第四十八話 やはりカリスマ社長の玲華
「――次、広告事業部お願い」
いつもの定例会議の最中で、玲華がそう声を上げると、若手のチーフである広瀬が顔を上げた。
「はい、広告事業部からは前回の会議でS社との契約成立について報告しましたが、その後にすぐに先方から次シーズンでの契約更新について話したいとの連絡を受けて調整中です」
その話を聞いて玲華は、すぐに「ああ、やっぱり」と内心で独り言ちた。
「そっか。やっぱり通年の契約に切り替えたいって話かしら?」
微笑みながら広瀬へ目を向けると、彼女は昂揚した面持ちで強く頷いた。
「だと思います。社長が言っていた通りに、先方から話が来て驚きました」
広瀬の目にはわかりやすいほどに「社長すごいです」と尊敬の色が浮かんでおり、玲華は苦笑した。
「もう、広瀬ちゃん、そんなすごい話でもないのよ?」
「え、でも、本当に社長の言う通りになりましたし――」
「ええ、そうね。でも、ちょっとS社の背景知ってたらそうでもないのよ?」
「……どういうことでしょうか?」
「ええ、S社が最近まで契約してたとこなんだけど、そこ、あまりS社とは相性良くなかったのよね。なのに、当時の担当者のミスかしらね? 契約に縛られるようになって、したい時に好きに解除出来なかったようなのよ。それで晴れて契約満了になったから、新規でうちと、って話になった訳だけど、流石に前回ので懲りたからでしょうね。慎重になって、まずはワンシーズンで契約って選択をしたのよ」
「は、はあ……なのに、何故すぐに更新についての話になったんでしょう?」
その疑問を抱いたのは広瀬だけでなく、会議に参加している他の面子も同様であった。
「簡単よ。S社と懇意にしているB社の社長に、うちの会社についてちょっと話題に出してもらっただけよ。B社がうちと契約して、どうだったかって話をチラッとね」
玲華がウィンクしながら、親指と人差し指で少しの隙間を作って見せると、広瀬が口をあんぐりと開いた。
「――そ、それでは社長がわざわざB社の社長にそう言ってくれるよう頼んだということでしょうか?」
そう聞く広瀬の顔色が少し悪いのは、自分の仕事の成功のために、自分達の社長が頭を下げたのだろうかという不安のためだ。
それを玲華は手をヒラヒラと振って打ち払う。
「いいえ。頼んでないわよ? B社の社長とこないだお会いした時に、少し話題に出しただけよ。『S社はどうもうちとの契約でも不安に思っているようです』って、それだけよ? そしたらB社の社長がS社の社長にそれとなく話しておくって言ってくれてね。何せこの二人、同窓で仲が良いから、B社の社長もS社の社長の不安を晴らしてあげたかったんでしょう。うちとの契約について語ってくれたんだと思うわ」
唖然とする社員達を前に、玲華は悪戯っぽく笑ってから付け加えた。
「ああ、でも、今回の契約の更新の話が出たのは私が根回ししたからだと思っちゃダメよ? 私が何もせずとも同じ結果になってたでしょうから。それが遅かったか早かったかだけの違い。私がしたのは結果を早めただけだから」
「いや、だけって言っても社長……」
そう呆然と言ったのは、企画開発部事業部唯一の常識人、または苦労人と言われる石田である。
「本当よ? 前の会議で私がいずれは先方から話が来るって言った時も、B社の社長に話すなんてこと考えてもなかったのよ? お会いした時に、そう言えばって思い出して話しただけだもの」
そう言って肩を竦めた玲華は、未だ呆然としている広瀬に向けて微笑んだ。
「だからこれはね広瀬ちゃん、あなたがキチンと対応したからこその結果よ。広瀬ちゃんがおざなりに契約を結んでいたら私が口添えを頼んだとしても、こうはならなかったわ。だからごめんね、広瀬ちゃんに頼んだ仕事なのに私が勝手に口入れちゃって」
片手を立てて謝罪のポーズをすると、広瀬はハッとなって、勢いよく立ち上がってブンブンと首を横に振った。
「――そ、そんなとんでもないです! ありがとうございます、社長!!」
ガバッと頭を下げる広瀬に、玲華は苦笑して手を振る。
「もう、こっちは謝ってるのに……ほら、座って?」
「は、はい……」
座り直した広瀬に玲華は再度言う。
「もう一回言うけど、私が何もしなくてもこの結果は変わらなかったはずよ。だから自信持ってね、そしてこれからも今回のように丁寧に話しを進めてね、広瀬ちゃん」
「は、はい――!!」
先ほど以上に尊敬に満ちた目でまっすぐ見つめられて、内心で苦笑しつつも玲華は微笑んで頷いて返した。
「それじゃ、広告事業部からは以上と思っていいのかしら? それじゃあ、次、企画開発事業部お願い――じゃなくて、私から先に一つ聞いてもいいかしら?」
「は――何でしょうか」
返事をしようとしてから聞き返す石田に、玲華は額に青筋を作りながらニコリと微笑んだ。
「企画開発事業部の皆のタイムシート確認したら、今月入ってから二週間で残業40時間って――どういうことなのか教えてくれる?」
痛い所を突かれたと言わんばかりに目を逸らした石田は、ため息を吐いた。
「その――以前の会議で社長から残業時間は40までという事を皆に告げたんですが――」
「ええ、そう言ったわね」
それでどうなったのかと目で問うと、石田は更にため息を吐いた。
「そしたら皆、『じゃあ、40時間は残業してもいい訳だから、とりあえず40使ってしまおう』と……そういう訳で」
周りから噴き出す音が聴こえてくる中で、玲華は頭痛を堪えるように額に手を当てて唸った。
