第十話 得してるのは

 

 

 

「ちょ、ちょっと、柳くん! 何これ!? このチャーハン、美味しすぎ! 今まで私が食べたチャーハンの中で一番美味しいかも!!」


 玲華が興奮した様子で手振りも混じえて感想を伝えてきて、大樹は苦笑する。


「流石にそいつは言い過ぎでしょう。この程度じゃ、外でもっと美味いチャーハンありますよ」

「そんなことないって!……モグモグ。ご飯すごくパラパラしてるし!……モグモグ。本当に私が食べてきた中で……モグモグ。一番美味しいって!!」

「いや、食べるか話すかどっちかにしましょうよ。せっかくの美人が台無しですよ」


 口の中に入ってる時に話してないだけマシではあった。


「このチャーハンが美味しすぎるのよ! 私は悪くないわ!……モグモグ」


 外で色々美味しいものを食べてるはずの玲華だ。本当に一番美味しいかはともかくとして、美味いと思ってるのは表情を見ればよく伝わってくる。

 大樹も一口食べる。レタスは見た目しんなりしつつもシャキッとした食感を残し、そこに醤油の風味がついた鮭と塩気のあるパラパラのご飯が混ざる。予想した通りの味で、問題なく美味い。


(――まあ、上出来な方か。ラード使ってないチャーハンならこんなもんだろ)


 次いでキュウリを試す。ピリ辛に昆布の旨みが混じり、キュウリの歯応え。ボリボリと鳴る音が心地いい。まずまずの出来だった。


「ねえ、この餃子は何もつけないでそのまま食べるの?」


 玲華が餃子を箸で掴んで聞いてきた。タレの入った小皿が見当たらないからだ。


「そうですね。まずはそのまま食べてみてください」

「ん――」


 そして羽根部分と合わせて、半分ほど噛み切る。玲華の口では羽根がついてるせいもあって、一

口で食べれないのだと見て思った。羽根のせいだろう、ザクザクとした音が響く。


「んん……?」


 モグモグとさせながら玲華が不思議そうになり、次第に目を見開く。


「え、ねえ、何で!? チーズの味がしたわよ!?」


 予想通りに驚いてくれたことに、大樹はニヤニヤとするのをやめられなかった。


「さて、何ででしょう?」

「ええ……?」


 首を傾げながら玲華は箸に残っている餃子をマジマジと見てから、もしかしてという顔で羽根の部分だけをかじった。


「! この羽根、チーズなの!?」

「正解――ただ、焼くだけなのもつまらないと思いましてね」


 作り方は簡単である。餃子と共にチーズを焼くだけである。


「すごい! 美味しい、餃子とチーズって合うのね……」


 関心しながら玲華は箸に残ってる餃子を口に入れて幸せそうになる。


「チーズつけたんでね、元々のタレでも合いますが……ケチャップつけたらまた違いますよ?」


 そう言って大樹は置いておいたケチャップを出して、軽くかける。


「どうぞ」


 大樹が促すと玲華がワクワクした表情で、再び餃子を頬張る。


「んんー!」


 蕩けるような顔で頬に手を当てる。


(……なんか色気が一気に噴き出したような……酒で顔が少し赤くなってるせいか……?)


 気づいたことについてはあまり考えない方がよさそうだと、大樹は思考を打ち切る。

 大樹も餃子に箸を伸ばす。焼いたチーズの香ばしさと餃子の味が合う。が、その繋ぎのようにケチャップが混ざることで一体感が一気に増すのである。

 そうして口の中で旨味が膨らむと、すかさずビールで流し込む。


「かーっ! 美味い!」

「ふふっ、美味しそうにビール飲むねえ――はい」


 そう言って玲華が缶ビールを持って注ごうとしてくれるので、甘んじて受ける。

 自分で作ったものだが美味い飯に、それを食べて喜んでくれる美女の笑顔に、その美女の酌。


(ここで料理して得してるのはどう考えても俺だっての……)


