第二十四話 チャーハンには
角煮の煮汁を味見して、味の調整を終えて加圧無しで最後の煮込みをしている間に、大樹はチャーハンを作り始める。
前に作った時と手順はさほど変わらないが、違う点としては具材である。以前はレタスと鮭がメインの具材であったが、今回は角煮をそれに当てる。元々チャーハンではチャーシューを使うのが王道だと考えれば、歯応えが物足りない点を除けば味の染みた角煮は十分にその代役を務められる。
なので鍋から角煮をいくつか掬い上げ、それを細かく切っていく。そして一切れだけ口に放り込んで味見をする。わずかな噛み応えを返しつつも、すぐに口の中でホロリと崩れ、甘辛く煮込んだ煮汁が舌に広がっていく。
「――うむ」
完成前なので少しだけ固さがあるが、それはチャーハンを作る上では都合が良い。さて、米を盛ろうかとしたところで、クイクイと袖を引っ張られる。目を向ければ、玲華がワクワクした顔で口を開けて待機している。どうやら味見をさせろということらしい。
「――これこそ、未完成のものなんですがね」
「い、いいじゃない。柳くん食べてからすごく美味しそうにしてたじゃない。ね?」
「……仕方ないですね」
ため息を吐いて、大樹は刻んだ角煮を箸でつまんで玲華の口にいれてやる。
「――んん! 柔らかい! やっぱり美味しい!」
幸せそうな笑みをそうやって見せられると、まだ未完成だというのに大樹の体に満足感や達成感が広がってくる。
思わず綻んでくる頬に自覚しながら大樹はチャーハン作りの準備を始める。米を盛り、使う材料を傍に置いておき、中華鍋をセットして火をかける。
「前にRINEで言いましたよね? 前に作ったチャーハンは75点だったって」
大樹の邪魔にならないように、カウンターの向こう側へと移動し、これからのチャーハン作りを楽しみに目を輝かせている玲華へ、大樹はそう声をかけた。
「え? ええ、私には信じられないけど……そう言ってたわね」
「足りない点数ですが、それはこいつが無かったからです」
そう言って大樹が手に取ったのは、豚のバラ肉を焼いた時にたっぷりと出てきた油である。
「それって、さっきの油? あ、白くなってる……もしかして冷えて脂肪に戻ったの?」
「そういうことです。そしてこの油だけとなって冷えた塊を世間ではラードと呼びます」
「あ! え、それがラードなの!? お肉焼いて出た油が!?」
「そうです。そしてこれが美味いチャーハンには不可欠なものです――俺の主観ですが」
「! つまり、今日は柳くんの100点のチャーハンが食べられるってこと!?」
「ふっ、料理に100点満点なんて……と言いたいところですが、95点ぐらいには近づけて見せましょう」
「おおー!」
玲華がパチパチと拍手なんてしている中で、大樹はラードの半分を熱した中華鍋に放り込み溶かす。そして卵、ご飯、ネギ、角煮、塩胡椒、醤油と中華鍋とおたまを動かしながら手早く投入していく。中華鍋の上で踊る具材を玲華がキラキラした目で眺め、二分が経つ直前のこと。
「よっし、一人前上がり」
言葉通り、一人前のチャーハンが完成し、皿に移す。
「あははっ、相変わらず見ててすごくて楽しい!」
またパチパチと手を叩いてる玲華に、大樹は微苦笑を零し、続けてもう一人前のチャーハン作りに入る。
「如月さん、そろそろ料理も終わるので、テーブルの上の準備お願いしていいですか」
「あ、そうね。まかせてー!」
そして玲華がテーブルを拭き始める頃にはもう一人前のチャーハンも作り終える。
それを皿に盛ってから、冷蔵庫からベーコンを取り出し、これをカリカリに焼いて、短冊状に切ると、氷水にさらしておいたレタスと大根の水を切って皿に盛り付けると、その上にカットしたベーコンをパラパラと被せる。最後にプチトマトで周りを添えると、見た目も色鮮やかな大根サラダの完成である。
チャーハン、サラダ、冷蔵庫に入れていたナムルなど、玲華に頼んで順次テーブルに運んでもらう。
「わあ、綺麗なサラダ! ねえ、これってドレッシングは何かけるの?」
「そいつは、マヨポンが合うんでそれで」
「マヨポン……? ああ、マヨネーズとポン酢?」
「ええ、冷蔵庫から出しておいてください」
「はーい」
ルンルンとキッチンとテーブルを往復する玲華に、思わず大樹の頬が緩む。
後はもう角煮を皿に盛るだけである。終えて、テーブルに持っていくと、玲華が瓶ビールとグラスを既に用意して待っていた。
「最初はやっぱりビールがいいのよね?」
「ええ、もちろんです」
「日本酒も大吟醸冷やして置いてあるからね、飲みたくなったら言ってね!」
玲華が得意顔でウィンクとサムズアップをしてきて、大樹は感動を露わにする。日本酒に関しては買い物リストに入れてなかったので、玲華の純粋な心配りだろう。
「おお、如月さん――!」
「ふっふーん、柳くんきっと日本酒好きだろうと思って買っておいたんだ」
「大好きですよ。特に角煮には合いますし、今日来る時に買ってくればよかったと思ってたところです」
「ふふっ、ならよかった。さ、食べよう?」
促されて大樹は角煮をテーブルの真ん中に置いて、腰を落とす。
そしてグラスを渡されて、ビールを注いでもらい、大樹も注ぎ返す。
