第二十話 あ、よかった
「そうだ、柳くんの後輩ってどんな子達か聞いてもいい?」
大樹がビールを片手につまみと一緒に楽しみながら、玲華と軽く雑談をしていると、ふと玲華が聞いてきた。
「俺の後輩ですか?」
「ええ。柳くんが教育係までして面倒見てきたんだよね? そして、柳くんが辞めてもその子達が貧乏クジ引かないよう、その子達に転職勧めたり、私に相談したり、相当気にかけてるみたいだから気になってね。良ければ聞かせてもらってもいい?」
玲華に頼んだ手前というのもあるが、元より大樹に断る気はなく快く頷いた。
「構いませんよ。あいつらは――ああ、まず後輩ですが、三人いましてね」
「へえ、三人も? 一人じゃないとは思ってたけど」
「ええ。男一人と女二人の三人になりますね」
「……三人中、女の子が二人なんだ?」
「ええ。だから新人だけで固まってる時なんか、最初の内は工藤――男の名前なんですが、微妙に肩身が狭そうにしてましたね」
「あー、まあ、そうなるかもね。でも最初の内だけだったのよね? その言い方だと」
「そうですね。言った通り、ブラック企業ですから、日々の激務で一緒に働いてる内に、遠慮なんか無くなったようですね」
「うんうん、そうなって当たり前かもね。その上同期なんだしね」
「そんなところです。その工藤ですが、見た目はチャラいんですが、中身はそれほどでもなく、割と真面目で、何でも卒なくこなすといったやつですね」
「ああ、うちにもそういう子けっこういるわ。最近、多いと思うわ、そういう子」
「なるほど、如月さんのとこにも似たようなのいますか……如月さんのとこって従業員は何人ほどなんですか?」
「うち? 二百人超えたってとこかしら」
「……その数の人生背負ってるんですね、如月さんって」
改めて考えるまでもないが、やはりすごい人物なのだと大樹は思わず唸ってしまった。
「あはは、大げさ大げさ。確かにそういうことかもしれないけど、どちらかというと一緒に会社大きくしていってる仲間って意識の方が強いし。今のご時勢、職場に不満があったらいくらでも転職していくしね。だからうちにいる間は少しでも気持ちよく働いてもらえるよう環境整えたりしてね。けど、お給料は払ってるんだし、その分は頑張ってもらうわよって話で……うん、やっぱり人生がとかまでは考えてないかなー。社長って言っても、この身は一つなんだから、皆の人生なんて背負えないわよ――でも」
「……でも?」
大樹が静かに続きを促すと、玲華は勝気に微笑んだ。
「私は仲間と作った会社を沈める気なんてサラサラ無いからね。何が何でも収益を上げ続けるわ。そうすれば会社は潰れないし――そうすれば、社員は困らないし、路頭にも迷わない。そうなれば、結果的に社員の人生を背負った――ってことになるんじゃない?」
ゴクリと知らず大樹の喉が鳴った。
初めて玲華の社長としての矜恃といったものを見た気がして、そして普段とは別人のような存在感を感じて、大樹は圧倒されてしまった。
そのせいで、わずかにだが仰け反って目を瞠ってしまった。そんな大樹を見て玲華が、ふふんと笑った。
「どう? 見直したかしら? 誉めてもいいのよ?」
「――あ、よかった。いつもの如月さんだ」
玲華が大樹のよく知る雰囲気に戻り、ついそう呟いてホッと安堵の息を吐いてしまった大樹である。
「ちょっと、何なの、その反応は!? 私今けっこう格好いいこと言ったわよね!? 柳くんが恐れ入るとこじゃなかったの!?」
「ああ、よかった。それでこそ、如月さんですね」
ますます玲華がいつもの通りになって、大樹はうんうんと頷く。
「ちょっと!! 私のことをなんだと思ってるのよ!?」
「え……? いや、そんな、とても俺の口からは言えませんよ……」
「な――!? どういうことよ!?」
ぷんすかして迫ってくる玲華に、大樹は苦笑して宥める。
「はは、冗談ですよ。見直すも何も、元から如月さんのことはすごい人だと思ってますよ。そしてさっきの話を聞いて、よりすごい人だなと思い直したのであって、見直すとかじゃないですよ」
