第二十一話 そんな不公平な
「こ、この子は、ええと、も、もしかして、夏木って子……?」
玲華が何故か震えた声で聞いてくるのを、大樹は訝しみながら頷いた。
「え、ええ。こっちが夏木ですね」
「へ、へえー? ず、ずいぶんと仲が良さそうじゃ、ない?」
「ああ、いや、からかってるだけですよ」
大樹が苦笑しながら答えると、玲華は納得してないような声を返した。
「ふ、ふーん……?」
玲華の反応を不思議に思いながら、大樹は再びスライドさせて次の写真を表示させる。
途端に玲華が動揺したようにビクッと震えたのが、触れている腕から伝わった。
ここでスマホに表示されているのは、夏木と同じように綾瀬が抱きつくように大樹の腕に組んできて、更には肩に頭を乗せてはにかんでいる写真であった。
「こ、こ、こ、この写真は――!?」
激しく動揺したような声で、その写真を凝視する玲華に大樹は戸惑いながら返す。
「えっと、先ほど話した綾瀬です」
「そ、そうね。そ、その、綺麗なだけでなく、すごく可愛い子、ね?」
「ああ、まあ、綾瀬は確かに綺麗だとは思いますが……この写真は特に映りがいいんだと思いますよ」
確かにこの綾瀬は綺麗さより可愛さの方が立っている珍しい写真と言えた。恐らくは酔っているせいだろう。
「そ、それに、またこの子とも、ず、ずいぶんと仲が良さそうに見えるけど……?」
「ああ――ははっ、また二人して俺をからかってきてるんですよ」
この時は夏木がふざけるように腕を組んできた後だったので、綾瀬もそれに倣うように「じゃあ、私もこうさせてもらいますね。たまにはこういう写真もいいですね、先輩」なんて言って、こんな写真になったのである。
苦笑して答えると、玲華がそれはもう疑わしいような信じられないような顔をして見上げてきた。
「ええ……柳くん、それ本気で言ってる……?」
「?……えっと、それはどういう意味でしょう……?」
すると玲華は「ああ、本気で言ってるっぽい……」と頭を抱えた。
そんな玲華に首を傾げながら大樹はまたスマホをスライドさせると、玲華がポカンとした。
スマホに表示されたのは、大樹の両脇に夏木と綾瀬が座って、二人とも腕を組んできている、という写真である。
この写真など、二人がからかってきている中でも最たるものだと思っている。それでも、後輩と言えども、見た目麗しい二人の女の子から、遊びでもこのようにされるのはまったく悪い気分ではなかった。
ギャーギャー騒ぎながら二人して腕を組んできて、それを工藤が苦笑しながらシャッターを押していた時のことを思い出して、大樹もまた苦笑を浮かべる。
そんな風に楽しい後輩達に思いを馳せていると、いつの間にかワナワナと震えていた玲華が、ガバッと顔を上げて大樹の胸ぐらを掴んできた。
「ちょっと! 柳くん!? この二人と付き合ってたりとかするの!?」
言いながらガクガクと揺さぶってきて、ほんの少しではあるがビールで酔いがある大樹は目を回しそうになった。慌てて、玲華の腕を掴んで宥める。
「ちょ、ちょっと、落ち着いてくださいよ。俺がこの二人と付き合ってるって? いや、何言ってるんですか……二人と付き合うとか有り得ないでしょうに」
「本当!? それじゃ、どっちかと付き合ってるとかは!?」
「いやいや、教育係していた俺がその対象の後輩に手を出すなんて真似したら駄目でしょうに」
そう言うと、大樹を揺さぶっていた玲華の腕がピタと止まる。
「――そう。今の言葉に嘘は無い?」
一転して真剣な目で聞いてきて、大樹は強く戸惑いながら頷いた。
「え、ええ――」
「そう――なら……あ、ううん、何でもない」
途中で玲華は、自分で自分に否定するように首を横に振った。
「? 如月さん?」
「ごめんなさい。何でもないの」
