピーしました。私も確認する、でいいんですよね?」

「相変わらず察しが良くて助かるわ。お願い、麻里ちゃん」


 大樹が送ってきた企業リストを印刷したものを受け取りながら、玲華は麻里に頼んだ。

 この手の情報に限らず、麻里が蓄積している情報は玲華のを確実に上回っている。


「では――各企業名の横へ黒なら×、白なら〇、すぐわからない微妙なとこにはとりあえず△をつけることにしましょう。△は後で調べておきます」

「そうね、お願い」

「はい」


 大樹からは記憶にある分だけでいいと言われていたが、折角の大樹からの頼み事に玲華が全力を出さない訳がなかった。麻里もそれを察して、手伝ってくれているのだ。

 麻里が席に戻るのを尻目に、玲華はリストの上から目を通す。

 まずは自分のわかる範囲で◯をつけようと思って、上から目を通してみる。


「……うーん……?」


 玲華と関わりのあるというか知識として知っている企業が少なく、一割ほどしか○がなかった。次に×を探してみると、これは最近意識して耳を傾けるようになったせいか三割ほどに×がついた。他はもう△だ。


「……うーん……」


 ただリストの企業と関わりが少ないから○が少ないのかと玲華が唸っていると、麻里が机の前に立っていた。


「――終わりました」

「え、早くない!?」

「以前に、改めて考えると集めて損の無い情報と判断したので、社長が大樹くんと出会ってから、この手の情報を収集しておりました。幸い、全ての企業名がこちらのデータにありましたので」


 そして差し出されたリストを見て、玲華は改めて唸った。


「な、七割ほどが×って……で、残りが○か……」

「はい。正確には黒に近い白なんてものもありましたが、私からしたらとてもお勧めできないとこだと判断しましたので。そして今は白でも近い内に黒になりかねないとこも×にしました。その結果がこれです」

「そ、そう……助かるわ」


 我が秘書ながら、どれだけの情報を蓄えてるのかと玲華は慄いてしまった。


「思うに、あちらでグレーだと判断したもののみを送ってきたのでは無いでしょうか。リストにあった企業名を考えると、そうとしか思えません。大手企業も入っていませんでしたし」

「あ、そっか……でも、だとすると大手やあっちがクリーンな企業だと判断したもの以外の七割が×なんて……」

「……恐らくは職歴の短かさが枷になってるのでは? 条件に合うところが少ないのではないでしょうか」

「ああ、そういうことか……確か、まだ二年目だったわね。大樹くんの後輩」

「らしいですね。でも、このリストは本命リストが全滅だった時用のためのものだと思われるので、そこまで心配するほどのことでも無いのでは?」

「そう……ね……」


(問題はその本命のリストにどれだけの数があるかよね……今は時期的にも中途半端だし……)


 次の春からの雇用と考えて採用を考えてくれるのならまだいいのだろうが、そうでなければやはり彼らの職歴の短さが枷となっているように思える。

 手元のリストの中にある○のついた企業も悪いところでは無いのだろうが、このリストにある時点でなんらかの妥協があるのだろう。

 大樹という自分にとって大切な人が大事にしている後輩である。まだ会ったことがないにも関わらず、下手なところには入社してもらいたくないという気持ちが玲華にはあった。


(……うちならどの部署でも受け入れられる……企画開発の子達が頑張りすぎたせいで仕事には困ってない……いえ、あり過ぎて困ってるぐらい……ううん、それ以前にうちに入りたいかどうかの方が問題か……)


 自分で経営していてなんだが、玲華には自分の会社が優良企業を名乗っても文句を言わせない自信と自負がある。


(優秀な子ならやっぱり欲しいし、大樹くんが面倒見てきた上に太鼓判を押す子達なら、普通に欲しいわね……やっぱり先に聞いてもらうだけ聞いてみようかしら……後輩達が彼らの本命のリストに比べてうちの会社に入りたくなるかどうか……)


 少し気にかかる点として、後輩の女の子二人が大樹を憎からず想っている節があるが、それは別と考えるしかない。大樹の心の安寧の方が大事である。その二人が落ち着かないことには大樹も落ち着かないだろう。

 それに玲華は大樹から待ってもらいたいと言われており、勝者の余裕もあった。


 玲華はそれからも暫し黙考した末に、ジッと立って待っていた麻里をチラッと見上げた。


「――考えは纏まりましたか?」


 何でも聞きますよと言わんばかりに佇む麻里に、玲華は苦笑した。

 恐らくだが、玲華が何を考えていたのかなどお見通しなのだろう。


「――ええ。ちょっと予定を早めるわ。後輩の子達がいくつか受けてから誘ってみようかと考えてたけど、受けようと考えてる企業と比べて、うちの会社に入ってみたいか聞いてもらうよう大樹くんに言ってみる」

「そうですか。いいんじゃないでしょうか」

「……やっぱり反対しないのね?」


 玲華がそう聞くと、珍しく麻里は小首を傾げた。


「以前にも理由は聞きましたし、反対する理由もありませんしね」

「そう」

「あと、以前に大樹くんの情報を集めたせいか、収集にストップをかけても自然と入ってくるんですよね、情報」

「え……そうなの? そ、それで……?」


 ソワソワしながら玲華が続報に関して待つと、麻里は淡々と話し始めた。


「はい。大樹くんと付き合いのある企業の方からなんですが、やはり優秀との声が高いです。加えて、ある時期を境に優秀ぶりに磨きがかかった、と」

「……ある時期?」

「はい、およそ一年ほど前になるでしょうか」

「へえ? 何があったのかしら?」

「……社長にしては察しが悪いですね。話の流れからわかりませんか?」

「……あ! 後輩の子達……」

「ええ。後輩の子達が入社して半年――普通なら仕事を覚え始めたところなんでしょうが、いえ、実際に三人の内、二人はそうなのでしょう。一人が何かしら突出――いえ、化けたようですね」