「じゃあ、えーっと、柳くん今日もありがとう、お疲れ様! かんぱーい!」
玲華のお礼の言葉から始まった乾杯の挨拶に、大樹は自分のグラスを玲華のグラスとぶつける。
そして当たり前のように一杯目を一気に飲み干す。料理中に汗を少なからずかいていたことや、料理を作り終えた後ということもあって美味い。
「――はあーっ、美味い」
「ふふっ、はい、グラス傾けて?」
加えて美女の酌である。美味くないはずがなかった。
大樹に二杯目のビールを注いだ玲華は箸をとって、まずサラダに手を伸ばした。
「――あ、マヨネーズとポン酢かけるんだっけ?」
「ええ、先にポン酢を軽くかけてからマヨネーズを大胆に」
「ふむふむ――これでいい?」
玲華がかけたのを見て、大樹は「十分です」と頷く。
「けっこうこのサラダって珍しいわよね? 大根とベーコン?――いただきまーす」
そして小さな口に一口入れた玲華は、不思議そうな顔でモグモグと噛みしめ、すぐに驚いたような顔になってピンと背筋を立てた。
「わ! ポン酢とマヨネーズでのサラダってどうなるかと思ったけど、すごく合うのね! 大根はシャキシャキして、そこにベーコンの味と歯応えも混じって――すごく美味しい!」
「でしょう? 俺の知るサラダの中でもお気に入りの一品です」
「うんうん、本当に美味しい!」
頷きながらもう一口頬張って、幸せそうに微笑む玲華を見ながら大樹もサラダに箸を伸ばす。
玲華の感想通りの味で、大樹も出来に不満は無かった。と言うより、工程が非常に簡単なので、これは余程の失敗をしない限りは誰が作っても美味しいのだ。
「ナムルもですが、こいつは角煮の箸休めにもいいんで、ゆっくり食ってください」
「あ、そっか。なるほどねー。では、次にチャーハンを……」
ウキウキした様子で、玲華がチャーハンにスプーンを入れる。そしてパクリと一口頬張る。
「――!?」
玲華が物凄く驚いた目になって、何か言おうとしたが、口の中にチャーハンに入っているのを思い出したようで、忙しなくモグモグとして飲み込んでから勢い込んだように口を開く。
「や、柳くん!? こ、これ――!?」
「……どうでしたか?」
「お、美味しい――!! 前の鮭とレタスのチャーハンも美味しかったけど、これはそれとまた違った感じで――滅茶苦茶美味しい!!」
言ってから我慢できないようにまた一口と口に入れて美味しそうに食べる玲華に、大樹は満足感から微笑を浮かべる。そして大樹も一口チャーハンを頬張る。
「……うむ」
米はちゃんとパラパラしていて、ラードが味を出している。だから今回は前回とは違い、中華スープの素を入れなかったのだ。そして角煮に沁みている味もいい仕事をしている。満足できる出来栄えであった。
そしてナムルに箸を伸ばし、味を確認する。冷蔵庫で冷やしたことによって味が引き締まっている。これもいい出来であった。
「あ、でも、柳くん」
「なんですか?」
「このチャーハンも勿論美味しいけど、前のチャーハンも私同じぐらい好きかも」
「それに関しては単に好みの問題でしょうね。俺の中でチャーハンの王道と言えば、今回作ったラードを入れたものですからね。かと言って前回のチャーハンにラードは使わないんですがね」
「え、じゃあ、前のチャーハンにはラードは使わないんだ? なのに75点なの?」
聞きながらパクリとチャーハンを食べ続ける玲華に大樹は頷く。
「前のはネギを入れられなかったり、材料が限られてましたから」
「あーなるほど……ん? じゃあ、前のレタスとシャケのチャーハンはもっと美味しく作れるってこと!?」
身を乗り出しそうな玲華に、大樹は強く頷いた。
「ええ、そうなりますね」
「な、なんてこと――」
慄く玲華が次に言うことが大樹には予想できた。
「ね、ねえ、柳くん、あの――」
「はいはい、また今度作らせてもらいますよ」
「――今度作って――って、何でわかったの!?」
わからいでか。
「寧ろ、何故わからんと思うのですか」
「うっ――そ、そうね……え、作ってくれるの?」
「ええ。でも、来る度にチャーハン作るのも芸が無いですからね。次でなく、またいつかに」
「いつか……ええ! そうね、次でなくいつかね!!」
「……?」
一瞬、次がいいと駄々をこねられるかと思ったが、大樹の予想を裏切って玲華は、今日一番と言っていいほどご機嫌な顔で頷いて、大樹は首を傾げた。
そして玲華はナムルに箸を伸ばして、一口食べると楽しそうに頬を綻ばせた。
「ふふっ、やっぱりこれも居酒屋とか焼肉屋さんで食べるのと同じような味、けどそれ以上に美味しく感じる……冷えるとまた味が変わるのね?」
「冷めて不味くなる料理があれば、冷えることによって味が変わるものもありますからね。これはそういったものです」
「へー? でも、確かにお店のは大体冷えてるものね」
うんうんと頷きながら玲華は、もう一口食べてニコリとする。
美味しそうにしている時の玲華の笑顔は実に大樹を心地よくさせる。堪らず大樹はグッとビールを呷った。空になったらすかさず注いでくれるのがまた嬉しい。
「さて、次は――と」
大樹と玲華は、本日のメインである豚の角煮へと同時に箸を伸ばした。
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