玲華は自己嫌悪してるかのように、苦い顔をしている。
「はあ……」
訳がわからず大樹が間の抜けた声を出すと、玲華がハタと気づいたように顔を上げた。
「そ、そう言えば――柳くんって、付き合ってる女の子とかいたりする……?」
どこか不安そうな声で問われ、大樹は肩を落としながら答えた。
「いや、残念なことにいませんよ……と言うより、彼女がいて、少ない休日にここにいたら、それはそれでけっこう不味いことだと思うんですが……」
「あ! そ、そっか……そうよね」
ホッとしたような玲華に、大樹もついでだから聞いてみた。
「そう言う如月さんは……? それだけ美人なんですから、男の一人や二人いても――」
「いないわよ! 何よ、二人って!? 私のことなんだと思ってるの――!?」
怒髪天を衝きかねない形相で否定する玲華に、これは自分が悪いと大樹は頭を下げる。
「いや、言葉の綾で……すみません」
「もう……あ、でも私だって同じこと言っちゃったからおあいこか」
「あ、そう言えばそうでしたね」
気づいたような顔で軽く笑い合う二人。
「えーっと、それで如月さんは付き合ってる人っていないんですか……?」
大樹が聞き直すと、玲華は苦笑した。
「さっき柳くんが答えたように、仮にいたとして、こうやって柳くんと家で二人っきりって不味くない?」
「……ごもっともで」
大樹は玲華に男がいないことがわかって、思わずホッとするのを避けることが出来なかった。
「何? お姉さんに彼氏がいないとわかって、ホッとしちゃった?」
大樹の安堵の息を吐いてるのを見たからだろう、玲華がニヤニヤとからかうように言ってきて、大樹は頷いて真顔で返した。
「ええ。すごくホッとしました」
「え、あ、そ、そう? それって――」
そんな風に返されると思っていなかったのか、玲華が頬を染めてまごつく。それを見て大樹は更に言った。
「この家に如月さんの彼氏がいきなり出てきて、絡まれるんじゃないかとヒヤヒヤしましたよ」
「そっち――!? いえ、それはそうかもしれないけど!」
思わぬところを突かれたような玲華に、大樹はわざと首を傾げて見せた。
「そっち――とは? 他に何か――?」
「え、そ、それは……」
途端に赤面して、更にまごつく玲華に大樹は追い打ちをかける。
「それは? 一体何なんでしょう――? 教えてもらえませんか、如月さん?」
「え? えっと、だから、それは――」
恥ずかしがって俯いていく玲華に、大樹は真顔を維持しようとしたが、そこで失敗をしてしまう。「ぐふっ――」と噴き出しそうな音が漏れてしまったのだ。
その音を玲華は聞き逃さなかった。
不思議そうな顔で見上げてきたところで、大樹の我慢は限界に達してしまい、顔を背けて肩を震わせた。
途端、玲華の目がジトっとしたものに変わる。
「……柳くん?」
「な、なんで――ぶふっ――なんでしょうか、如月さん?」
途中、噴き出してしまったが、最後にはキリっとした顔で返せた大樹だったが、もう無理であった。
玲華の肩がワナワナと震えると、玲華は近くにあったクッションを引き寄せ、両手でそれを振りかぶった。
「また、からかってくれたわね――!?」
真っ赤になって、大樹にクッションをボフボフと叩きつけてくる玲華。
「いやいや、先にからかってきたのは、そっちでしょうに!?」
クッションはそう重くもなく、当然固いはずも無いので痛くないが、だからと言って為すがままにされる訳にもいかず、反論を試みるが――
「うるさーい! それに柳くんの方がタチが悪いのよ! ちょっとジッとしてなさい!!」
「いや、そんな不公平な――!?」
暫く、玲華のクッション攻撃は続いたのであった。
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