「……じゃあ、40時間使った訳だから、今月はもう残業しないと考えていいのね?」
当然の帰結として玲華がそう問うと、石田は視線を彷徨わせてから言った。
「……そうなればいいと思ってます……」
希望的観測としか聞こえないその回答は石田自身、そんな訳ないと思っているのが透けて見える。
会議に参加している他のメンバーも「無い無い」と言わんばかりに首を横に振っている。
「ええと、社長、言い訳させてもらうなら俺は確かに言いました。全員に残業は40までだと。紙に書いて室内の扉の目線の位置に張り付けもしたし、部内メールでも毎日送りました。『今月の残業は40まで』と」
石田の言ったことが嘘でないことは玲華も把握している。更に把握してる事実として、企画開発事業部が今日の定時過ぎの時間に、いくつかの会議室を抑えていることも。
「ええ、わかってるわ。石田くんが率先して示すために定時で上がってることも」
ホッとする石田に、玲華は断固とした口調で言った。
「――でも、今日からは企画開発時事業部に残業はさせませんから。定時になったら無理矢理にでも退社してもらいます」
彼らに差し迫った仕事が無い――どころか、どの仕事も非常に余裕があることも玲華は把握している。
「えーと……どうやってかはわかりませんが、その、お手柔らかにお願いします……」
玲華から確かな覚悟を感じたのか、石田は頬を引き攣らせていた。
会議が終わり、玲華が退室してから――
「……なんか社長、先週と比べてグッと落ち着いた感じだな」
「あ、私もそう思った」
「だよな? 先週までの社長って、なんか――」
「そうそう、なんかちょっと、浮ついてたと言うか――」
「ちょっとふわふわぽわぽわしてた感じ?」
「――それだ」
「ああ――可愛かったよな、社長……」
「ほんとね、すごいわ。元から完璧美人なのに、あんな可愛さまで出すなんて、って」
「なあ? そのせいか『今日の社長』の写真アップしてるサーバー、一時パンクしたみたいだし」
「あー、ダウンロード出来なかったのそのせいか」
「それは仕方ないわ」
「ええ、仕方ないわ」
「……それが今週入ってからは急に落ち着いちゃって」
「いや、どころか、なんかパワーアップしてる感がしないか?」
「私も思った。なんかエネルギーが満ち満ちてるっていうか」
「ああ、絶好調って感じだよな」
「……やっぱり、男か……?」
「噂ではそうみたいだけど……」
「だとして……どんな男なんだ? あの社長を射止めるなんて」
「さあ? 少なくともこの会社の男じゃないでしょ」
「あの社長と釣り合うとしたら……やっぱり年上でダンディーなお金持ちな人?」
「あー……そうだな、ダンディーはともかく、年上なのは間違いないだろ。そうでないと、色々と釣り合わんだろうし」
「やっぱりどっかの会社の社長かな? こう――なんだろ、社長とかセレブが集まるようなパーティーで出会ったとか?」
「その線はデカイな」
「きっと俺達には想像もつかないような煌びやかなパーティーなんだろう」
「うーん……その可能性も否定しないけど、案外普通な感じの人もあるんじゃない?」
「そうか? 何で?」
「だって、社長って度量広いじゃない。それに本人がお金持ってるんだし、男にセレブリティとか、そういうの求める?」
「……いや、しかし……」
「私もそう思うなー、社長はきっと見た目とかステータスより、中身重視派よ、きっと」
「あー……言われてみれば、そんな気がしてきた」
「何より、社長が採用してる人とか見たらそんな気がする。上っ面で判断してないし」
「それ言われると言い返せんな……社長に拾ってもらった身としては」
「いや、ここにいる面子は全員、最終面接は社長にしてもらってるでしょうに」
「え、そうだったんですか?」
「なんだ、知らなかったのか?」
「知りませんでした……」
「一応言っとくが、社長が採用したから会議に呼ばれてる訳じゃないぞ?……自分で言うのもなんだが、能力を認められてるからここいる訳だからな」
「それは……はい、先輩達の仕事ぶりにはいつも驚かされてますから」
「まあ、ここにいる私が言うのもアレだけど、社長って社長やってるだけあって、人を見る目がすごいのよ。だから、ステータスはご立派だけど、中身はスカスカな男とか絶対相手にしないはずよ。賭けてもいいわ」
「ははっ、それは間違いないな」
「けどな、あれだけ完璧な社長と付き合える男にもやっぱりそれ相応の度量は無いときついんじゃないか?」
「……それは否定しないわ」
「ふーむ……どんな人なんだろうな?」
「度量は別として……案外、歳下の男の可能性もあるんじゃないかしら?」
「……そうか?」
「ああ、あるかも。ほら、社長が可愛がりたいとか甘やかしたいとか、そんな感じで」
「あー……ツバメくん路線か。なるほど、それならあるかも」
「だとしたら線の細い優男な感じか?」
「あとイケメン」
「……なんか、そういう方向なのかと思えてきたな……」
「でしょー?」
このように会議室にいた面々は、自分達の社長のお相手について、賑やかに論じ合った。それが如何に的外れであるかを知らずに。
優秀な彼らでも、プライベートでの玲華の姿を知らないのだから、それも無理は無いと言えた。
だが驚くべきは私生活でのポンコツさを彼らに一切悟らせていない玲華か。
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