それを聞いてピタと止まって、少し照れたように腕を組んでふんぞり返る玲華。
「そ、そう。ふふん、わかればいいのよ」
もっと誉めてもいいのよと言わんばかりにチラチラ視線を送ってくる玲華に大樹の苦笑が深まる。
(チョロ可愛いな、おい……)
ただ、これ以上誉めて調子に乗られるのも何となく癪に触る。からかいに走ったのも圧倒されてしまったことによる意趣返しみたいなものだ。ので、大樹はサクッと話を戻すことにした。
「それじゃ、ええと――工藤の話でしたけど、そうですね、後言うなら、いざという時は頼りになるやつですよ。簡単に紹介すると、こんなところでしょうか」
そう話すと、玲華は期待してた誉め言葉が来なかったせいか、不満そうに唇を尖らせた。
「むう……そう。紹介にしてもえらく簡単ね。そんなに仲良くなかったりするの?」
「俺自身は仲良いつもりですよ。あいつも、同じ班の中では同じ男というのは俺だけですし、よく話しますよ」
「そっか。そりゃそうよね」
「ええ。次に、そうですね。苗字が夏木というのがいましてね、こいつは何というか――そうですね、お調子者と呼ぶのがピッタリ来る感じの子ですね」
「お調子者ね、ふふっ」
「ですが、三人の中で一番優しい子だと思いますね。ああ、他が優しくないということでもありませんが。それと、ムードメーカーにもなるし、仕事も普通に出来るようなりましたが、どちらかというと仕事の面以外での方があいつの存在に助けられてる感じがします」
「へえ、なるほどなるほど。そういう子はいるといないとで班の空気が断然違うからね。柳くんの言ってることよくわかるわ」
同意するように頷く玲華に、大樹もまた頷き返した。
「ですね。それと、最後の一人。綾瀬というのですが、この子は――そうですね。この一言に尽きます。非常に優秀です」
強く口にすると、玲華の目がキラリと光ったように見えた。
「へえ? 柳くんがそう言うの?」
「ええ。ですが、入社当時は頭が固くてプライドも高く――それが玉に瑕で、だから、うちなんかに来てしまったんじゃないかと思ってます」
「ふむふむ。でも、今はそうでも無いってことかな? でなければ、柳くんがさっきみたいに評したりしないと思うのよね」
お見通しな玲華に、大樹は苦笑して頷く。
「ええ。始めの内はなかなかこちらの言うこと聞かず、手を焼いてたんですが――」
言いながら大樹は首を捻った。
「焼いてた――けど?」
先を促す玲華に、大樹は尚も首を捻りながら言う。
「ええ。いつからで、何がキッカケかよくわからないんですが、急に言うことを聞くようになりましてね。俺の言ったことの意味を先も含めて深く考えるようになり、行動するようになったんですよね。それからは、あっという間に俺が悪いと思っていた点が無くなり、ただただ優秀としか言えない存在になっていったという感じですか」
今考えても何がキッカケになったのか良くわからず、その前後で特に何かあった覚えのない大樹にとっては、頻りに首を捻るしかなかったのである。
「ふうん……? 何かしら、自分を強く見直すキッカケがあったと見るのでしょうけど……柳くんには心当たりは無いの?」
「ええ。一応、聞いてみたら俺のおかげだとか答えるんですが、はぐらかされてるとしか……」
そう答えると、玲華は目をパチパチとさせて大樹を見ると、軽く噴き出した。
「あっはは、その子がそう答えてるなら、そういうことなんじゃないの?」
「いや、そうは言っても、その前後で特別何かした覚えもありませんし……」
「でも、それまでそれとなく改善すべき点について言い続けてきたんでしょ? その子がそう答えたのなら、本当にそうなのよ。恐らくキッカケは些細なことよ。その些細なキッカケで柳くんの言うことを信じれば大丈夫とでも確信出来たんじゃないかしら」
「む……」
玲華がそう言うと、説得力が半端なかった。本当にそうなんじゃないかと思えてきたから不思議だ。
「それで、その子はどんな風に優秀なのか聞いても?」
