第四十一話 この手はもう通じないのか

 

 

 

「へー、意外。大樹くんもけっこうアニメ観てるんだ」

「ええ、何せ毎日のように終電で帰ってきて、それから何か食ってる時なんかにテレビつけるとやってるのが深夜アニメですからね。なんとなく習慣的に流してたら、観るようなってました」

「ああ、そういう……私の場合は会社立ち上げのメンバーの子でアニメ好きな子がいて、観ろ観ろうるさいから観るようになった感じかな」

「なるほど。でも観ると面白いもんですよね」

「ね。気に入ったやつなんかBlu-ray買っちゃった」

「へえ。何買ったんですか?」

「『ポールルームへようこそ』って、ダンスするやつ」

「あ、あれ面白かったですね」

「ね、面白いわよね!」

「ええ。俺は何回か見逃してしまったんですが、それでも面白かったですね」

「え、見逃した回あるの!?」

「ええ。最後の大会で言うなら二話ほど」

「ええ!? あの大会は一話も見逃したらダメなやつじゃない!? いえ、最後の大会に限った話じゃないけど!」

「やっぱりそうですよね……それでも面白いと思えたから、またすごいと思いますよ」

「ええー……それはそうかもだけど、やっぱりちゃんと観ないと――あ! Blu-ray貸そうか!?」

「あ、それはありがたい――と言いたいところですが、寝る時間が無くなりそうですね。借りると」

「あ、それは不味いわね……じゃあ、いつか家来た時で、ゆっくりする時間なんかあった時に、ここで一緒に観る?」

「ああ、いいですね。しかも、あんな大画面のテレビで観れるなら一層面白そう」

「うんうん、そうしましょ」

「ええ、是非――あ、もう30分経ってますね」

「あら、本当。いつも思うけど、時間経つの早いなあ」

「ははっ、確かにそうですね」


 コーヒーを飲みながら今日観た映画の感想など話していて、それから映画がアニメだったということで、別のアニメ作品の話で盛り上がり、あっという間に時間が経っていた。

 キッチンに戻ると、大樹はスープの続きから入った。

 カットされたカボチャと玉ねぎが入っているスープメーカーに、追加で水、生クリーム、塩、固形コンソメを入れて、スイッチを押す。後は待つだけである。普通に作ろうと思えば、ちょくちょく鍋を見なくてはいけないので、スープメーカーを使えば非常に楽が出来て助かる。


「――よし」

「へえ、これでスープ出来るの? 材料入れてスイッチ押して待つだけ?」

「ええ。材料次第で色々な味のスープを――何で俺は持ち主に使い方を説明してるのか……」

「ちょ、ちょっと待ってよ。これに関しては買ったんじゃないのよ? 忘年会のビンゴで当たったのよ?」

「おや、そうでしたか。それでしたら仕方ないと言えますね」

「……何か含んでない?」

「そんな、とんでもない」


 大樹が殊更驚いた顔をして見せると、玲華は怪しむようにジト目を向けてくる。


「私知ってるんだからね、大樹くんがそういう顔してる時は私のことからかってるんでしょ」

「――なんてことだ」


 大樹は無念に堪えないように首を二度三度と振る。


「――この手はもう通じないのか」

「もう! 何がこの手よ、やっぱりからかってきてんじゃないの!!」

「残念です。ほとぼりが冷めるまでは封印ですね」

「からかうのをやめろって言ってんのよ!」


 玲華がそう言うのに大樹は反論する。


「いえ、前にほどほどにからかうのはいいとOKをもらいました」

「あ――う……」


 自分で言ったのを思い出したのか、二の句を返すことが出来ない様子の玲華に、大樹はそういえばと口にする。


「あ、そろそろ飯炊きの方、お願いします」


 すると玲華は、ぎこちなく笑って、同じくぎこちない動きで自身の大きな胸を叩いた。


「ま――まっかせなさい!」


 任せて大丈夫なのだろうかと、大樹は少し不安になった。



 

 すぐ横で米を研いでいる玲華を横目に、大樹はサラダの用意を済ませておく。

 大根を前の時と同じような形で大量に切り、続いて玉ねぎを薄くスライスする。これらを氷水にさらしておく。そして水菜をザクザクと切ってサッと水で流して、これはラップをして冷蔵庫に置いておく。ついでに梅干しを取りだす。

 梅干しから種を取り除き、包丁で叩いてペースト状にし、これをボウルに移して、サラダ油、酢、水、砂糖、醤油、和風だしの素を入れながら泡立て器でかき混ぜる。

ペースト状の梅が綺麗に混ざり、液体っぽくなったら終わりである。

 器の縁にある部分を指で掬って味見をする。問題ないので、これも小皿に移して冷蔵庫に入れておく。これでサラダの用意は終わりである。

 次は付け合わせで使う野菜を用意する。

 じゃがいもを取り出し、新品のタワシでゴシゴシと洗う。


「え!? タワシで洗うの!?」


 玲華が驚きの声を上げて、大樹は苦笑する。


「ええ。じゃがいもってのは泥がついてますからね。皮を剥くなら、ここまでして洗う必要は無いんですが」

「へ、へえー?」


 おっかなびっくりな玲華の前でじゃがいもを洗い終えると、縦にくし切りする。

 切り終えたら容器に入れてラップをして、レンジで加熱する。じゃがいもに関しては下準備としてこれだけしておく。

 そしてほうれん草を取り出すと、五センチほどの長さに切って鍋に入れ、軽く茹でておく。

 茹で終わるまでの間に、ニンジンをラグビーボールのような形に切っていく。切り終えたらこれも鍋に入れ、水で浸すと砂糖を加えておく。これに関しては火をかけるのは後だ。ハンバーグを焼く前ぐらいに火をつけるぐらいでちょうどいいはずだ。