 さっき言いかけたがやめたことだ。

 やはり料理をして、それを食べて喜んでくれる人を前にして、食べる飯は美味い。

 大樹は当たり前だったことを久しぶりに思い出していた。


「ありがと――如月さんは?」


 注いでもらって、返そうと思って缶をもらおうとしたが、玲華は首を横に振った。


「私は一杯でいいわ――ご飯が美味しいから、こっちをじっくり味わいたいの」


 そう言う玲華の笑顔がまた魅力的で、大樹は酒が早くも回ったような感覚を覚えた。

 頭を冷やそうと思って、それで冷えるはずもないが、冷やしトマトをつまむ。

 玲華はスープを手に持っており、一口すすって目を丸くした。


「ね、ねえ! これってアレじゃないの!? ふかひれスープ!!」

「味は近いものだと思いますよ。正しくはふかひれを使ってない、なんちゃってふかひれスープです」


 スープの味自体はよくあるふかひれスープと同じようなもので、具が違うだけである。


「なんちゃってって……でも、この具ってふかひれじゃ……ふかひれ? あれ……あ! これ春雨!?」

「そうです。インスタントのスープにある春雨ですよ」

「あれをこう使うのかー……」


 感嘆した様子の玲華に大樹は苦笑する。

 いちいち驚いてくれる玲華が楽しくて可愛い。


「んんー、美味しい。このスープそんなに手間かかってないように見えたけど、それでこんなに美味しく作れるものなのね」

「ええ、調味料ってやつは本当に偉大ですよ」

「でも、柳くんの腕あってこそでしょ?」


 ニヤリとからかうように言ってくる玲華に、大樹は当たり前のように頷く。


「まあ、そこは否定せんでおきますよ」

「ふふっ、うんうん、柳くんは本当にすごいわ」


 頷きながら玲華は次にキュウリに手を伸ばした。


「このキュウリ……居酒屋で出るスピードメニューと同じ味のような」

「そうですね。美味いでしょ? 昆布茶の粉はキュウリに味をつけるためですよ」

「うーん、でも食べると元が昆布茶ってなかなか想像できないわね」

「昆布茶って考えるからわかりにくいんですよ。昆布で考えるとわかりやすいかも」

「……? どういうこと?」

「昆布が主に何に使われるかと言えば出汁でしょ?」

「ああ――!」


 玲華の顔に理解の色が広がる。


「つまり昆布茶の粉は旨味の塊ってやつですよ。だしの素と同じようなやつです」

「な、なるほど……最初はキュウリに昆布茶の粉をかけるなんてって思ったけど、出汁の粉をかけたと考えたらそうでもないわね……」

「納得できました?」

「ええ、とっても。うん、美味しい」


 ニコニコとしながら玲華の口からボリボリと心地いい音が響いてくる。


「缶ビール空になっちゃったね。まだ飲むんでしょ? もってくるわね」


 大樹のグラスが空になったのを見て、冷蔵庫までとりに行ってくれる玲華。


(流石によく見てるな……)


 この辺の気遣いなどは玲華は実に良く出来ているのである。今日一日を通して、料理以外のスペックは高いと思わせるところが多々あった。


「はい、おまちどお」


 席に戻ると大樹のグラスにビールを注いでくれる。

 料理を食べ進めグラスが空になると、玲華が流れるようにおかわり注いでくれるので、大樹の体にそこはかとない満足感と幸福感が広がってくる。


(いいな、気遣いの出来る美女の酌……あ、キャバクラ行った時のこと思い出してきた)


 勤務先がまだホワイトだった頃に、先輩に何度か連れていってもらったことがあるのだ。

 未だに自分でお金を使って行く気はないが、連れてってもらった時は緊張しながらも、美女に乗せられて徐々に気分が良くなったものだ。


(……でも、キャバクラで見た美女よりも、如月さんのがずっと綺麗だよな……それに可愛いし)


 ニコニコとご飯を食べ進める玲華を見て、大樹は今の自分の状況を改めておかしく感じて思わず低い笑い声が漏れた。


「うん? どうしたの、いきなり笑って」

「何でもないです。あ、スープおかわりありますよ」

「本当!?……でも、流石にお腹いっぱいになってきたかな……飲みたいけど……」


 悩ましそうに眉を寄せる玲華に、大樹は笑って言う。


「無理せず、明日に回してもいいんじゃないですか? 朝でも夜でも。温め直せばいつでも食べれますよ」

「あ! それもそうね!……よくよく考えたら残り物なんておまけもあるのね……ううん、私ばっかり得してなんか申し訳ないわね」

「気にしないでいいですよ。俺もビールもらったり、今晩の食材費はこの家にあったものを使わせてもらってるから浮いてますしね」


 そう、これも合わせるとやはり大樹には得しかないのだ。


「うーん、でもねー……」

「本当に気にしなくていいですから。俺だって一人で飯食うより、如月さんみたいな美人と向き合って食事出来てラッキーなんて思ってますから」


 笑い飛ばすように冗談っぽく大樹が言うと、意外にも玲華は照れたように少し頬を赤くした。


「ん、んー……まあ、柳くんがそう言うなら……」


 そして箸を動かし黙々と食事を再開する玲華に、大樹は内心で首を傾げた。


(あれ……? 美人って言っても碌に反応してなかったから言った、いや言えたんだけどな……なんか照れてるような……なんでだ……?)


 いや、恐らくはアルコールのせいで赤くなったのだろうと、大樹は思い直して、ビールを呷った。


「そう言えば、柳くん帰ったら元々は何作る気だったの?」


 ふと気づいたように聞いてきた玲華に、大樹は首を横に振る。


はまだ何も思いついてませんでしたよ」

は?」


 流石に頭の回転が早いようで、大樹の言い回しの妙に玲華は気づいたようだ。


「ええ。昨日の帰りに今日の夜何するか考えてはいたんですよ。でもそれを作るのには、今日はもう時間が足りないから、何をするかって考え始めたとこだったってことです」

「ふーん? ねえ、じゃあ、昨日考えていた今日作ろうとしたのって何だったの?」

「ああ、豚の角煮ですよ」

「ぶ、豚の角煮……」

「ええ。圧力鍋で時短したらそこまで遅くならないでしょうが、豚の角煮を作るならゆっくり食べたいと思いまして。最初はビールと合わせて、次に日本酒でキュッとやりながらじっくり食べようと思ったら、さっき帰った時間で作り始めたら寝るのが遅くなっちまいますし」


 やれやれと大樹が首を横に振ると、玲華がゴクリと喉を鳴らした。


「い、家で、柳くんの作った豚の角煮……それとお酒なんて……」


 今にもよだれを垂らしそうで、そこまでもの欲しそうな顔をされたら、流石に聞かずにはいられなかった。


「あー……今度、作りましょうか?」


 大樹が問いかけると、玲華はハッとして身を乗り出してきた。


「いいの――!?」

「え、ええ……じゃあ、露天風呂入りに来た日にでも作りましょうか?」

「本当!? やったー! 嬉しい――!!」


 惚れ惚れするほどの笑顔だった。

 そこまで嬉しそうにされたら大樹も腕の振るい甲斐があるというもので、まったく悪い気はせず、寧ろ料理人として期待に応えてやろうとやる気になってくる。

 大樹は知らずの内に笑みを浮かべて、ビールを一気に呷ったのだった。

 

 

 

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