「あ……」


 玲華の脳裏に後輩達の話を語っていた時の大樹の言葉が浮かび上がる。

 ――この一言に尽きます。非常に優秀です。


「恐らくは社長が非常に優秀だと聞いていた子のことでしょう――名は綾瀬恵」

「そ、そう。綾瀬って子だったわ、確か」

「やはりですか。本当に優秀のようですね、大樹くんの仕事の効率を恐らくは十全以上に揮えるようにサポートしていると思われます。大樹くんと併せて名前を覚えている方が多数いました――新卒と言って差し支えない子の名を、です」


 玲華の背筋にゾクっとしたものが走った。

 そして続けて口を開く麻里の声に心なしか熱がこもっているように玲華は感じた。


「そして仮にですが、綾瀬恵が我が社に入社したら――私に面倒を見させてください」


 言葉ではお願いの形だが、その断固とした口調に、麻里の中では確定事項のようになっているのを玲華は感じとった。


「……彼女が秘書課に興味を持つなら、ね」

「もちろんです――という事で、大樹君一党を入れるのは賛成です。いえ、寧ろ積極的に入社を勧めるべきでしょう。ヘッドハンティングという形でもいいぐらいです」


 どうやら相当、綾瀬のことが気にかかっているようだ。


「……大樹君一党、と言うと……大樹くんも?」


 玲華がそう聞くと、麻里は目を瞬かせた。


「勿論です。集めた情報から優秀なのはわかりきってますし、あんな会社で飼い殺していい人材ではありません」


 何を言ってるんですかと語尾に聞こえてきそうな調子で言われて玲華は苦笑した。


「……そうよね……」

「……入って欲しくないんですか?」


 玲華の煮え切らない態度に麻里は不思議がった。


「そんな訳ないじゃない。大樹くんにも入って欲しいわよ!」

「……? なら、どうして、そのような――ああ、断られるのが怖いのですか」


 ギクリと玲華は肩を揺らした。


「図星ですか。まったく何を今更――と言いたいところですが……でも、そうですね……ふむ……」

「え、何? 何なの、麻里ちゃん!?」

「いえ。先輩から聞いた大樹くんの性格を分析したら、後輩達の分は甘えるでしょうが、彼自身となると……と思いまして」

「え――やっぱり!?」


 何となくであるが、玲華自身も思っていたのだ。大樹は誘っても来ないのではないかと。


「ですが、どうなんでしょう……本人と話していればもう少しハッキリしたのですが――」


 玲華が項垂れていく中、麻里は軽い調子で言った。


「けど、後輩三人次第では一緒に入るという可能性も高いと思いますが。でなくとも、誘い方次第で、十分に勝算はあると思います」

「ほ、本当――!?」

「はい」

「ど、どう誘えば――!?」

「ええ、肝心な点として、親しい仲だからという点は一切出さずに、評判として大樹くんが優秀なのを知ったからという点で誘わなくてはダメです。同情からの誘いだと思われてはいけません」

「そ、そうね。大樹くん、親しくなってもこのリストのことぐらいしか頼ってこないし、情じゃダメよね……。それに実際に、優秀な人欲しいんだし……」

「そうです。実際的に優秀だから我が社は欲しいのです。先輩と親しいからでは無いんです」

「そ、そうね」

「ええ。大樹くんが近くにいれば先輩がきっと面白くなり、この会社であたふたする先輩が見れるかと思うとそれはもう楽しそ――ゲフンゲフン――次点としてですが」


 咳払いをし、キリっとした麻里に玲華は待ったをかけた。


「ちょっと――!?」

「ええ、次点としては、やはり後輩達が入ればすんなりいくのではと思います。彼らとまた一緒に働く機会があるのは大樹くんにとっても後輩達にとっても嬉しいことでしょうから。それでも難色を示した場合、後輩達三人をうちへ放り出して満足するのでなく、彼らを見守るために、共にここで働いてはどうかと」

「な、なるほど……! ってちょっと待ちなさい! さっきのは聞き捨てならないわよ!!」


 納得しつつも玲華が抗議するが、麻里は構わず続ける。


「そして、さっきのでも大樹くんが渋った場合は――」

「ちょっと麻里ちゃん!?」

「――何ですか?」


 ここで何故かピタッと止まって、聞き返す麻里に玲華は戸惑いつつ口を動かす。


「あのね、私をからかうために、大樹くんをうちに入れたいなんて考えてないでしょうね?」


 玲華の問いに、麻里は心外なと首を振りつつため息を吐いた。


「何を言ってるんですか、そんなこと――大当たりのおまけぐらいにしか思ってませんよ」

「そ、それはかなり嬉しいやつでしょ! すごく待望してるやつでしょ!?」

「ええ――ですが、おまけはおまけです。副産物です。それが主目的ではありませんので、先輩をからかうために彼を入れたいという訳ではありません。おわかりですか?」


 懇々と諭すように言われて、玲華は唸る。


「む、むう……」

「――それで続きは聞くんですか? 後輩達を口実に入社を促して、それでも難色を示した場合ですが」


 ここでそれはズルいと玲華が思うのも無理は無く、だが口にせず渋々と頷いた。


「……続けて」

「はい、これは最後の手段とも言えますが――」

 

 

 

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