 それから茹で終えたほうれん草を、水切り用のボウルに入れて、水を切りつつ冷めるのを待つ。

 最後にミニトマトを取り出し、ヘタをとって洗うと、半分に切って器に入れ、ラップをして冷蔵庫に入れる。同時にミンチを入れて置いたボウルを取り出し、中を確認して大樹はニヤリとする。


「――いい感じだ。ほら、見てみますか、玲華さ――どうしたんですか?」


 ミンチがどうなってるのか見せようとしたら、米を研ぎ終えた玲華がポカンと大樹を見ていた。


「――あ、えっと、料理してる時の大樹くんって、テキパキ動くなって前にも言ったと思うけど、今日はいつにも増してだな、って思って……」

「……そうですか」


 つまりは褒めてくれているのだろうと思って大樹は苦笑を浮かべる。


「店の厨房だったら色々と並行作業で進めますからね、こういうのに慣れてるだけです」


 肩を竦めて言うと、大樹は玲華へ歩き寄る。


「そ、そうなんだ、大変そうね、飲食店の厨房って……」

「そうですね。それよりもこれ見てみますか」

「うん?――あ、なんかさっき見た時と違って、ちょっと固そう?」

「ええ。なので、これでハンバーグの形にすることが出来ます」

「あー、なるほどねえ。だから冷蔵庫で冷やしてた訳か」

「そうです。後はこいつを形成して焼けばハンバーグの完成です」

「ふんふん」


 目を輝かせる玲華の前で大樹は手を洗うと、再び氷水のボウルで手を冷やして、サラダ油を手に垂らして軽くなじませる。それからミンチを掌に乗せて両手でポンポンとお手玉のように投げて空気を抜く。


「あ――! それ知ってる! 空気抜いてるのよね?」

「そうです」


 頷くと予想通り得意気になった玲華をからかおうかと思った大樹だったが、ふと思い立って言った。


「玲華さんもやってみますか?」

「え……わ、私が――?」

「ええ。特に難しいものでも無いですし」

「だ、大丈夫かな、私がやって台無しにならないかな――?」


 心配そうな顔になる玲華を大樹は笑い飛ばした。


「はは、大丈夫ですよ。そう心配しなくても。そうだ、俺の分をやってくださいよ」

「え、私が大樹くんの分を――!?」

「はい。今やってるこれは玲華さんの分にしますから」

「あ――わ、わかったわ、やってみる――!」


 拳を握り意気込んで頷く玲華に、大樹は思わず微笑を浮かべた。

 そして玲華が手を洗って大樹と同じく氷水に手を浸そうとしたのを見て口を挟む。


「玲華さんまで、手は冷やさなくていいですよ」

「え――? でも、こうした方が美味しくなるんでしょ?」

「そうですが、無理はしなくても。そもそも女性の方が体温は低いですし――」

「もう、大樹くんはしてくれてるんだから、私もするわよ!――ひゃあ、冷たい!?」

「だから無理しなくても――」

「いいの!」


 玲華はブルっと体を震わせて手を引き抜くと、いそいそと手を拭ってサラダ油を垂らしてなじませてから、ミンチの入ったボウルに手を入れる。


「無理に大きいの作ろうとしなくていいですから、こうやってポンポンと投げれるだけの分量でいいですから」

「……でも、それだと大樹くんの小さくなっちゃうんじゃない?」

「構いませんよ。余ったので小さいの俺がもう一つ作りますから。それで俺の分は十分です」

「そっか」


 そして玲華は大樹の手元を見ながら、ぎこちなくポンポンと投げ始める。


「――そうそう、普通に出来てますよ」

「本当に? 問題ない?」

「ええ。問題ありません」

「そっか――ふふっ」


 それからはぎこちなさも無くなり、微笑まで浮かべてスムーズに作業を進める玲華。


(……ここはポンコツが出なかったか……)


 ホッとした大樹であった。

 それから大樹は余ったミンチも同じように処理し、大中小の大きさの三つのハンバーグのパティの形成が終わる。玲華の形成した分に関しては最後に大樹が少しだけ手を入れたから、三つとも表面にヒビも無く綺麗なものだ。真ん中には軽くくぼみを作っておく。