「え? ああ、そうですね……言えば、オールラウンダーに優秀ですが、強いて挙げるとすればサポートをさせたのなら、うちの会社で並ぶ者はいないでしょうね。他の会社を見ても、そうは居ないと断言できます。実際、綾瀬がいなければ、この一年にあった仕事はとても回せなかったでしょう。リーダーの俺としては本当によく助けられました」
実感を込めながら強くしみじみと言うと、玲華の目の光がますます強くなった。
「へえ、なるほどなるほど……じゃあ、柳くんの考えでいいのだけど、その綾瀬ちゃんの適職――いえ、役割って何かしら」
そんな玲華の問いに、大樹は即答した。
「決まってます――副官ですね。大きなプロジェクトのサブリーダー……もしくは、秘書といったところですか。リーダーをやらせてもあいつなら、文句なく――どころか優秀にこなすのは間違いないでしょうが、それよりもリーダーの横でサポートをさせる方が持っている能力を遺憾なく発揮するでしょう」
大樹の偽らざる評価である。本当にこの一年は、綾瀬がいなければゾッとするものだったと、思わざるを得ない。
「――なるほど。ある意味、その過酷な環境がその子の才能を――いえ、柳くんがいなければ――?」
見れば、玲華が一人思考に耽ってブツブツ呟いている。
大樹は肩を竦めて、ジョッキに残っていたビールを飲み干した。言えば、追加のビールを出してくれるとは思うが、まだ夕飯前であるし、料理することも考えて、ここでビールは終わりにしておく。
そこで玲華の思索は終わったのか、ややスッキリした様子で顔を上げた。
「なるほど。なかなか興味深い子達のようね? 柳くんが気にかけるのもわかる気がするわ」
「どうも。と言うよりは、この一年半面倒見てきただけあって、可愛い後輩と思ってるので、やはりそこが一番ですかね」
若干照れ臭くなりながら言うと、玲華は微笑ましそうにして頷いた。
「でしょうね。わかるわよ、後輩のこと話してる時の柳くん、誇らしそうだし、楽しそうだったし」
「……そう、見えましたか?」
「ええ、そう見えたわ」
断言されて大樹はより照れ臭くなり、なんとも言えず頭を掻いた。
「ふふっ――あ、ねえ、写真とか持ってないの? こう話を聞いた後だと、見てみたいわね、その三人」
「ああ、ありますよ。こないだ飲みに行った時も、何枚か撮りましたし」
「お、タイムリーじゃない。見せて見せて」
大樹はスマホから先々週の居酒屋の時に撮った、大樹も写っている四人での写真を表示させると、スマホごと渡そうとしたが、玲華は大樹の手元を覗き込むように身を寄せてきた。
「どれどれ……?」
(ち、近い……)
もう肩が触れ合う距離というか、ノースリーブで剥き出しの玲華の二の腕が大樹の腕に触れている。そして、このソファに座っていた時から伝わっていた玲華からの良い匂いが更に強くなる。
色々と意識してしまい、沸騰するかのように体の奥底から熱を感じてドギマギし始める大樹とは反対に、玲華は暢気な声を出して写真を眺め始める。
「へー、この子が工藤くんで……この二人の女の子……が……」
何故か尻すぼみに弱くなっていく玲華の声に、大樹が首を傾げると、玲華がどこか固い笑みを浮かべた顔を上げて聞いてきた。
「ず、ずいぶん可愛い子と、綺麗な子ね……?」
「……まあ、そうかもしれませんね」
社内一番の美人と噂されてる綾瀬は言うに及ばず、夏木だって庇護欲をそそるような顔立ちながら愛嬌もたっぷりで、十分に可愛いと言える。
「ほ、他にも写真あるのかしら?」
どこか固い声で問う玲華に、大樹は頷いて写真をスライドさせる。
そこで出たのが、工藤とのツーショットである。お互い肩に腕を回しての写真だ。男同士の気安さが良くわかる。
「あ、工藤くんね。なんだ、やっぱり仲良いのね」
ホッとしたような玲華の声に、大樹は「だからそう言ったじゃないですか」と返しながら、またスライドさせると、玲華の笑顔がピシッと固まった。
スマホに表示されているのは、夏木が抱えるように大樹の腕と組んで、ピースサインをしているツーショットの写真であった。
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