「ふんふん、いい感じじゃない?」


 ニコニコする玲華に、大樹は同意するように頷く。


「ええ、じゃあ、焼き始めますか」


 そこでフライパンを準備する前に先に、ニンジンの入った鍋にバターを入れて火をかけて煮込み始めておく。

 それからガスコンロの上にフライパンを二つ並べて、一つにはオリーブオイルをたっぷりと注ぎ、もう片方は少しだけかけてからこちらだけ火をつける。そしてフライパンに熱が十分に通ったら、パティを並べる。

 ジュウ――とフライパンの上で音が鳴るのを、玲華が興味深そうに眺めている。

 そして頃合いと見て、三つともひっくり返して蓋をし弱火にする。そしてニンジンの入った鍋が沸騰しているのを見て、こちらも弱火にしておく。

 それから蓋を開けてまたひっくり返すと、もう一つのオイルがたっぷり入ったフライパンに火をつける。こちらが熱されたのを見てから、大樹はそこにレンジから出したじゃがいもを大量に投入する。


「……もしかして、同時にポテトも作ってるの?」


 流石にポテトを作っていることはわかったらしい玲華。


「ええ。やっぱりハンバーグの付け合わせにはポテトでしょう?」

「うんうん……にしても、並行して色々進めているのね? このニンジンもよくお店で一緒に出てくるやつと同じやつなのよね? すごくいい匂い……」


 鼻をスンスンとさせている玲華に、大樹は微笑を浮かべる。


「そうですね。なるべくなら全部温かいうちに食べたいですからね」

「ふふっ――ええ、そうね」


 大樹はじゃがいもを転がしながらパティからも目を離さない。

 そしてポテトを炒める手を止め、ハンバーグのフライパンに赤ワインをかけ、強火にするとフライパンを傾けて、火と引火させてフランベ。

 ボウっとフライパンの上に火柱が立つ。


「わあー!」


 玲華が感嘆した声を出して、目をキラキラとさせている。

 アルコールが飛び火柱が無くなると弱火にして、また蓋をする。

 そして蒸し焼きしている間にポテトを炒め終えておく。そして、こちらの火を止めてからハンバーグの方の蓋を開ける。

 ブワッと赤ワインの香りが広がり、思わず頬が綻ぶ。

 そしてハンバーグの中心を指で軽く触れていく。


(……大きい方はまだ完全じゃないが……まあ、大丈夫か)


 焼き加減をそれで確認し終えた大樹は、フライパンを傾けハンバーグから出た肉汁を片側に寄せ、その上に中濃ソース、ケチャップ、再びの赤ワインを投入し軽くかき混ぜてから蓋をして最後の蒸し焼きをする。

 この間にポテトをキッチンペーパーを乗せた皿に移しておく。


「だ、大樹くん……暴力的にいい匂いが……」


 玲華が今にもよだれを垂らしそうな顔で、蓋がされたフライパンを凝視している。


「もう完成しますから、テーブルの用意しながら待っていてください」


 大樹が苦笑してそう言うと、玲華はいそいそとテーブルを片付け布巾で拭き始めた。

 蒸し焼きはもう十分だと見た大樹は蓋を開けると、先ほど以上に暴力的な匂いが辺りに漂い始め、玲華がサッとこちらに振り返った。構わず大樹はフライパンを揺すりながらソースを煮詰めていく。その際、スプーンでソースをハンバーグにかけるのも忘れない。

 次第にソースはとろみが出てきて、ハンバーグには照りがつき始め――完成である。

 ここで焼き加減を見るために爪楊枝など刺すととんでもないことになる。試さずとも大樹には何が起こるかわかりきっている。

 火を止めて、蓋をしておくと他の仕上げ作業を始める。

 水が切れているほうれん草を器に盛って缶詰のコーンも乗せてから醤油をかけ、その上にバターを乗せてレンジでチンする。水菜、大根、玉ねぎを順に器に山のように盛り、梅で作ったドレッシングをかければサラダの完成。ミニトマトが入った器にはオリーブオイルと酢とクレイジーソルトをかけて軽く混ぜると、バジルをかける。これにてミニトマトのマリネの完成である。これらをしている間に電子レンジが音を鳴らす。これにてほうれん草コーンのバター醤油がけが完成。


「――つ、次々と料理が出来上がっていく……」


 それらの様子を玲華が呆然と見ている。


「はは。さあ、これらはもう終わってるので、テーブルに運んでいってくれますか」

「は、はい――!」


 玲華が思わずといったようにピシッと敬礼をして、キッチンとテーブルを往復し始める。

 そして付け合わせの最後の一品、ニンジンが入った鍋を見てみると、上手く煮詰まっていたようで、いい具合に煮汁が減っている。強火にして仕上げの焼きを入れて照りが出たところで完成である。

 それからメインのハンバーグを皿に乗せ、ニンジンとポテトを添える。大樹の皿には玲華が形成した中の大きさのハンバーグと小さめのハンバーグの二つだ。フライパンに残ったソースをそれぞれにかける。そしてその上にコーヒーで使うフレッシュクリームをかけると、黒のソースの中に白の模様が出来て、見栄えが更に良くなる。

 最後にスープメーカーを開け、蓋についている部分を指で掬って味見をし、問題ないことが確認できたので、器に流す。


「――よし、全部完成」

 

 

 

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